ネブラスカ大学カーニー校

今回は筆者の転学前の生活から転学の作業をどのように行ったかの体験談を書こうと思います。

筆者は最初ネブラスカ大学カーニー校というネブラスカ(Middle of nowhereとよく表現されるほど何もありません。)のど田舎の大学に在籍していました。
https://www.unk.edu/

人口約3万人の小さな街で、成田空港から学校にたどり着くまで約20時間かかるような場所でした。田舎ということもあり、学生数は約6000人です(えっ、こんなにいたの・・・!?)。交通手段は専ら自家用車です。あとは、完全予約制の壊れそうなタクシー3台があるだけです。ここまで、完全にディスっていますが(筆者は田舎より都会派なので…)、この学校に行ってよかったなと感じています。

ネブラスカ大学カーニー校のメリット

まずはこのような小規模大学の雰囲気をお伝えします。

・小規模の大学だけあってクラスは少人数制
基本的には25人以下のクラスが保たれていました。多いクラスで約100人のクラスです。ですから、教授と生徒の距離が近いです。何か問題があったときはすぐに教授が助けてくれますし、教授も生徒の名前をきちんと覚えていました。

・アメリカ人学生の性格もおっとり
 田舎ということもあるのか、皆ガツガツしておらず優しい人が多かったです。都会の学生は勉強に、バイトにオシャレにパーティーにと忙しそうな人ばかりでした。

・勉強第一という感じではない
どちらかというと遊びも勉強も!という感じでした(でも遊びの比率が高い人も多かったかもしれません。)。でもその分英語を上達させたい人にはバッチリです。

毎日徹夜しなければいい成績がとれないということはないので、アメリカ人や留学生と遊ぶ時間もあります。つまり英語に触れられる時間が長いということです。

・就職先は様々
筆者の転学先の研究型の大学では日本人学生はボストンキャリアフォーラムで仕事を得るという人が多かったのですが、ネブラスカ大学ではどちらかというと自分で日本に帰って仕事を探しに行くという人が多かったです。

もちろんボストンキャリアフォーラムで探す人もいて財閥系の仕事を得ている人もいました。しかし、多くは自分の真にやりたいことを求め、航空関係や介護関係、ホテル関係の仕事を得るため(このような仕事はボストンキャリアフォーラムには来ていないので)、休学して日本に帰って仕事を探していました。

ざっくりと書きましたが、小規模大学は基本的にはこのような感じでした。

大学の転学に必要な成績

しかし筆者は大学に入ったからには学業に専念し、学業第一にしたいと考えていました。ですから大学入学前から、3年生になるまでに都会の研究型の大学に転学すると決めていました。

なぜ最初から研究型の大学に入らなかったかというと、授業料が高かったし、勉強勉強の日々で英語の練習ができないことを恐れていたからです。そのため、筆者はこの転学の夢を叶えるために以下の目標を掲げていました。

・成績のGPAは3.8以上で、B+以下はなるべくとらない。
・転学までにTOEFLは550点以上を取る。(ネブラスカ大学に入ったときには510点位でした。)
・英語のスピーキングを改善させる。

これを叶えるべく、Study hard、Party hardな生活を送っていました。

転学には当然ですが、転学したい大学に見合うGPAが必要です。大学に入学した当初はどこの大学に転学したいというのは全く決めていませんでした。ただ、自分が行きたいと思ったところに行けるようにとりあえず3.8はキープしておこと思いました。

よって、平日は学校のための勉強とTOEFLのための勉強の日々で、平日は毎日朝の8時から夜9時まで図書館で勉強をしていました。分からないところがあればすぐさま教授のところへ飛んでいき、教授に質問していました。
また、自分の課題に教授が付けた点数が見合っていないと感じたときは、「何でこれがこの点数なんですか!もっと高いと思います。」と言いに行ったりもして、クレーマーと化しました。

一方、土日は遊ぶ日です。当然アメリカ人や留学生の友人を交えて英語を使って遊ぶ日です。筆者とある日本人の友人は共通でJenniferという友人がいました。Jenniferは隣街に住む祖父母がおり、月に一度祖父母のおうちへ連れていってくれて、週末はそこでお泊りするというのが定番でした。

またJenniferはそこに何人か高校生の友人がいたので、そこに住んでいる友人たちとも一緒に遊びにいっていました。一緒に映画やカフェに行ったり、高校のミュージカル部の劇やダンスパーティーに招待してくれたり。今思い出してもあのときは楽しかったなあと思います。話す相手は皆英語しかできなかったので当然英語の練習にもなりました。

ある男の子に「コーラ飲んだことある?」(なめてんのかコラ!)と聞かれ、上手く返事ができなかったことを覚えています。Jenniferとのお泊り会がないときも、色んな友達を招待して日本食会を開いて一緒にご飯を食べたり、映画に行ったりしました。

転学の準備方法

おかげで2年生の終わりまでに目標のGPA 3.8はキープし、TOEFLも558点を取得し、英語の発音も少しはましにました。こんなことをしている間にあっという間に1年半の時間がすぎ、いよいよ転学の準備です。

どこの大学にしようかと悩んで決めた候補は、ネブラスカ大学リンカーン校とミネソタ大学ツウィンシティー校でした。ネブラスカ大学リンカーン校はネブラスカ大学の中のネブラスカ州最大で研究型の大学でした。

ネブラスカ大学の中からの転学ということでほぼ確実に合格がもらえました。保険の意味を込めて受験しました。

そしてミネソタ大学は以前ミネソタ州に旅行したことがあり、素晴らしい研究結果を残し州立大学の名門校として知られていること、街全体の雰囲気(都会でありながら自然があふれていること、都会すぎず田舎ではないこと、治安がいいこと、成田空港からの直行便があること等)が気に入ったこと、学費が安いことというのがあり選びました。転学の準備は時間がかかるので、欲張りをせずこの2校に絞りました。

ネブラスカ大学は高校の卒業証明、高校・大学の成績、TOEFLのスコア、学費支払い者の残高証明が必要でした。
ミネソタ大学はこれらに加え、エッセイが必要でした。エッセイは1000文字以下だったと思います。

注意点としては、高校の卒業証明や成績、学費支払い者の残高証明の取得は日にちがかかるものです。

またそれを日本からアメリカに郵送するので更に時間がかかります。ですから、早め早めの対応が必要です。また、ミネソタ大学では、ミネソタ大学がどの位転学の審査が終了しているかを示してくれるホームページがあり、そのページの個人のIDとパスワードを提供してくれました。

ですから、オンラインで毎日それらを確認することができます。何か分からないことがあれば、そのページから担当者へ連絡することも可能でした。

結果はどうなるんだろう。。。と毎日ドキドキしながら過ごしましたが、必要書類を提出し約1か月で両大学から郵送で無事に合格証が届きました。

マキ

【まとめ】セブ島にある有名・評判な語学学校の一覧表

アメリカ留学→英語・中国語の翻訳家
アメリカのミネソタ大学を政治専攻及び中国語・中国文学を副専攻で卒業いたしました。社会体制がどのように社会に影響を及ぼすかについて学んでいました。

アメリカで5年生活していたため、英語の翻訳(日英・英日)を専門としています。また、大学卒業後に医療翻訳の仕事(海外主にアメリカからの有害事象を日本語に翻訳し、厚生労働省へ提出)に携わっておりました。翻訳の校正も可能です。TOEICは900点以上。

俺のセブ島留学さんでは、主にアメリカで使われる英語表現を、自身の留学エピソードも交えてご紹介します。

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