アイエルツ(IELTS)対策にフィリピン留学を

前回の記事はこちら

No6 通訳業務への道を切り開く~英検3級の契約社員から外資系の役員秘書になるまで~

ダメ元の要求

外資系企業でアメリカ人の秘書として2年勤務していた私でしたが、妊娠している事が分かり、退職することになりました。

その事を上司のトムに話した時、「Congratulations!」とものすごく喜んでくれました。その喜び様は、「あなたは私の旦那さんでしたっけ?」と言いたくなるほどでした。(正直言って、夫に話した時よりもトムの方がリアクションが大きかったです)。

赤の他人が私の懐妊をここまで喜んでくれる、という事はものすごく衝撃的でしたが、嬉しい出来事でした。アメリカ人は、子供を授かる事についての考えや喜びの表現の仕方が、日本人とは違うようですね。

私は「出産後、1年位したら仕事に復帰したい」という希望をトムに話し、「現在の派遣社員の身分から正社員にしてもらいたい。」と訴えてみました。

日本では周りの空気を読んで、「これは言っても受け入れてもらえないだろうな。」と思う事は言わないようにする、というのが暗黙のルールですが、外国人はダメもとで何でも依頼・要求してきます。

私はその時外資系の空気に染まっていたので、無謀だろうが可能性がほぼゼロであろうが「正社員にして欲しい」と訴えないことには何も始まらない!と思ったのでトムにそれを訴えました。

トムはすぐに人事にかけあってくれましたが、私が正社員になるのは無理でした。しかし私は言いたい事が言えたので十分満足でした。

インド人研修生の通訳

さて、出産してから1年が経ち「そろそろ仕事がしたいな~。」と思い始めた頃にネットの求人情報で「3ヶ月間のみの通訳募集」という案件を見つけました。

インド人研修生の通訳を工場で行う、というものでした。「TOEIC800以上」という条件が付けられていました。私はこの時TOEICのスコアが770点でしたので30点足りませんでしたが、とりあえず応募してみよう、と思いました。実際に仕事を始めるまで3ヶ月以上あったので、それまでに800点を超えればいいんだ!と開き直っていたんですね。

その求人を募集していた派遣会社からは「是非、お願いします。」と即決で採用。

3ヶ月のみの通訳を7人確保しなくてはならず、人数が足らずに困っていたそうです。こうして私は実力も、ロクな通訳経験も無いにも関わらず、期間限定の通訳の仕事をゲットしたのでした。

今まで振り返ってみると、翻訳の仕事の時も、秘書の仕事の時も、実力が足りないにも関わらず採用され、必死に頑張って仕事をしているうちに実力が付いて行く、というパターンでした。今回も確実にその流れです。

私はインド人研修生の通訳の仕事が始まるまでに「絶対にTOEIC800点を超えてやる!」と決意し、毎日毎日子育てと家事をしながら英語の勉強に励みました。

その甲斐あって通訳の仕事が始まる前には820点に!50点アップでした。850点を取るつもりでいたので、あまり嬉しくありませんでしたが、でもとりあえずは800点を超えたのでホッとしたのも事実です。

通訳初日

とうとう通訳の初日になりました。インド人研修生が3人並んでいます。

私はグプタさん(仮名)の担当になりました。日本人の技術者は大森(仮名)さんです。これから3ヶ月間、平日は毎日この3人でずーっと行動を共にするのです。私は不安もありましたが、ワクワクもしていました。

1年以上ぶりの仕事です。それに以前秘書の仕事をしていた時、インド人ビジターの英語がインドなまりで全く聞き取れず、途方に暮れたことがあったのですが、3時間もしたら聞き取れるようになったので、リスニングに関してはあまり心配していませんでした。要は慣れだからです。

私は日々、40度近くある工場の中で通訳をし続けました。

機械から出る音が大きいので、相手が話している声も自分が発してる声も良く聞こえません。しかし逆にそれが幸いして緊張せずに英語を話すことが出来ました。

通訳の内容は「機械のこのボタンがスイッチで、一時停止ボタンはここです。」「途中で操作を止める場合は必ずこの札を機械のこの部分に貼らなくてはなりません。」というような事ですから、通訳としてはそんなに高度ではなかったと思います。

それに開会式や閉会式、お偉いさんの前での発表の場では、ベテランの通訳さんが担当してくれたので、私はそばでその通訳ぶりを聞いているだけでした。

ベテラン通訳者

ベテランの通訳さんの仕事ぶりは素晴らしく、私は毎日感激する事ばかりでした。絶妙な言葉の選び方、タイミングなどを間近で見る事が出来たのはとても貴重な経験でした。

そして思ったのです。「私も将来こんな風に通訳出来るようになりたい!」と。

そしてそのベテランの通訳さんは、人間的にも素晴らしく、私の下手過ぎる通訳を聞いても鼻で笑ったりバカにすることも無く、アドバイスをくれたりしました。

「私もこういう人になるんだ!」と将来の目標が定まった瞬間でした。

不思議なもので、私の下手すぎる通訳も、1ヶ月も経つと段々と上達して来ました。明らかにスッと言葉が出るようになり、言葉の選び方も的確になって来たのです。

慣れです。

通訳になるには絶対に通訳学校に通わなければならないわけではないと思います。もちろん余裕がある人は通ってもいいのでしょうが、通訳学校に行かなくても、現場で地道に訓練することで上達すると思います。

仕事をしながら技術を磨くのです。その方が真剣さが出ますし、給料を頂きながら通訳の訓練をすることが出来ます。

No8 「プライドを引き裂かれた通訳の仕事」~英検3級の契約社員から外資系の役員秘書になるまで~

【まとめ】セブ島にある有名・評判な語学学校の一覧表

外資系企業日本法人の役員秘書

元々は英語に全く関係がない日本企業で派遣社員として働いていました。

英検3級、初めて受けたTOEICは440点。自力で何とか550点になるも停滞。そこから英語関係の仕事などを経て770点になり、更に勉強を続けて935点を取得しました。

仕事は契約社員やパートの仕事からスタートし、翻訳業務、TOEIC講師、通訳、外資系企業の秘書など経験。

現在はアメリカが本社の外資系企業の日本法人で役員秘書をしています。

K子氏の記事一覧へ

コメント

この記事、あなたはどう思いましたか?ぜひご感想をください。