オーストラリアワーキングホリデー

2006年9月から1年ほどオーストラリアに行きました。

寒いのが苦手なのと冬物は服などがかさばるので、オーストラリアはこれから夏という時期を選んで出発しました。
高校、短大と英語が好きで勉強してきたのですが、高校はアルバイトができない進学クラスだっため、親から留学などの費用が出してもらえず、モヤモヤしていました。

ですがワーキングホリデーがあると知り、短大のときには英語の勉強もしつつ、アルバイトをして費用を貯め、行く事に決めました。
会話をするには問題ないほどの語学力もあったので、留学だけよりは自由に過ごせ、オーストラリアの暮らしも学べるワーキングホリデーを選びました。

語学学校の近くのホームステイ先の家族があまり優しい方でなく、わたしだけが家事をさせられたりしていてあまり馴染めず、2か月ほどでシェアハウスに移りました。

ですが探していた地域ではシェアハウスの空きが少なく、ようやく入れたところでもアジア国籍のルームメイトと生活スタイルや性格が合わず、かなりストレスでした。

3ヶ月ほどで新しくルームメイトが見つかり、彼女とは仲良くなる事ができました。
彼女はオーストラリア国籍で、地元を離れ、学校へ通うためにシェアハウスにいたのですが、彼女が以前アルバイトをしていた農場を紹介してもらい、無事に就労もできるようになりました。

語学学校はなるべく日本人が少ないところを選んだつもりでしたが、思っていたより多かったため、日本人以外の友人を作るのに最初は苦労しました。

はじめの頃に引っ越しが多かったことや、現地でできた友人とオーストラリアじゅうを旅したり、農場での収入が思っていたより少なかった事もあり、帰国する少し前に、飛行機のチケットを買うお金が足りないかもしれないという状態になりました。

日本にいる両親にも連絡をしてみましたが、「ここまで1人で頑張ったのだからいい経験だと思って、最後まで努力しないさい。それでもどうにもならなければ、また連絡をするように。」と言われました。

そこで荷物を減らすことも兼ねて洋服を売りに行ったりしたのですが、あと少しがなかなか貯まらないので、両親に連絡をしなくてはいけないと考えていました。

すると、その様子を見ていた農場の方が、今まで頑張ってくれたからということで、不足分の飛行機代をくださいました。

そのおかげで無事に帰国でき、帰国後にはお礼の意味も込めて大好きだと言っていた日本のおかしやインスタント麺、お米などを送ってあげました。

語学学校や農場などで国籍問わず、とても多くの友人を作る事が出来、今でも日本に来てわたしの故郷にも足を運んでくれたり、わたしもオーストラリアに行ったりと交流が出来ていてとても楽しいです!!

農場でお世話になった夫婦にも、毎年結婚記念日に日本の物を送ってあげています。

語学は全く喋ることができないよりは、ある程度習得してから行く方がいいと思います。
語学学校へは行ける期間が決められていますし、就労するためにも日常会話程度は出来ないと、意思疎通が難しいです。それに、誰かに何かを相談したりするにも相手に伝わらないようではいけないと思います。

また、病気になったり、わたしのようにホームステイ先やルームメイトとのトラブルが起きたりした時には、すぐに対応が出来るようにしておいた方が安心です。

行きたい国、地域の情報はできるだけ事前に調べ、万が一の時に対応出来るように数パターンの計画をしておくと、現地で慌てることなく過ごせると思います。

そして帰国できなくなるようなギリギリの金額ではなく、予定している金額より多めに用意しておくと余裕を持って過ごせます。

【まとめ】セブ島にある有名・評判な語学学校の一覧表

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