どうする?親子留学の学校選び。失敗しない留学エージェントの見分け方

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No1 親子留学を決めたきっかけ

「生活コストの安い東南アジアで暮らす」という選択肢

そんなとき、とある取材で海外と日本を行き来しながら暮らしている男性の話を聞く機会がありました。

彼はタイのチェンマイにアパートを借り、冬の間だけ暖かいチェンマイで過ごすという「デュアルライフ」を送っていました。

「ふつうの日本人でも、そんな生活が送れるんですか?」

「できますよ。今は安い航空券もあるし、チェンマイでの生活費は東京の3分の1ぐらいで、むしろコストがかからないんです。東南アジアの都市は、どこもそんな感じじゃないかな」

「本当ですか!!!!」

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憧れの海外・イメージ映像。ちなみにニューヨークです

それを聞いたときは、まさに目からウロコが落ちるような衝撃でした。憧れの海外暮らしをしながら、なおかつ生活コストも下げられるとは。すごい。いったいそれ何の魔法!?

……と思ってから、すぐ我に返りました。

「でも、もちろん海外だから英語できないとダメですよね……」

「それはそうだけど、でもアジアなら学費の安い語学学校もあるし、実際にそうやって英語を学んでいる日本人も知っていますよ」

「本当ですか!!!!」

そのとき「憧れの海外暮らし」と「英語力という新しいスキルの獲得」というキーワードが、頭の中でつながりました。

・家族みんなで英語留学 ⇒ 英語力がついて仕事の幅が広がる ⇒ 新しいライフスタイルが実現

そうひらめいた私は、コロンブスが新大陸発見したぐらいの勢いで夫に話しました。

「みんなで英語留学して、アジアで暮らそう!」

当然、夫からはふつうにツッコミが入りました。

「アジアで暮らす? 小さい子どもを連れて? 仕事とかお金はどうするの?」

まさに「ですよね」としか答えようのない真っ当なツッコミ。

そうなんです。一定の期間、海外に留学するということは、当然ながら仕事と収入についてセットで考えなければいけません。

当時、私たちは夫婦ともにフリーランスでしたが、長期となれば、仕事をリセットする必要がありました。でも、働かないで遊んで暮らせるほどの貯金があるわけではありません。

「ですよね……」

そんなわけで、憧れの留学計画は計画のまま立ち消えになりました。

夫の入院で、一気に現実味を帯びてきた留学計画

そんなとき、まさかの事態が我が家を襲います。

なんと、夫が帰省先の仙台で病に倒れ、入院してしまったのです。幸い後遺症などは残りませんでしたが、結局1ヵ月近く入院生活を送ることになりました。

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風邪かと思ったら髄膜炎という怖い病気でした

その間、かなりヘビーな体験をした夫は、彼なりにいろいろ思う所があったようで、なんとまったく乗り気でなかった留学の話を、前向きに考えるようになっていたのです。

「人生、本当に何が起こるかわからないし、もし何もしなければ今の生活は変えられない。無理して働き続ければ、また倒れるかもしれない。だったら、思い切って留学して英語を身につけて、キャリアアップを目指すのもいいことかもしれない。」

夫の心変わり(いい意味で)によって、私たちは留学について本気の話し合いを重ねるようになりました。

「もし語学力が多少なりとも身につけば、海外で働くことだってできるかもしれない。」

「子どもが小学校に入学すれば、長期で海外に行くことは難しいし、タイミング的に行くなら今しかない。」

「それに、海外なら東京ではぜったいにできない英語環境での子育てができるかもしれない。」

そうなんです。海外に行けば「子どもを英語環境で育てる→バイリンガルに育つ」という可能性があるのです。

当初は親の英語力だけにフォーカスしていた私たちでしたが、ここでようやく留学目的に「子どもの英語教育」という視点が加わりました。

そこで冷静になってもう一度、子連れ英語留学=親子留学について夫婦で話あった結果、

・仕事については、海外でもできるもの以外は、いったん中断する。
・お金については、足りない分は蓄え(マイホーム貯金)を切り崩す。
・東京の家は維持できないので引き払う。
・期間は半年〜1年間(貯金的にそれが限界)
・家族全員で語学学校に通って、英語を学ぶ
・英語に自信がついたら、生活可能(海外就職も含め)な都市を探しに、アジアの各都市を旅して回る

という壮大な計画が生まれたのです。

ここまで読んでくださった方の中には「世の中そんなに甘くないだろ!」と思われる人も多いと思います。

いや、全くもってそのとおりで、今振り返ってみると、すべてにおいて「見通しが甘い」こと山のごとし。実際、留学後はその見通しの甘さゆえに死ぬほど苦労することになるわけで……。

でも、当時の私たちは、もともと不安定で先がみえないフリーランス生活。

考える余裕もなく、目先の生活に追われて生きるよりも、今しかできないチャレンジによって新たな生き方を模索する方に、より可能性を感じていたのです。

そして何よりも、長い人生のうち、ごく短い期間だけでも、家族でいっしょに何かに夢中でチャレンジする時間を作りたかった。それが本音です。

もし上手くいかなかったら、そのときはまたゼロから馬車馬のようにがんばるのみ。そんなわけで、私たちはクイズダービーでいうところの「はらたいらさんに全部!」(古)のような心境で、親子留学を決意したのです。

▶ 続きはこちら:No3 欧米圏での親子留学に心ひかれるも、費用が高すぎて秒速であきらめる

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【まとめ】セブ島にある有名・評判な語学学校の一覧表

親子留学アドバイザー

1974年、横浜市生まれ。
国立音楽大学卒業後、CM音楽制作会社を経て、フリーライターに。アーティストやタレント、ビジネスパーソンのインタビューを中心に、雑誌やWebで執筆。2012年よりセブ島に長期で親子留学。その後、現地の語学学校に勤務。

現在はライター業と並行して、日本とセブ島を行き来しながらより多くの人にセブ島での親子留学を知ってもらうべく活動中。

【親子留学HP】http://oyako-ryugaku.wix.com/cebu
【ブログ】http://bilingual-kids.net/

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