フィリピン留学の魅力

以前アメリカの大学に留学していた私。日本の大学の在学中に、アメリカの大学で学びたいという思いを抑えきれなくなり、途中で転入という形で入学したのです。

思い知らされた自分の実力

当時英会話学校に通っていた私は、自分の英語がどれぐらい通用するのかを試してみたいと思っていました。今から思えばどこからその自信が来たのかと不思議ですが、とにかく自分の英語に自信があったのです。

しかし留学中には私の言っていることが通じなかったり、地域によっては相手の話すスピードが速すぎて理解できなかったりすることもありました。そのような現実が突き付けられる度にかなり落ち込んだのを覚えています。

しかし、卒業する頃には英語力にある程度の進歩が見え始めます。すると、また根拠のない自信が湧き出し、卒業後は習得した英語を使ってアメリカで働いてみたいと思うようになりました。(ただアメリカに残る理由を探していただけかもしれませんが…。)

ポジティブに行動すればきっとチャンスはやって来ます!

留学してから知ったのですが、アメリカの大学を卒業すると『ワーキングパーミット』と労働許可証を一人一度だけ申請することができるのです。1年間という期限付きではありますが、雇ってもらえるところさえ見つかれば、職種を問わずアメリカで働ける制度です。

私も許可証を申請し取得した後は、履歴書をできるだけいっぱい用意し職探しに挑みました。大学を卒業したての私に立派な資格などありません。そこであわててTOEICだけは受検し、取得したスコアを履歴書と一緒に提出しました。

履歴書は具体的には100通ぐらい用意したと思います。その後、運よく三ヶ月間契約社員として金融関係の仕事で働けるチャンスをゲットしました。

勤務先では先のことは考えずに目の前にある仕事に打ちこみ全力でがんばりました。3ヶ月という期間限定ではありましたが、私にとっては夢のような毎日。初めての就業体験でしたので、仕事から学ぶことは多く、充実した日々を過ごすことができました。

私の会社は日系でしたので、日本からの駐在員や研修生などもいて、仕事のサポートも申し訳ないぐらいしてもらったと感じています。

そして契約終了の三ヶ月目が近づいたある日。上司に呼ばれた私は、労働ビザを申請するので引き続きうちの会社で働いてみないかと誘われました。労働ビザは労働許可証とは違って、会社からしか申請はできないものですし、職種も専門職色が強く、営業などの職種では申請不可で条件がかなり厳しかったと思います。

これは、私にとっては願ってもないオファーでした。こうして労働許可証が切れた1年後も労働ビザも取得でき、アメリカで働けるチャンスを引き続き得ることができました。卒業シーズンになると、仕事を探している人はかなりの数に上ります。しかし、自分を信じポジティブに行動すれば、きっとチャンスはつかめます。

アメリカでは5年ほど働き、日本に帰国後はアメリカのメーカーに再就職しました。ここでは日本にいながら、様々な国からやって来た人々に囲まれ、英語を使用しながら仕事をしています。この転職がスムーズにできたのは、アメリカでのかけがえのない経験があったからこそ。そして今につないでいけたのではないかと思っています。

これから留学しようとしている人達には、ぜひ卒業後のことを視野に入れつつ一日一日を真剣に現地での生活を送ってほしいと思っています。

 

30目前でまさかの海外留学!でも無事、再就職して社会復帰!

私の海外熱は遡ること、小学4年生の時から。当時はまだ珍しかった英会話教室に、中学入学を見据えて通うことになったのです。

子供心に英語教室なんて誰も行ってないの面倒くさいな、とは思いましたが、遊びながらだったので、楽しくアルファベットを習得することが出来ました。中学生になり、すでにアルファベットとある程度の文章が読めた私は、英語の成績が良く、大好きな教科になりました。

海外への漠然とした憧れ そして高2でホームステイ

漠然と海外に興味を抱いてはいたのですが、高校生になると流行りの洋楽をきっかけに、海外への憧れはよりいっそう強くなっていました。日本とは違う造りの建物やおしゃれなカフェはもちろん、なんといっても日本人とは違う目鼻立ちや手足の長い体型に対する憧れも、私の海外への気持ち確実なものにしてくれたのです。

そして高校2年生でイギリスへの語学研修とホームステイで約2週間の滞在を経験。初めて海外で生きた英語を使い、ホームステイの人達とのコミュニケーションに悪戦苦闘しながらも、勉強ではなく必然の英会話が楽しかったのを覚えています。

きっかけは、勢い?25歳の私の決断

いつか海外に住みたいという思いだけを持ち続け、社会人になった私。海外に出たところで何がしたいのか、帰国後の仕事はどうするのか、1人でやっていけるのかという不安が現実のものとなってきました。

結局不安だけが勝り、今の安心・安全の環境から飛び出すことは容易ではありません。このまま、きっと海外に行くことはないだろうなと思っていた25歳、海外行きのきっかけは、まさかのタイミングで訪れました。

それは当時勤めていた会社の先輩の退職です。先輩は、ある資格を取得する為に一念発起で勉強に専念するため退職を決断しました。

直属の先輩だった為、衝撃もありましたが、なぜかその時は私もその決断に突き動かされ、調べてもいない、行く日程も決まっていない海外移住について、「私も行きます」と話してしまったのです。

自分でもびっくりしましたが、勢いや人からの後押しのようなもので、こういう展開になることもあるんだなと思いました。しかし、そこからが大変です。まさか自分の発言を出まかせとは言えず、海外移住についてすぐに調べ始め、あらゆる準備を始めた私。

やりたいことを考えた時、一番しっくり来たワーホリを決断。行き先についてもいくつか候補はありましたが、気候や人柄、仕事のしやすさ、時差や距離を考えてオーストラリアのシドニーを選ぶことにしたのです。

出発時年齢は26歳。決して若いとは言えない年齢です。そしてこれが私に取っての最後のチャンスのはず…。

なぜなら、1年後の帰国時は27歳。とても再就職が簡単に行くとは思えない年齢です。しかもオーストラリアへの日本人の留学者やワーホリ者はかなりいます。そんな中で、日本人と接触せず、英語だけで話すことは到底無理です。ですから、格段に英語が伸びるはずがない、とも思っていました。

ただ、日本人と関わらない生活が必ずしも正解とは限りません。なぜなら、最終的に日本に帰国する人が大半を占めるからです。英語力をつけることだけに捉われると、大切な人脈を失いかねません。
さらに現地に住む同じ環境の日本人、もしくは仕事の関係で住んでいる日本人と交流を持つことで、情報交換ができ、帰国後の助けとなります。

もちろん、英語の環境を作ることは大切です。その環境を作りたくて、日本を出るのですから。

現地での就活

現地で就活するには、英語を使う仕事に関わらずどの分野でも自分の間口を広げてみましょう。私はワーホリ中、語学学校やレストランでのアルバイト、ファームでの仕事をしながらオーストラリアを1周、旅しました。

1年後、日本へ帰った私は、日本で正社員として本格復帰するために、まずは地方自治体で臨時職員として働きました。契約期間は1年だったので、その間に就活をし、内定をもらうことを目標に頑張ることにします。

ダラダラと就活をするよりも期限を決めて取り組んだ方がいいと思います。内定が取れない場合は継続していくしかないのですが、ブランクが空くとそれだけ雇われるのが難しいのと年齢による難しさも感じたからです。

内定への道のりはそう簡単ではありませんでした。ただ転職をする為の手段はたくさんあります。その代表例ハローワークにまずは足を運びました。

ハローワークにはとにかく多くの求人情報が集まってきますし、利用している企業も多いので、転職探しには最適です。応募したい企業があればどんどん履歴書を送ります。ただしここへ集まってくる求人内容は漠然としていることも多いのが実情です。

法律の改正に伴い、年齢や性別の直接的な表現がないので、どういった人材を求めているのかがわかりにくい場合だってあります。誰にでも大きく門戸が開かれているという風にも捉えられますが、その反面、応募者が殺到し、履歴書を送ってもなかなか面接までいけない場合も中にはあります。

ですからハローワークの求人は、1つの情報媒体としてチェックしつつ、一方で、人材派遣会社の紹介予定派遣制度を利用しました。ある一定の派遣勤めの後、双方の合意のもと、正社員になれる仕組みです。

この制度でしたら、1つの派遣会社で1つの企業に対して1人だけを押してくれるので、面接にこぎつけますし、自分ではアピールしきれなかった部分も人材会社の担当者がフォローしてくれます。

また、派遣会社の担当者がその人に合いそうな、もしくは興味がありそうな求人を紹介してくれます。そのため全く見当違いの企業や職種を紹介されることは極めて少なく、今までの経験を生かした仕事を効率良く見つけることが出来ます。

何より、企業側も数多い履歴書に目を通すのではなく、あらかじめ第3者の方が推薦者を連れてくるので、事前情報があり、信用度が増します。ある程度絞られますので、競争相手も減りますし、就職できる可能性はぐんと高まります。

3社の派遣会社に登録していた私が無事、1年以内に正社員の仕事に再就職できたのは28歳のときでした。

仕事の内容は今までの経験を生かした事務の仕事です。英語を活かすのは難しいですが、今の会社の専務は留学経験があり、海外に出た人の広い視野を認めてくれています。

そういった縁で内定が決まる場合もありますので、ワーホリの経験が自分の糧になるよう楽しんで欲しいと思います。

【まとめ】セブ島にある有名・評判な語学学校の一覧表

当サイトに不定期で寄稿しているゲストライターさんの記事です。

様々な職業や経験を持ち合わせた方から寄稿頂いているので、ぜひチェックしてみてください。

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