“ブリリアントセブ・イングリッシュアカデミー”代表の開校に至る想い。

この度、初めてブログを連載させて頂くこととなりました。

個人でもブログを今まで書いたことがない人間ですが、海外で会社を興し、教育機関の代表としてこれからセブ島で英語スクールを開校するに至る想いから、更には海外生活の楽しさまで、ブログを通して皆さんにお伝えさせて頂きます。

ブリリアントセブという学校はどんな英語学校?

ブリリアントセブに来られる留学生は大学生がメインではなく、

30代~からの大人の方が落ち着いて、自身のペースで集中し英語を学べる環境をコンセプトに運営しております。

マンツーマン授業も1日みっちり受講出来しっかりと英語モードに入れます。

今まで開校して4年目になりますが、今まで留学に来られた方のご職業は、会社経営者及びその管理職、退職してからのキャリアアップの方、投資家、医師、看護師などの医療系の方、大学教授、その他は絵本作家、音楽家、映画プロデューサー、ダンス講師など様々な職業の方が当校で学ばれております。年齢層も20代~70代までと幅広く、様々な年代の方にも支持されているのが嬉しいですね。

講師も現在全員レギュラー採用をしており開校から現在まで講師のプロ意識改革に特別力を入れております。

“ブリリアントセブ・イングリッシュアカデミー”代表の開校に至る想い。

当スクール建物最上階のペントハウスのラウンジで撮影した講師の集合写真

また学校での生活環境も、広めのキッチン付き滞在部屋と、スクール、展望レストラン、スポーツジム、売店が同じ建物内で通学の必要がなくしっかりと英語学習に集中できます。

“ブリリアントセブ・イングリッシュアカデミー”代表の開校に至る想い。

スクールと同じ建物内にある当校の生徒さまが滞在するお部屋

なぜフィリピン・セブ島で英語学校を設立したのか。

初めに英語学校設立に至ったまでの、私の生い立ちを簡単にご紹介致します。未だ多くの日本人は英語を苦手とする人が多いですよね。私もその1人でした。

理由は、学校で興味の無い単語のスペルを何度も書かかないと覚えないという、途方もない方法に嫌気があったのと、話す相手がいないのに英語を学ぶ必要性に素直に疑問がありました。

要するに、英語を話す楽しさを知らなかったのです。

その後、高校2年の夏に初の海外渡航で、家族でシンガポール旅行に行く機会に恵まれました。※我が家はサラリーマン家庭で裕福ではありません(笑)

そこで滞在したホテルでの出来事。チェックイン後直ぐに、ホテルの部屋には歯ブラシが置いて無いことに気付き、父親に言いました。

私:「歯ブラシが無いよー!」

父:「そうか、なら下降りて、ホテルの受付けの人に歯ブラシはどこにありますか?って英語で聞いてきな。」

私:「。。。」

その時、英語での簡単なトラベル英会話は観光ブックに少し載っていましたのでそれを参考に英語で試しにフロント前にいたベルボーイの人に聞いてみました。

私「うぇあ~きゃな~いはぁぶ~てぅ~すブラシ?」

ホテルマン「Yes, We have a toothbrush.」「Just a moment please I’ll be right back」

と言っていたのではないかという想像です(笑)その後すぐに歯ブラシを手元に持ってきてもらいました。

顔は確かインド系の顔をしたホテルマンでした。完全に日本人ではない人と初めて英語で自ら話しかけ、相手が自分の言いたい事をキャッチしてくれた時、今までに無い不思議な感覚と喜びがありました。

またそのホテルマンが、きらびやかなホテルで、かっこ良い制服を着て、英語を話している姿に自然と憧れました。この時に当時将来の自分のやりたい職業を決めた瞬間でした。

高校2年の夏です。

帰国後、すぐにホテルで務めるならやはり英語を勉強したい!という思いから、幸運にも英会話のNOVAに当時通わせて頂き沢山外国人講師と話し、英語でコミュニケーションを取ることがこんなにも楽しいのだと自分でも驚きがあったぐらいです。

そして平行して、東京中野にあるホテルマンを目指すには一番評判の良かった「専門学校日本ホテルスクール」という高レベルのサービスの訓練が受けれ、卒業したら大手ホテルに就職が一番し易いという定評のある学校を自分で探し、両親を説得し入学手続きを進めていました。

人は若くても目標を持って、決意した後の行動は早いですね。

アメリカ・シアトルでの約1年間の語学留学経験

アメリカ・シアトル

ホテルスクールに当時のプログラムで1年間アメリカ・シアトルに語学留学をするコースで入学しました。※親のスネかじりまくっている時期です(笑)

当時はやはり、今でも留学神話にありますが、

『アメリカに1年も身体を置いて住んでいたら英語ペラペラになれるでしょ。』

という非常に甘い気持ちが私自身もありました。

そのため、英語を一生懸命勉強するというよりも、当時19歳だった私はアメリカのティーンに憧れ、服装から当時のアメリカの若者が良く使うスラングなど、汚い言葉を覚えたり、また音楽もアメリカのラジオに良く流れているヒップホップ、R&Bなどあまり日常会話では粗使わない英語など覚えたりと、今考えると非常に困った留学生でした。

アメリカでの語学留学では、授業が午前中のみでその日が終了となり、授業数が少なく、講師1人に対して学生8名、もしくは講義のように講師1名に30名の学生が授業を一方的に聞くという授業になり、あまり英語が沢山話せるという機会は少なかったように思えます。

ですので「欧米留学では授業に頼らずに、外で外国人の友達を作らないと英語なんて伸びないよ!」と言われているのです。

しかし、正直申し上げますと、アメリカ人(英語ネイティブ)は英語が片言な留学生と本気で友達になろうとは思いません。

なぜなら、当然当時の私の英語力を考えますと、当時彼らが言ったことが私に聞き返されたり分かったふりをされたりという、言葉の壁が大き過ぎてそれを我慢できる程、『I LOVE JAPAN』なアメリカ人はマニアでない限りいないのです。

ですので、アメリカ人と友達になるというよりも、当時同じく留学に来ていた、韓国人、台湾人、マレーシア人などと交流をもつようになりました。

アメリカに行くと、アメリカ人と仲良くなるよりも、同じ英語を学ぶアジア人同士で近い存在として親近感を持ち、一緒に食事に行く機会が多いのではないでしょうか。

ホームステイ先の同じルームメイトだった台湾人との会話は、お互い英語で言いたいことが分からないと、漢字を書いて意味を理解するなど、それも今は良い思い出です。

台湾人、中国人には、漢字で書くと伝えたい意味が全てではないですが少し伝わるのですよね。

私はいつもまわりの環境に恵まれ、友人のホームステイ先の家族は全く交流が無い、もしくは対応が酷いということをよく友人から聞いておりましたが、私のホームステイ先のアメリカ人家族には非常に良くして頂き、頻繁に食事も一緒にし沢山交流ができました。

“ブリリアントセブ・イングリッシュアカデミー”代表の開校に至る想い。

ホームステイ先の家族と、台湾人のルームメイトとその友人。

髪が長いですが真ん中が私です(笑)

“ブリリアントセブ・イングリッシュアカデミー”代表の開校に至る想い。

自分の部屋の暖炉にアライグマ家族が住み着いていて、彼らを発見した時

“ブリリアントセブ・イングリッシュアカデミー”代表の開校に至る想い。

留学時にハワイのホノルルマラソンにひっそりと参加した時

次回は世界最大級のクルーズ会社に勤めた話しにつづきます。

ブリリアントセブ・イングリッシュアカデミー
代表 高橋吉昭(たかはし よしあき)

ブリリアントセブ公式サイトはこちら

【まとめ】セブ島にある有名・評判な語学学校の一覧表

ブリリアントセブの代表
1978年生まれ、横浜市出身
学生時代にアメリカ・シアトルでの留学経験を経て世界最大のクルーズ会社Royal Caribbean International に入社。アメリカ、カリブ海を中心とした大型豪華客船クルーズで世界30ヶ国以上から集まる仲間と共にダイニングルーム、ウェイターとして従事。

帰国後、外国為替投資顧問会社、大手不動産会社の管理職を経て現在、
フィリピン、セブ島に於ける英語留学事業、A1インターナショナル株式会社(日本法人)、語学スクール運営、Brilliant Cebu English Academy Inc.(フィリピン法人)、Brilliant English Vietnam Inc.(ベトナム法人)のCEO、
2012年NPO留学協会、東海事務局長。

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