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【青年海外協力隊1/4】なぜ平凡なサラリーマンがJICA青年海外協力隊に参加したのか?

はじめまして、Steveです。もちろんニックネームで、生粋の日本人です。

私は2011年にJICA(国際協力機構)青年海外協力隊に参加し、キリバス共和国にてPCインストラクターとして活動してきました。

青年海外協力隊と聞くと、個性的で語学力がある意識高い系が参加しているイメージが強いかもしれません。しかし、私は片田舎に暮らすいたって平凡なサラリーマンで、英語もほとんど話したことがありませんでした。

そんな私が青年海外協力隊に参加しようと決意した動機、試験に合格して派遣されるまでの道のり、実際の活動の様子などを数回に渡ってお伝えしていきます。また、協力隊参加者たちが帰国後にどのような人生を歩んでいるのかというリアルな情報もお届けする予定です。

国際NGOに参加して海外ボランティアをしてみたい、青年海外協力隊に興味があるという方はぜひお読みになってみてくださいね。

青年海外協力隊に参加するまでの半生

私は1975年に北関東の中核都市で生まれ、高校卒業までその町で育ちました。我が家は郊外にある一戸建てで、父がサラリーマン、母は専業主婦、姉一人という典型的な高度経済成長期の核家族でした。

第2次ベビーブーム世代なので遊ぶ友達には事欠かず、まだまだ自然が豊かで人々もおおらかだった古き良き田舎町。サッカーや探検、ファミコンに明け暮れた幸せな少年時代を過ごしました。

中学、高校と地元の公立高校に進学。小学校高学年で英語教室に通っていたこともあり、英語は比較的好きな科目でした。一方、数学や理科には徐々に付いていけなくなり、大学進学は国語・英語・社会のみで受験できる私立文系コースに。

都内にある中堅私立大学になんとか合格し、興味のあった心理学を専攻しました。高校までは運動部に所属するバリバリのアスリートでしたが、大学生活はアルバイトに明け暮れてしまったなと反省しています。いま考えるとせっかくの自由な学生生活は、ボランティアや海外旅行などさまざまな体験をして世界を広げておきたいものです。

暗黒サラリーマン時代

パソコン
都内の大学を卒業した私は、故郷の田舎町にあるIT企業にシステムエンジニアとして就職しました。田舎に戻ったのは特に考えがあったわけではなく、「都会に憧れて上京したけど、人が多すぎて疲れちゃった」程度の安易な気持ちでした。

システムエンジニアを選んだのは、大学の一般教養で選択したプログラミングの授業がとても面白かったから。幼少期からなんとなくエンジニアへの憧れがあり、「文系でもできるエンジニア」としてシステムエンジニアに道に飛び込んでみたのです。

就職した会社は堅めのクライアント向けのシステムを開発している会社で、さまざまな業務システムの開発にアサインされました。システム開発の仕事自体は好きでしたが、会社は長時間労働が当たり前の今で言うブラック体質でした。

さらに入社直後に西暦2000年問題があったり、クライアントの合併が続いたりと息を継ぐ暇もないほど忙しい毎日。結果的に生活のほとんどが仕事に費やされてしまうという”ワークライフアンバランス”な暗黒時代となってしまいました。

そのためテレビやニュースを見る時間もほとんどなく、あの9.11事件でさえもなんとなく知っている程度という始末。完全に世の中の流れから隔離された生活だったのでした。

初めての海外旅行はアフリカ

ザンビア共和国
初海外旅行は、なんと東アフリカのザンビア共和国でした。父が仕事でザンビアに単身赴任しており、母・姉・自分の3人で訪問することになったのです。エアチケットや現地でのオプショナルツアーなどは全て父が手配してくれたのですが、スマホがまだ発明されていない当時に初海外で個人旅行はちょっとした冒険でした。

英会話というものをほとんどしたことがなかった私は、空港でのトランジットや機内サービスの対応にとっても苦労しました。現地では父がガイドしてくれたので安心でしたが、英語の必要性を痛感した初海外旅行でした。

いまでは自由に英会話ができるので、またいつかあの雄大なアフリカの大地を訪れて、サファリガイドや街の人々との会話を楽しみたいですね。

青年海外協力隊への参加を決意したきっかけ

サラリーマンになって10年が経った頃、仕事が落ち着いてきて周りを見渡す余裕が生まれてきました。ニュースもチェックするようになり、世界各地で日々起きている紛争や貧困、環境問題などに関心を持つようになっていました。

そんなある日、旅行で訪れた沖縄県西表島で運命的な出会いがありました。偶然地元出身の三線アーティストが主催する音楽フェスがあり、ドロップインしてみたのです。彼の自然や平和への想いをのせた唄は素晴らしく、夕日と泡盛との相性も最高でした。

彼の唄にいたく感動した私は図々しくも打ち上げに参加し、彼と話をしました。彼はアーティストとして活動するだけでなく、環境問題に植樹で立ち向かうNPOを主宰していました。そんな同世代の彼が「自分ができることから始めればいいんだよ」と語る姿をみて、自分もなにか始めてみようと小さな決意をしたのでした。

青年海外協力隊の説明会に足を運んでみた

そんな運命的な出会いがあった西表島旅行から戻ってしばらくしたある日、電車に乗っていた私は「青年海外協力隊参加者募集中!」の中吊り広告を目にします。

青年海外協力隊について「アフリカで井戸掘りをしている若者たち」程度の認識しかなかった私は、そうだ、青年海外協力隊に参加しようと直感的に決意しました。その広告は私にとってまるで神のお告げのようだったのです。

ネットで検索してみると、地元でも青年海外協力隊の参加募集説明会が開催されることがわかりました。勢いに乗った私は、「よし、アフリカで井戸掘ってやるぞ」とシマウマのように鼻息荒く説明会に乗り込んだのです。

説明会では、青年海外協力隊の制度についての説明だけでなく、JICA職員や協力隊経験者(JICAではOV、Old Volunteerと呼ぶ)と会話してさまざまな相談をすることができます。

私がアフリカで井戸を掘りたいという話をすると、今の仕事のことを聞かれました。システムエンジニアであると答えると、それなら職歴を活かせる「PCインストラクター」がよいのではと勧められました。

それは私にとって衝撃でした。途上国でのボランティアといえば井戸掘りや医療援助とばかり思い込んでいたので、まさかシステムエンジニアの経歴を活かせる活動があるとは思いもよらなかったのです。

青年海外協力隊の2タイプ

青年海外協力隊の募集案件は大きく2つの領域に分類できます。

1つは「コミュニティ開発」や「青少年活動」といった活動の自由度が高いジェネラリスト向けの案件。井戸掘りや村の特産品開発など、地域に密着して生活の向上を目指します。こういった案件は、社会経験が少ない若者でも参加できるというメリットがあります。

しかし、競争率が高く合格するには高い語学力が求められます。留学経験者も多く、TOEIC900点は当然という世界です。

もう1つは、「コンピュータ技術」や「自動車整備」「看護師」といったスペシャリスト向けの案件です。専門性を活かして自分の技術や知識を直接現地で伝えることができます。競争率は低く語学力もそこまで要求されませんが、ある程度の業務経験年数(職種による)が必要となります。

次回は、私が青年海外協力隊に応募し、合格して派遣前訓練に参加したときのことをお話します。

ゲストライター
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当サイトに不定期で寄稿しているゲストライターさんの記事です。

様々な職業や経験を持ち合わせた方から寄稿頂いているので、ぜひチェックしてみてください。

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