ブリリアントセブイングリッシュアカデミー

はじめまして、「Brilliant Cebu English Academy」校長の河合智之と申します。

ご縁があり、こちらの「俺のセブ島留学」さんに寄稿させていただくことになりました。何を書いていくかは決めてはいませんが、その時々に感じたこと、思ったことを文章にしていければと思っています。

さて、まずは自己紹介からはじめようと思います。

マークシートはただ塗りつぶす

振り返れば、なぜ今セブ島で語学学校の校長をしているのか、不思議でしかたありません。僕はずっと、英語とはほぼ無縁の生活を送ってきました。

というか、英語が嫌いでした(笑)

今でも覚えているのですが大学受験の時、英語の入試問題を見てすぐにあきらめ、問題を見ずに解答用紙のマークシートを速攻塗りつぶしました。

なぜか入学できた大学を卒業後は、アパレルメーカーで営業マンとして2つの会社で働きました。

人間関係に恵まれ、1つ目の会社で営業の仕事の基本と目標を達成する喜びを学び、2つ目の会社では1から事業を立ち上げていく楽しさと苦しさを学びました。

その後、会社を辞めて飲食店を経営しました。

ブリリアントセブイングリッシュアカデミーの校長になるまで

飲食店は未経験でしたが、やればなんとかなるものです。毎日ハードに働き続けた結果、4年後には3店舗を経営していました。

ブリリアントセブイングリッシュアカデミーの校長になるまで
ブリリアントセブイングリッシュアカデミーの校長になるまで

「もっと店舗を増やしたい」と思いながら働き続けていたある日、、、、

機転となった日

東日本大震災が起きました。2011年3月11日のことです。

その時、僕は横浜の事務所にいたのですが、大きな揺れを感じ、すぐに近くのお店の様子を見に行きました。停電したお店のスタッフたちは冷静でしたが何をどうしてよいのかわからず、ただお客様と話をしていました。

震災後は一部の食材の仕入れが困難になったり、一番忙しい土日に向けスタッフを全員出勤させて、食材の仕込みも完璧にしたのに停電になったり、スタッフやバイトのシフトもどうしていいのか悩みながら、なかなか通常通り店舗の運営ができません。

毎日テレビでは現実離れした映像が流れ、たくさんの人々の命が奪われたというのに信じられなさすぎて実感がわきませんでした。

友人の実家が被災したという話も聞きました。

そんな毎日を送っていた時、ふと考えたんですね。

「あたりまえだと思っていた日常が、突然強制終了してしまうことあり得るんだな」ということです。

商売がうまくいっていても、何かの拍子にダメになってしまうこともあり得る。健康で、いつまでも人生が続くと思っていても、突然命が終わってしまうこともあり得る。

もし明日死ぬとしたら、自分は何を思うだろうか?

仕事は大好きだし楽しいけど、全く友達と会っていない。

友達に会いたい。

昔から大好きだったヨットに何年も乗っていない。

ヨットに乗りたい。

旅に出たいけど、全く行っていない。

知らない場所を旅してみたい。

親孝行やお爺ちゃんお婆ちゃん孝行をしたいけれど、全くしていないし仕事ばかりしていて、大好きだったお爺ちゃんの死に目にも会えなかった。

母や祖母が喜ぶことをしたい。

そして、これらのことを現実にするためにはどうすれば良いか考えました。

全ての事業を売却

幸いなことに事業はそこそこうまくいっていて無借金(ここが最重要ポイント)だったので、小さな会社だけれど買い手がいるんじゃないかと思いはじめました。

結果としてこの時点から1年ほどかけて、全て売却に成功。

そして2012年4月、名古屋の実家の近くに部屋を借りて引っ越しました。

まず最初にやったのは、祖母と母たちを温泉に連れていくこと!

これは言わば罪滅ぼしのようなものでした。長年実家にほとんど帰らず連絡もあまりしなかった僕は、いつも心のどこかで申し訳なさを感じていたからです。

また、学生のころからお世話になっていて、すでに家族と化しているヨットのオーナーさんとともにセーリングもいっぱいしました。

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地元名古屋の友達とは、よくマウンテンバイクで遊んでました。

地元の友達はもちろん、全国の友達にも会いに行きました。東京で仲良くなった友達の中には、すでに地元に戻っていたり拠点を地方に移していたりしている人がいて、そこに泊めてもらいつつ観光するのも楽しかったです。

中でも一番印象的だったのが、北海道一周。

もともとは札幌の友達に会いに行っただけなのですが、当然友達は昼間仕事をしていて、奥様や子供たちと昼間は温泉に行ったり色々なスープカレー店を食べ歩いたりしながら、友達=パパの帰りを待つというちょっと不思議な面白い日々でした。

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小樽にて。車を貸してくれた友達家族。

そんなある日、「使ってない車があるから、自由に使っていいよ」と友達が言ったのでした。車があると一気に行動範囲が広がりました。

何でも言われたことを真に受ける僕は、本当に自由に車を使いはじめ、ついに北海道を1周してしまうという暴挙にでたのでした。(笑)

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小樽の町並み

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稚内から留萌へ南下する道の途中

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美瑛町。青い池。

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函館の夜景

そしてそれは、まさに自分が思い描いていた旅のはずでした。

何にも縛られることなく自由にスケジュールを決めずに過ごすはずでした・・・。

・・・

っと、あっさり自己紹介を終わるつもりでしたが、長くなってしまいそうです(汗)

まだ、自分が英語が必要だと思うところまでたどり着いていません。我ながら変わった人生を過ごしてきたな~と思いますので、もう少し長めの自己紹介にお付き合いくださいませ。

▶ 続きはこちら:一人旅をして気づいた物足りない何か・・・

【まとめ】セブ島にある有名・評判な語学学校の一覧表

ブリリアントセブの代表
1978年生まれ、横浜市出身
学生時代にアメリカ・シアトルでの留学経験を経て世界最大のクルーズ会社Royal Caribbean International に入社。アメリカ、カリブ海を中心とした大型豪華客船クルーズで世界30ヶ国以上から集まる仲間と共にダイニングルーム、ウェイターとして従事。

帰国後、外国為替投資顧問会社、大手不動産会社の管理職を経て現在、
フィリピン、セブ島に於ける英語留学事業、A1インターナショナル株式会社(日本法人)、語学スクール運営、Brilliant Cebu English Academy Inc.(フィリピン法人)、Brilliant English Vietnam Inc.(ベトナム法人)のCEO、
2012年NPO留学協会、東海事務局長。

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