アイエルツ(IELTS)対策にフィリピン留学を

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No3 パートの翻訳業務からスタート

仕事内容は特殊でした。

例えば来週海外からビジターが来るという場合、私がする仕事はまず工場見学で説明する文章を英語にする事でした。

「◯◯の工程を説明します。」を「I will explain ◯◯process.」というように英訳するのです。ここまではめずらしくない仕事内容だと思うのですが、英訳した文にカタカナでルビをふるというおまけが付きました。

そうです。せっかく英訳しても日本人のお偉いさん達が英単語を読めないので、カタカナで読み仮名をふるのです。「アイル エクスプレイン ◯◯ プロセス」と言う風に。

これが結構時間がかかりました。また「せっかく読み仮名をふっても、これを話し言葉にした時に、外国人に通じるのだろうか?」という不安が常につきまといました。しかし上司の命令ですからやるしかありません。

結局、通じたかどうかは不明でしたが、上司は「お陰でちゃんと英語が話せたよ。」と毎回満足気でしたので、成功だったのでしょうね。

きっとその上司は態度が堂々としていて声が大きくハキハキしているので、カタカナ英語でも通じたのでしょう。

それ以外にも、英語のメールが外国から来たから日本語に訳してくれだの、英語で電話がかかって来たので対応してくれだの、パンフレットを英語に訳してくれだのという依頼にこたえて、英語の何でも屋として一人で奮闘していました。

監査の通訳は暗記で乗り切った

そんな中でも私が一番印象に残っている仕事と言えば、監査での通訳です。
「1ヶ月後に監査で外国人が来る。その時に◯◯工程の説明をするから、そこで通訳をして。ほんの3分程度だから。」と上司に言われたのです。

TOEIC550点の私に通訳なんて出来るわけありません、とは言えず、何とかやるしかありませんでした。考えた挙句、◯◯工程の説明文を前もって教えてもらうことにしました。

その説明文を英語に訳して全部暗記し、流暢に言えるまで練習しました。猛練習の甲斐があり、本番では完璧に英語を話すことが出来ました。

周りにいた人は「通訳してる」と思ったかもしれませんが、正確に言うと通訳ではなく、暗記したものを披露しただけだったのですけどね(笑)。

不思議なもので「英語が出来る人が自分しか居ない」という状況だと、頼る人が誰も居ないせいか、火事場の馬鹿力を発揮して頑張る事が出来てしまうのでした。

他の従業員の皆さんは英語が少ししか出来ない私でも、「すごいね〜」と言って尊敬の念を持って接してくれるし、非常に楽しい環境でした。

その頃の自分は英語は大して出来なかったでしょうが、英語に携わる事が楽しくて楽しくて仕方がない時期でした。

また通常はパートという形態は正社員の補助でしかなく、何かを率先して成し遂げたり、充実感を感じる仕事をするという機会は少ないと思うのですが、私の場合は英語という武器があったせいか、毎日がとても充実しており、仕事内容も満足できるものでした。

また社員さんからいじめられたり、蔑まれたりという事が一切なく、みんな親切にしてくれました。

入社第一日目に部署内のおじさんに「これ、コピーとっといて!」とドサッと山ほどの高さの書類を机の上に置かれたのですが、そのおじさんは私が英語の翻訳で入社したと知るや否や、それからは二度とコピーを頼むことは無くなりました。

また上司も「〇〇さん(私)は翻訳の仕事があるから、雑用頼まないでね。」とみんなに言ってくれたので、誰も私に雑用は頼みませんでした。

この時私は「英語という武器があれば、周りから見下されたりバカにされずに済むんだ!」という事を身をもって体験したのです。

以前事務員として働いていた時には感じた事のない優越感でした。

英語という武器が無い時には、理不尽ないじめにもたくさん遭遇したからです。この経験により私は「今後も自分の身を守るためにもどんどん英語を勉強してTOEICの点数を上げるんだ!」と強く決意しました。

様々な形での応用

更に上司に頼まれて、昼休みに社員さんに英語を教えることもしました。

15名程度でしたが、英語が中学卒業レベルに達していない生徒さん達に4ヶ月間英会話を教えました。自分で教材を手作りし、生徒さんが楽しく続けられるように工夫していたのを覚えています。

この時の経験が後の英語講師、TOEIC講師へと繋がっていくとは、この時は想像もしていませんでしたが。。。

また海外からのビジターが来た際に、工場見学の通訳もしました。
この時は、入社から1年半経過しており、日々の猛勉強が実ってTOEIC770点になっていたせいもあり、前もって日本語文を教えてもらわなくても、何とか英語が口から出るようになっていました。

更に社内の文書の翻訳に携わっていたお陰で、専門用語や技術用語が完全に頭に入っていたのです。ですから自分が翻訳した分野ならば、通訳するのもそんなに難しくありませんでした。

この時、「自分が話した英語が通じる快感って何て素晴らしいんだろう。そして人が話す英語を理解出来るのって何て素敵なんだろう。周りからも感謝されるし尊敬の眼差しで見られる。通訳って本当に理想の職業だ!」と盲目的に思ってしまうのでした。(後に通訳の仕事を本格的した際に、この盲目的な感情は吹き飛ぶのですが・・・)。

この経験は強烈でした。この快感が忘れられず、以後私は英語に携わる仕事を次から次へと経験することになるのです。

改めて考えてみれば、翻訳とはとても地味でつらい作業です。英語力はもちろんですが、根気が無いと出来ない仕事です。

正直言って読解があまり好きでない私には苦痛です。しかしこの頃の自分は、翻訳が楽しくて仕方がありませんでした。

だからこそ家に資料を持ち帰り、少しでも質の良いものを提出しようと、無給で頑張る事が出来たのです。

今では翻訳をこんなに楽しめませんし、苦痛の方が大きいです。しかしこの時の自分には苦痛を吹き飛ばしてしまう熱意があったのですね。

皆さんに是非お伝えしたいことは、「多少の英語力の不足やTOEICの点数の不足は、あなたの熱意で克服できる。だから興味がある英語の仕事に挑戦してみよう!ということです。

続き

No5 TOEICの点数が高い=年収も高いは◯◯に限る!

【まとめ】セブ島にある有名・評判な語学学校の一覧表

外資系企業日本法人の役員秘書

元々は英語に全く関係がない日本企業で派遣社員として働いていました。

英検3級、初めて受けたTOEICは440点。自力で何とか550点になるも停滞。そこから英語関係の仕事などを経て770点になり、更に勉強を続けて935点を取得しました。

仕事は契約社員やパートの仕事からスタートし、翻訳業務、TOEIC講師、通訳、外資系企業の秘書など経験。

現在はアメリカが本社の外資系企業の日本法人で役員秘書をしています。

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