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新型コロナウイルス【未来のシナリオ3/3】いつ終息(収束)ワクチン開発か集団免疫獲得か、それとも…

前回は、なぜ日本ではPCR検査数が少ないのか?をテーマに、安易にPCRの検査数を増やしてはいけない理由、欠点、日本の医療体制について説明しました。

新型コロナウイルス【未来のシナリオ2/3】なぜ日本ではPCR検査数が少ないのか?世界の推移と本当の理由に迫る

今回は、新型コロナウイルス特集の最終章として、新型コロナウイルスの収束に向けてのお話をしていきたいと思います。

新型コロナウイルス:リスクとの共存を目指して

その1.日本はなにを目指したのか

本題に入る前に、日本の新型コロナウイルス対策は、そもそも何を目指してスタートしたのかを整理しておきましょう。

当初は空港にて水際対策に重点をおいていた日本政府の感染症対策が改められたのは、2月25日です。

新型コロナウイルス感染症対策本部からは「対策の目的」として、次の3つが掲げられました。

・感染拡大防止策で、まずは流行の早期終息を目指しつつ、患者の増加のスピードを可能な限り抑制し、流行の規模を抑える。
・重症者の発生を最小限に食い止めるべく万全を尽くす。
・社会・経済へのインパクトを最小限にとどめる。

「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」 より引用

この「対策の目的」から、日本では新型コロナの増加のスピードを可能な限り抑制することが、感染症対策の主眼であることがわかります。

つまり、爆発的感染拡大を抑えることで時間を稼ぎ、その間に日本の医療体制を整えることで、できる限り重症者や死亡者を出さないように万全を尽くそうとする意志を汲み取ることができます。

ここで重要なことは、「患者の増加のスピードを可能な限り抑制」するということは「ある程度の感染は許容する」ことを意味している、という事実です。

日本の感染症対策は、新型コロナを完全に封じ込めることを目的とはしていなかったと考えられます。実際のところワクチンも特効薬もない現状では、新型コロナを完全に封じ込めることには無理があります。

だからといって政府が「ある程度の感染」を前提として「爆発的感染拡大」を抑えるのだと、国民に向けて説明できるはずもありません。

なぜなら「ある程度の感染」を許容すると言うことは、「感染を原因とする少なからぬ死亡者が出てもかまわない」と宣言するようなものだからです。

もし、そんなことを口にすれば、政権がひっくり返るほどの批判を国民から浴びることは間違いありません。

これを実際に行ったのが、イギリスのボリス・ジョンソン首相です。

3月12日、ジョンソン首相はイギリス国民に向けて「今後目指すのは、流行のピークを遅らせ、抑え込むことです。」と語りかけ、社会的影響を避けるためにロックダウンなどの積極的な政策は行わないと言明しました。

そして、「正直に言います。今後さらに多くの家族が愛する人を失うことになるでしょう。」と敗北宣言にも等しい言葉を放ったのです。

イギリス在住の著述家として知られる谷本真由美氏は、このジョンソン首相の演説を聴いた直後の衝撃を、次のように綴っています。

あの瞬間、平和な日常生活は終わりを告げました。

一国の首相が、国民に向けて「あなたの家族にも犠牲者が出る」――つまり「もう我々はあなた達を守れません。弱い人は死にます」 と、はっきり述べたわけですから。

日本では、ボリスのスピーチについて「リーダーシップがあり、日本政府よりはっきりしている」と評価する人も多かったようですが、 イギリス人には泣き崩れる人が出ました。

イギリス人は「欧州の京都人」と言われるほどですから、何事も遠回しに述べるのです。「あなたの家族にも犠牲者が出る」というのは「あなたには死んでもらいます」という意味だったのです。

このスピーチの後、イギリス人は大変なパニックに陥りました。

『「日本も3週間後、地獄を見る」まるで戦争…欧州に住む日本人の警告』 より引用

多くの国民から批判を浴びたジョンソン首相は、すぐに方針を改め、3月18日の演説では一転して「生命を救い、人々を守る」決意を表明するに至りました。

ほどなくイギリスも他の欧州諸国と足並みを揃えてロックダウンに入っています。

当初、ジョンソン首相がイギリスの感染症対策の基本方針として掲げたのは「集団免疫」の獲得です。「集団免疫」については後ほどふれるため、ここでは省きます。

ジョンソン首相ほどストレートな物言いはしていないものの、爆発的感染拡大を抑えることを目的に、緩やかな感染については許容することとした日本の新型コロナ対策は、ジョンソン首相が当初掲げた国家方針に近いことがわかります。

ジョンソン首相ほど放任するわけではないものの、日本においては緩やかな感染拡大を受け入れる代わりに、「社会・経済へのインパクトを最小限にとどめる」方針が定められました。

爆発的感染拡大を防ぐためには、感染の経路となる人と人の接触を減らす必要があるため、社会活動全般を規制せざるを得ません。

欧米ではロックダウンによる徹底した規制を行うことで、通常の社会経済生活がほぼ完全にストップしています。

しかし、日本は「社会・経済へのインパクトを最小限にとどめる」方針を固めたため、緊急事態宣言が出されたあとも欧米諸国のような強行措置はとられていません。

もっとも「強行措置はとらない」という積極的な選択をしたというよりも、憲法の制約上、はなから強行措置はとれないため、緩やかな感染については許容するよりなかった、といった事情があることは、すでに前回までに紹介したとおりです。

当初、日本が目指していたのは新型コロナの爆発的感染拡大を防ぐことであり、単に感染を防ぐことではありませんでした。緩やかな感染は受け入れる代わりに「社会・経済へのインパクトを最小限にとどめ」、重症者と死亡者を極力抑えることに主眼をおくものであった、と考えられます。

その2.集団免疫とはなにか?

ウイルス
では、イギリスのジョンソン首相が目標として掲げた「集団免疫」とはなんでしょうか?

ヒトの体内には、およそ37兆個もの細胞があります。それぞれの細胞は単体として、あるいは複数の細胞が集合することで臓器としての機能を果たしています。

ウイルスはひそかにヒトの体内に入り込むと細胞に侵入し、増殖を繰り返します。この状態を「感染」と呼びます。

ウイルスそのものは毒素ではありません。また、宿主を傷つけたり、生命を奪おうとする意志などもっていません。ウイルスは生物とも無生物とも言い切れない曖昧な存在ですが、子孫を残そうと生物らしい振る舞いをします。それが「増殖」です。

ウイルスがヒトの体内で増殖すると、細胞や臓器の正常な働きが阻害され、身体全体のバランスが損なわれます。宿主が病気にかかったと自覚するのは、この段階です。

ウイルスは通常、宿主も生かして自分も生きるという共生関係を築きます。宿主を殺してしまえば自らの生存も覚束(おぼつか)なくなるためです。

ところがコウモリなどを宿主としていたウイルスが突然変異によってヒトへの感染が可能となったことにより、ウイルスにとってもヒトにとっても不幸な状況が生まれることになりました。

コウモリの体内で増殖して数世紀にわたって共生関係を築いてきたウイルスが、ヒトの体内でも同じように増殖を始めたところ、宿主の健康を奪い、ときに死に至らしめることとなったのです。

この過程で起きていることは、いわばエラーです。コンピュータのプログラムで言うところの「バグ」です。

バグを取り除くには、悪さをするウイルスの増殖を抑え込み、できればウイルスそのものを退治するよりありません。

ヒトの体内には、ウイルスなどの異物を攻撃することで細胞や臓器を正常に保つ働きが備わっています。これが「免疫」です。

細胞は病原体がいることに気がつくと、免疫系に向けて警報を発します。

しかし、これまで出会ったことがない未知の病原体に対しては、免疫反応が始まるまでに時間がかかります。専門家によると、免疫反応が開始されるまでに通常は24時間程度かかり、さらに免疫反応が本格化するまでに3日はかかるとのことです。

そのため、免疫反応が起きる前にウイルスは十分に増殖し、やがてヒトの身体に異変を起こします。

新型ウイルスが人から人へと易々と感染を広げていくのは、このような仕組みによります。

それでも、一度ウイルスを退治すると、その病原体専用の武器が体内に蓄えられます。こうなると、再び同じ病原体が体内に侵入してきたときには、直ちに免疫反応が開始されます。

病原体を退治する特別な武器が備わっている限り、ウイルスはすぐに取り除かれ、基本的には再び感染することはありません。この病原体固有の特別な武器のことを「抗体」と呼びます。

つまり、新型コロナに感染して回復した人は、新型コロナの抗体を得るため、再び感染することはないと考えられます。新型コロナに対する免疫を獲得した、ということです。

こうして新型コロナの免疫を獲得した人が集団のなかで一定のレベルを超えると、その集団のなかでは最早、感染が拡大しないと考えられています。

集団の全員が新型コロナの免疫を獲得したわけではないため、感染がまったくなくなるわけではありません。ですが、免疫を獲得した感染者が盾となって非感染者を守るため、結果的に集団内での感染が下火となります。

これが「集団免疫」です。

たとえば日本人が集団免疫を獲得したならば、日本からは新型コロナの脅威が取り除かれたことになります。つまるところ、新型コロナの終息を宣言できる状態になる、ということです。

(ただし、一度獲得すれば終生にわたって効果の持続する免疫もあれば、効果の持続する期間が短い免疫もあります。そのため、上記のことは必ずしも正しくありません。詳細についてはのちほど紹介します。話をわかりやすくするため、それまでは上記のことを前提に話を進めますので、ご了承ください。)

その3.国民の何割が感染すれば終息するのか

集団の何割が新型コロナの免疫を獲得すれば、感染は収まるのでしょうか?

この答えは数学によって導かれています。集団免疫を獲得する際に必要な閾値(いきち)は、その病原体の感染力に左右されます。

その際、必要となるのは新型コロナの基本再生産数です。1人の感染者が何人に感染させるのかを表す数値が「基本再生産数」です。

新型コロナの基本再生産数は 2~2.5 と推定されています。そこで、感染力が最も強い 2.5として計算します。計算式は以下のとおりです。

集団免疫率(%)=(1-1/基本再生産数)×100

これにより、新型コロナの集団免疫が獲得できる境目は、60%であることがわかります。

集団免疫はオール・オア・ナッシング(all or nothing)の世界です。60%に満たない限り、意味をなしません。

つまり、国民の6割が免疫を獲得しない限り、放置しておけば感染はどんどん広がっていくことになります。これを裏返せば、新型コロナが終息するまでに国民の6割が感染する、ということです。

もっとも集団免疫率が6割に達したからといって、すぐに新規感染者がゼロになるわけではありません。1人の人が実際に何人に感染させるかを表す「実効再生産数」が、集団免疫率が6割に達することで徐々に低下していきます。

計算上では集団免疫率が70%強になると、新規感染者数がゼロになります。

その4.ワクチンか犠牲者を容認するか

では、集団免疫を獲得するには、どのような方法があるのでしょうか?

これには2つの方法があります。ひとつはワクチンを接種すること、もうひとつは実際に感染して回復することです。

たとえば麻疹(はしか)は感染力が最大レベルとして知られており、基本再生産数は12以上とされています。そのため、麻疹の集団免疫を獲得するには、集団のなかの約90%以上の人が免疫をもつ必要があります。

麻疹にはワクチンがあるため、集団の9割以上の人に接種することで感染を防げます。逆に集団の1割以上の人が接種していないと、麻疹のアウトブレイクが発生する可能性があります。

麻疹の例でも明らかなように、通常、集団免疫を獲得するにはワクチンを用います。集団免疫率にしても、もともとはワクチンを集団の何割に接種すればよいのかを知るための数値です。

しかし、新型コロナに関しては、まだワクチンが開発されていません。各国とも資金と人材を惜しみなく投入してワクチン開発を急いでいますが、専門家の見通しによれば、どれだけ急いでも 1.5~2年はかかるとされています。2年で完成するはずがないと指摘する専門家も数多くいます。

ワクチンの接種によって集団免疫を獲得するのが、もっとも安全な方法です。ただし、ワクチンが完成するまでは新型コロナとの戦いを余儀なくされます。

一方、ワクチンに頼らずに集団免疫を獲得するには、新型コロナに感染して回復した人が集団の6割を超えるまで待てばよいことになります。

ただし、この方法は劇薬です。

新型コロナの致死率については、まだはっきりしたことはわかっていませんが、3月31日のCNNの報道によると 0.66%と推定されています。

日本で集団免疫が獲得されるのは、人口 1億2000万人の 6割にあたる 7200万人が新型コロナの免疫をもったときです。

ということは新型コロナの致死率を 0.66%とすると、およそ40万人を超える感染者が死亡する、ことを意味します。

人工的なワクチン接種によって集団免疫を獲得するのではなく、自然発生的に集団免疫の獲得を目指すと多大な犠牲者が出る、ということです。

その5.民主主義国の限界

イギリスのジョンソン首相が新型コロナに対する集団免疫を自然に獲得する道を選ぶことを表明し、その過程で少なからぬ犠牲者が出ることを国民に訴えた直後に猛烈な反対に遭い、一転して集団免疫を獲得する戦略を捨て、他の欧州諸国と同じようにロックダウンに入ったことは、先に紹介したとおりです。

もちろん、ジョンソン首相とて集団免疫を獲得するまで無策のまま放置すると言ったわけではありません。

新型コロナの感染拡大を食い止めることは無理だと受け入れ、感染のピークを減らしてなだらかにすることで医療崩壊を防ぐことが、イギリス政府の方針でした。そうして緩やかに集団免疫を獲得することで、高齢者や持病があるなど最も脆弱(ぜいじゃく)な人々を守ろうと考えたのです。

ところがインペリアル・コレッジ・ロンドンの数量モデルによれば、この緩和策を実行に移すと 25万人が死亡し、確実に医療崩壊を起こすことがわかりました。このことはイギリス国民に大きな衝撃を与えました。

25万人もの犠牲者が出ることをイギリス国民が良しとするはずもなく、国民の反対の声に押され、ジョンソン首相は早々と集団免疫の獲得を目指す方針を改めることになりました。

イギリスに続いてオランダもまた、集団免疫の獲得を目指すと声明を出しました。3月16日、ルッテ首相は「今後オランダ国民のほとんどがコロナウィルスに感染するだろう」と述べ、「ただほとんどの場合、症状は軽いもので済み、これにより集団免疫が構築され蔓延を防ぐ」と国民に語りかけました。

しかし、オランダも感染の拡大とともにロックダウンへと転向し、他の欧州諸国と同様に社会経済活動の自粛へと政策を切り換えています。もっとも、オランダのロックダウンは自粛レベルに留まっており、周辺国と比べれば穏やかです。そのため「インテリジェント・ロックダウン」とも呼ばれています。

イギリスにしてもオランダにしても、集団免疫の獲得を目指す政策は多大な犠牲者をともなうだけに、国民からの反発を受け、政策を転換しました。世論に真っ向から対立する政策を維持できないのは、民主主義国である以上やむを得ないことといえるでしょう。

日本も同様です。新型コロナウイルス感染症対策本部の発表を素直に読みとく限り、当初は集団免疫の獲得へと動いていたと思われる日本政府も、国民の声に押され、次第に方向転換を遂げました。

もっとも 4月3日、衆院本会議にて野党議員より「日本政府の方針は集団免疫の獲得か」と質問されたことを受け、安倍首相は「イベントの自粛など徹底したクラスター対策で感染のピークを小さくし、治療薬の開発に必要な準備期間を確保しつつ、可能な限り死亡者を抑制するもので、集団免疫の獲得を直接の目的とはしていない」と答弁しています。

日本政府の公式見解では集団免疫の獲得を目指してはいない、ということになります。

客観的に見ると、政府の方針が集団免疫の獲得から新型コロナの封じ込めへと変化したように映ります。

その分水嶺(ぶんすいれい)となったのは、緊急事態宣言が発令されたときです。

民主主義国において集団免疫の獲得を目指す政策を貫くことは、至難の業といえるでしょう。

それでも唯一、ロックダウンすることなく集団免疫の獲得を目指している国があります。北欧のスウェーデンです。

スウェーデンでは学校(高校と大学はオンラインのみ)や文化施設、ジムやレストランなどが通常通り営業されています。政府は国民に「ソーシャル・ディスタンス」を呼びかけ、高齢者を隔離するだけで、強制介入はほぼしていません。

ステファン・ロベーン首相は「私たちは皆、個人として責任を負わなければならない。全て立法化して禁止することはできない。常識の問題だ。大人である私たちはまさに大人として行動する必要がある。一人ひとりが大きな責任を負っている」と述べ、あくまで市民の自主性と個人の自由を尊重する姿勢を打ち出しています。

スウェーデンは他の欧州諸国のようにロックダウンによって新型コロナを封じ込めるのではなく、自然な感染をゆるやかに広げることで集団免疫の獲得を目指しているように見えます。

スウェーデン国民は政府に対して絶対の信頼をおいていることもあり、この方針を支持しました。(もっと厳しいロックダウンを求める声も最近では上がっています。)

独自路線を突き進むスウェーデンに対して「4月末には国民の半数に当たる500万人が感染するぞ」との警告が数学者から寄せられています。

しかし、米紙「デイリー・ニュース」によると、4月19日、スウェーデン公衆衛生局の疫学者アンダース・テグネル氏が、すでに「集団免疫を持ち始めた」との考えを示したと報じられています。

テグネル氏は「我々のモデラーによると、ストックホルムで多くの人々が免疫を持ち始め、それが感染拡大に影響を与え始めます。我々のモデルは5月中を示しています」と表明しました。

これが本当であれば、新型コロナでの初の集団免疫獲得となります。

5月1日時点の北欧3カ国の状況は以下のとおりです。

新型コロナウイルスとの戦いの果てに待つシナリオ1
(出典:Worldmeters

ロックダウンをしているノルウェーやデンマークに比べるとスウェーデンは感染者数も死亡者数も多く、100万人あたりの死亡者数でフィンランドやノルウェーの約6倍、デンマークの約3倍です。

集団免疫の獲得のためには多大な犠牲者が発生することを、データははっきりと示しています。

それでもスウェーデンの最新の感染率や死亡率から、状況が安定し始めたと指摘する声も上がっています。

現段階ではなんとも言えませんが、このまま感染曲線が平坦化するのであれば、スウェーデンはロックダウンすることなく、経済活動をほぼ平常通り続けたまま、新型コロナの終息に成功したことになります。

ここで重要なことは集団免疫を獲得したスウェーデンでの終息宣言は、一時的ではなく、本当の意味での終息を意味する、ということです。

このことは、ロックダウンによって強引に新型コロナを封じ込めている他の欧州諸国との大きな違いです。

ロックダウンの場合は感染が力尽くで抑えられているため、集団免疫の獲得には至りません。そのため、一時的に感染が収まったとしても、ロックダウンを解除すれば再び感染拡大のリスクに見舞われます。

そのため、ワクチンが開発されるまでは、ロックダウンと解除を何回か繰り返すことになると予想されています。その過程で、感染が拡大するごとに累積死亡者が増えることは確実です。

一方、スウェーデンは集団免疫を獲得しているため、集団免疫理論が有効であれば新型コロナの終息後の死亡者はゼロに近くなります。

現時点では死亡者の多さが目立つスウェーデンですが、このままいけばどこかの時点で多くの欧州諸国がスウェーデンの死者数を上回る可能性は十分にあります。

現在の死亡者数だけですべてを語ることはできません。

こうした背景もあり、スウェーデンの成功はロックダウンを続ける欧州諸国からも注目されています。

スウェーデンが本当に集団免疫を獲得したのであれば、各国の今後の新型コロナ対策に多大な影響を与えることでしょう。

その6.パンデミックの出口とは

4月29日時点で新型コロナの感染者は世界で310万人に達し、21万6000人が亡くなっています。このパンデミックがいつ終息するのか、その見通しはまだまったく立たない状況です。

では、新型コロナウイルスのパンデミックの出口とは、どのような状況を指すのでしょうか?

一般的に感染症のパンデミックが起きた際の出口は2つのみです。ひとつは新型コロナを完全に撲滅させたとき、もうひとつは新型コロナと共生できる環境を整えたときです。

つまり、撲滅を目指すか、共生を目指すのかの二者択一です。

ただし、「現実的」かどうかというフィルターを通したとき、両者の間には超えられない溝が生じます。

人類の歴史は、感染症との戦いの歴史でもあります。ペストやスペインかぜなど、過去にも多くのパンデミックが起き、その度に膨大な人命が失われました。

しかし、これまで人類が世界的に完全に撲滅できた感染症は、ただひとつ、天然痘だけです。

天然痘を撲滅できた理由はいくつかあげられていますが、顕性感染であったことが大きいといわれています。「顕性感染」とは感染することで皮膚に発疹が出るなど、はっきりした症状をともなう感染症のことです。

天然痘に感染するとすぐに症状が出るため、知らないうちに他人にうつすことはありません。

一方、新型コロナは不顕性感染症です。「不顕性感染」とは感染しているのに症状が出ない状態を指します。そのため、自分が感染しているとは気がつかないうちに他人にうつすことになるため、容易に感染が拡大します。インフルエンザも同じです。

不顕性感染の感染拡大を押し留めることは、容易なことではありません。

今のところ、人類が撲滅できた不顕性感染症はひとつもありません。新型コロナだけは例外的に撲滅できるとは到底考えられません。

したがって新型コロナの撲滅を目指すのは現実的ではない、といえます。

そうなると、残る出口は新型コロナとの共生のみです。完全に撲滅することができない以上、できる限りリスクを抑えて共生の道を探るよりありません。

リスクをゼロにはできないものの、できる限り減らすためには、新型コロナに対する耐性を社会全体で強める必要があります。そのための近道となるのが、これまで紹介してきた集団免疫の獲得です。

ただし、集団免疫の理論にも実は様々な問題があり、必ずしも理論通りに事が運ぶとは限りません。

そこで、パンデミックが終わるまでにどのようなシナリオが想定できるのかを探ってみます。

その7.終息するまでのシナリオ

- パンデミックは繰り返される -

パンデミックが終息するまでのシナリオについては、専門家によって様々な仮説が示されています。ここでは、米ワシントン・ポストに掲載されたジョンズ・ホプキンス大学の疫学者、ジャスティン・レスラー准教授の描くシナリオを中心に紹介します。

レスラー准教授が前提としているのは、新型コロナウイルスの流行の波は何度も繰り返す、ということです。

今回の新型コロナのパンデミックは、流行の第1波です。レスラー准教授は「流行の第1波でおそらく世界の人口の40~70%が感染するだろう」と述べ、第1波の流行が収まるまでに半年から1年、あるいは数年かかるだろうと予測しています。

現在、流行の第1波を抑制するために世界各国は懸命に対策を講じています。

4月3日に配信されたニューズウィークでは、現在の世界の新型コロナ対策を4つの類型に分類していますが、とてもわかりやすいため以下に引用します。

人の接触回数を減らせば感染は制御されるものの、経済は深刻な打撃を受ける。感染制御と個人の自由意思に基づく経済は完全なトレード・オフの関係にある。このため国によって採用されるパンデミック対策には大きな違いが出てくる。

(1)中国の国家統制型フル・ロックダウン
中国共産党の威信を守るためなら情報操作や経済的な損失も厭わない。

(2)欧州の段階的ロックダウン
欧州各国とも当初は自己隔離・社会的距離の推奨・イベント禁止・休校措置・都市封鎖を段階的に導入していく方針だったが、新型コロナウイルスの猛威の前に瞬く間に都市封鎖に追い込まれる。

(3)日本やスウェーデンの「大人の対応」
自由民主主義国家の最後の砦として市民に「大人の対応」をお願いして感染をコントロールする。

(4)韓国やドイツのPCR検査のローラー作戦
PCR検査のローラー作戦を実施して見えない感染者をあぶり出し、隔離して感染を封じ込める。PCR検査のキャパシティーのない国には迅速検査キットができるまではとても真似できない。韓国は欧州諸国とは違って個人のプライバシーを犠牲にして感染経路を虱(しらみ)潰しにしている。

新型コロナで都市封鎖しないスウェーデンに、感染爆発の警告:ニューズウィーク日本版

ニューズウィークの分類では、日本とスウェーデンを「大人の対応」として一括りにしています。法で外出規制を強制するのではなく、あくまで自粛に委ねていることを「大人の対応」と評しています。

各国の事情により対応が分かれているため終息の時期にばらつきはあるでしょうが、流行の第1波はいずれは収まります。

そうなれば徐々に各国の規制は緩むことでしょう。しばらくすればロックダウンは解除され、日本では緊急事態宣言が解除されます。

しかし、それですべてが終わるわけではありません。ロックダウンや緊急事態宣言が解除されたからといって、私たちのライフスタイルがコロナ以前に戻れるわけでもありません。

なぜなら、新型コロナはまだ地上に留まっているからです。油断をすれば再び感染拡大のリスクが、私たちを待ち受けています。ロックダウンが解除されてもソーシャル・ディスタンスは徹底され、大規模なイベントは相変わらず禁止されるかもしれません。

ひとまず平穏な生活を得たとしても、流行の第2波、第3波は、かなり高い確率で襲ってきます。過去に大流行した感染症を振り返っても、そのことは明らかです。

- 集団免疫理論の落とし穴 -

第2波の流行が始まれば、各国は再び新型コロナ対策に追われることになります。第1波のときと同じ対策が施されるのかは不明ですが、スウェーデンのように集団免疫の獲得へと舵を切る国は、やはり少数に留まるでしょう。再びロックダウンに入ったり、緊急事態宣言を発令する可能性のほうが高いと思われます。

流行の波は幾度となく繰り返されることでしょう。結局のところ、ワクチン開発か自然に任せるかはともかく集団免疫を獲得できるまで、ロックダウンの発令と解除を何回か繰り返す未来が待っていると言えそうです。

ただし、集団免疫理論が新型コロナに当てはまるのかどうかは、実は現時点ではまだ誰にもわかっていません。新型コロナに感染して回復した人が抗体をもつことは間違いありませんが、抗体があれば必ず免疫をもつ、とも断言できません。

実際には免疫が持続しないこともあるからです。たとえば風邪です。風邪の症状を引き起こすウイルスとして4種類のコロナウイルスが知られていますが、これらは毎年のように世界中で流行しています。これらのコロナウイルスに対する抗体ができても、免疫が長く続かないからです。

また、インフルエンザのワクチンは毎年継続して接種することが基本ですが、その理由のひとつはインフルエンザ・ワクチンの効果持続期間が概ね半年にすぎないためです。

現在のところ、コロナウイルスで終生免疫がつくものは発見されていません。新型コロナにしても、その可能性が高いと推測されています。

そうなると免疫が持続しないため、集団免疫を獲得したからといって安心はできません。その場合は集団免疫を維持するために、ワクチン接種や自然な感染を何度も繰り返さなければなりません。

そうなるとスウェーデンのように、集団免疫を得るために少なからぬ犠牲者を前提とする政策に対する評価は、大きく変わってきそうです。

- もし、ワクチンができなかったならば -

ワクチン
現在の世界各国の対応を見る限り、ワクチン開発までロックダウンを繰り返すシナリオがもっとも可能性が高そうです。ワクチン開発まで2年はかかるといわれています。となれば、あと2~3年は今のような自粛生活が続くと覚悟した方がよさそうです。

もっともワクチンが2年で完成するという保証はどこにもありません。実際のところ、2年で完成するはずがないと指摘する専門家も数多くいます。

また、最悪の事態を想定するならば、いつまで経ってもワクチンが完成しない可能性さえあります。たとえばエイズのワクチンは、発見から20年が過ぎた今も完成していません。

ワクチンができなければ、新型コロナとの戦いは永遠に続くのでしょうか?

もちろん、その可能性もないわけではありません。されど可能性はかなり低いと考えられています。

集団免疫を獲得できなかったとしても、新型コロナとの共生は可能だとする論もあるからです。

たとえば免疫学の第一人者として知られる大阪大学免疫学フロンティア研究センターの宮坂昌之教授は、在英国際ジャーナリストの木村正人氏とのインタビューにて「自然免疫」について語っています。

免疫には自然免疫と獲得免疫の2種類があります。集団免疫で言うところの免疫とは獲得免疫のことです。生後に獲得する免疫であるため「獲得免疫」と呼ばれています。

一方、ヒトが生まれつきもっている免疫機構が自然免疫です。

宮坂教授によると、ここ10年ぐらいの間で獲得免疫が働きだす前に自然免疫が動き出すことがわかってきたとのことです。

以下、宮坂教授の言葉を引用します。

つまり、かなり感染性の強いウイルスがあっても、私たちは最初に自然免疫で対抗するのです。ウイルスがそれを超えて自然免疫に勝つと、いったんは病気になりますが、その過程で獲得免疫が働いて、抗体ができてきたり、キラーT細胞ができてきたり、免疫記憶ができて、やがて感染症を排除するように免疫機構が働きます。

おそらく多くの場合、獲得免疫が動く前に自然免疫が働いて、獲得免疫が動かないままウイルスを追い出してしまっている人が、かなりいるのではないかと思います。

今の教科書の常識だと、獲得免疫は感染によって成立するので、感染によって免疫力が強くなるけれども、自然免疫は生まれつき持っているものなので、一度感染しても強くならない、記憶がないということになっています。

しかし最近、自然免疫といえども、少しは記憶があって、二度、三度、感染を繰り返していると、ある程度は強くなりそうだということがわかってきました。その例として、結核ワクチンであるBCGを投与すると、結核とは関係のない感染症が子どもでも減ることがわかってきました。

BCGは自然免疫を刺激するもっとも強力な物質なので、自然免疫が強化されたことにより、他の感染症もある程度防げるようになったのではと考えられる報告です。さらに面白いデータが最近、オランダのグループから出ています。

「人造ウイルスが米国から来たとは科学的に考えにくい」新型コロナの免疫とワクチンの話をしよう(下) より引用

つまり、今回の新型コロナのパンデミックにしても「かなりの人は自然免疫だけで追い出してしまった可能性がある」ということです。

宮坂教授は、「6割が感染しなくても、感染というのは収束する可能性があるのです。今の集団免疫説には無理があるようです。」と指摘しています。

集団免疫を必ずしも獲得しなくとも、新型コロナのパンデミックが終息するシナリオもあり得る、ということです。

なお、宮坂教授が指摘したBCGについての事実は、BCG接種国では新型コロナの「人口あたりの致死率」が低いことと関連性があるのかもしれません。
▶ 関連リンク:新型コロナウイルス【未来のシナリオ1/3】なぜ日本では感染者と死亡者数が低いのか?

- パンデミックを繰り返すごとにリスクは軽減する -

自然免疫とは別に、部分免疫の観点から新型コロナの流行の波が繰り返されるごとに感染リスクが次第に低下すると主張しているのは、先に紹介した米ジョンズ・ホプキンス大学の疫学者、ジャスティン・レスラー准教授です。

レスラー准教授は、新型コロナに感染することで得られる免疫は、終生免疫ではない可能性が高いと考えています。

となれば、免疫の効果は持続しないため、流行の第2波が襲ってきた際は感染するリスクから逃れられません。

しかし、再感染の場合、レスラー准教授は「最初の流行での感染よりほぼ確実に重症度は低くなる」と述べています。その理由としてあげているのが「部分免疫」です。

免疫効果は長期間にわたって持続しないものの、一度免疫を獲得すれば部分的な免疫を得られます。そのため、流行の第2波以降で再び感染しても、最初の感染時に比べるとより軽い症状でやり過ごすことができる、と指摘しています。

つまり、はじめの感染で重症に陥った人も、再感染した際には無症状、あるいは軽症で収まる可能性が高くなります。感染する可能性はあるものの、症状はずっと軽くて済むのです。

この過程を繰り返すことで、ほとんどの成人が部分免疫を獲得し、新たな感染は主として子供へとうつっていきます。

レスラー准教授は「新型コロナウイルスに感染して重症化するのは、ほぼ高齢者に限られていることがわかっている。ということは、感染者の年齢層が子供に移行すれば、感染による入院や死亡はほとんどなくなるだろう」と語っています。

こうして新型コロナの流行の波が繰り返すたびに感染リスクは低下し、その脅威は人類から取り除かれることになります。

したがって、パンデミックの後に日常が戻る時は来るのだ。ワクチンや新薬を開発したり、大規模な公衆衛生活動によって新型ウイルスを撃退したりすることは、危機の収束を早めるために望ましいが、たとえそれらが実現しなくても日常は私たちのもとに戻って来る。

ジョンズ・ホプキンス大准教授が描く終息までのシナリオ パンデミックが終わり、「日常」が戻るのは一体いつになるのか:ワシントンポスト

ただし、そのような過程で新型コロナの脅威が取り除かれるまでには、10年以上の歳月が必要だと述べています。ワクチンや新薬ができなければ、かなりの長丁場を人類は耐えなければならないようです。

もちろんワクチンや新薬が完成すれば、その期間を大幅に短縮できます。それでも2~3年はかかります。

そこで今、私たちに突きつけられているのは「経済と人命」のバランスをどうとるのか、という問題です。

その8.経済と人命は対立するか?

コロナと経済
ここまで見てきたように、新型コロナの感染拡大を防ぐために人の移動を制限し、経済活動を止める政策が今、世界各国で行われています。

それらの政策の土台にあるのは「経済よりも人命が大事」という価値観です。

「経済と人命を秤(はかり)にかければ人命の方がはるかに重い」ことに異議を唱える人は、それほど多くはないでしょう。

しかし、そもそも「経済と人命を秤にかける」こと自体が正しい行為なのでしょうか?

何かを達成するために別の何かを犠牲にしなければならない関係のことを「トレードオフ」と呼びます。

では、経済と人命は本当に二者択一のトレードオフの関係にあるのでしょうか?

少し視点を変えてみましょう。

私たちは「経済か人命か」と問いかけられたとき、無意識のうちに「経済=お金」と考えがちです。そのような単純な思考に陥ると「お金」よりも「命」の比重が大きくなるため、経済よりも人命を優先すべきと考えることが一般的です。

ですが、実際には経済が人命を奪うこともあります。ことに今回のような緊急事態宣言による自粛は、不要不急の範囲から外れた業種に携わる多くの人々から生きる糧を奪い、確実に経済苦をもたらします。

5月6日までとされていた緊急事態宣言が延長されることが決まりましたが、いずれ解除されたとしても、それが一時的に過ぎない可能性が高いことは、前節にて検討したとおりです。

今回のような、あるいはより厳しい自粛を何度も何度も繰り返すのだとすれば、その先に待っているのは 1929年に席巻した世界恐慌よりも、さらに深刻な大不況です。

政府がよほど本腰を入れて救済策を講じない限り、倒産する企業や店舗は増え、大量の失業者が街にあふれることになります。

ここで問題となるのは、失業者が増えると自殺者が増えることです。

下のグラフは教育社会学者の舞田敏彦氏が作成した1953~2017年の「失業率と自殺率の長期推移」を表しています。

新型コロナウイルスとの戦いの果てに待つシナリオ2
失業率とシンクロする自殺率の推移:ニューズウィーク より引用

失業率と自殺率が見事に同調していることが見てとれます。

一見して分かるとおり、失業率と自殺率のカーブは形状がよく似ている。高度経済成長期に下がり、低成長期に上がり、バブル期に下がり、90年代以降の不況期に上がり、最近の好況期では下がっている。

失業率とシンクロする自殺率の推移:ニューズウィーク より引用

舞田氏の推計によると、失業率が1%上がると自殺率は1.949上がります。すると人口を1億2000万とすれば、実数でみて年間の自殺者が2339人増える計算になります。

では、緊急事態宣言を続けることで、日本での失業率は何%ほど高くなるのでしょうか?

日経ビジネスの記事によれば、第一生命経済研究所の藤代宏一主任エコノミストは「失業率はワーストケースで21年第1四半期までに4%程度まで上昇する可能性がある」と試算しています。
(出典:新型コロナで解雇、倒産……蒸発する仕事 雇用の「氷河期」が迫るリストラ、雇い止め、内定取り消し

コロナ・ショック直前の失業率は2.5%のため、その差は 1.5%です。舞田氏の推計にしたがえば、2339 X 1.5 = 3508.5という数値が出てきます。

つまり、失業率が1.5%上がれば、自殺者が 3508人増える、ということです。

もっとも、藤代氏の行った失業率の予測は緊急事態宣言が延長される前であるだけに、延長後はさらに高くなっていると考えた方がよいでしょう。

ちなみにアメリカではセントルイス連邦準備銀行が、2020年夏の失業率が32%にも達すると予想しています。アメリカでも失業により多くの自殺者が出るものと推測できます。

しかし、実際の失業率はもっと深刻かもしれません。日本にしてもアメリカの予測にしても、今回のロックダウンや緊急事態宣言の影響のみに基づいて失業率を弾いているにすぎないからです。

実際には何度もパンデミックが繰り返されます。その際、世界各国が今回と同じような対策をとるならば、世界大不況はより深刻化し、失業率は当然ながら跳ね上がります。

そのとき、膨大な数の自殺者が出ることになります。

結局のところ、経済苦による自殺か新型コロナによる病死かの違いはあっても、人命が失われることにおいては、なんの違いもありません。

「経済か人命か」という問いかけは、お金をとるか命を取るかの選択ではなく、実は「経済により失われる命」か、「新型コロナにより失われる命」かの選択なのだといえます。

そうなると、失われる命の量を天秤にかけ、より多くの犠牲者が出る方をケアするという解決策もあり得ます。

4月30日時点の新型コロナの死亡者数は 434人です。緊急事態宣言が解除されるまでに累計で何人の方が亡くなられるかは不明ですが、2倍ちょっととして仮に1000人としてみます。

すると、経済による自殺者3508人に対し、新型コロナによる死亡者1000人となります。経済により失われる人命の方が、新型コロナにより失われる人命よりも多い、ということです。

しかし、だからといって経済により失われる人命を救い、新型コロナにより失われる人命を見捨ててもよい、と考えることは間違っています。

最大多数の最大幸福を計ることだけが、いつも正しいとは限らないからです。

もっとも、現在の新型コロナの死亡者数は緊急事態宣言を下した結果であるだけに、規制をかけなければ、より多くの人命が失われた可能性があります。いずれにせよ「経済により失われる命」と「新型コロナにより失われる命」の数を比べること自体に、意味はありません。

私たちが今、やらなければいけないことは、「経済により失われる命か新型コロナにより失われる命か」のどちらか一方を選ぶことではなく、双方のバランスをとりながら、どちらの命もできる限り多く救うことです。

そのためにはまず、現状を正しく把握する必要があります。

その9.命を救う対策とは

人口あたりの致死率などの客観的な統計が、日本と欧米諸国とでは新型コロナ蔓延の程度が大きく異なることを示しています。現状がまったく異なる以上、日本と欧米の新型コロナ対策が違って当然です。

テレビでは連日、欧米の悲惨な状況が映し出され、日本も欧米のようになると煽るかのような報道が繰り返されています。それを見ていると、不安に苛(さいな)まれるのも当然といえるでしょう。自粛のような生ぬるい対策ではなく、日本も欧米のように強制的なロックダウンを行うべきだとする世論も、根強く形成されています。

しかし、今こそ「正しく恐れる」ことが求められています。未来のことはわかりませんが少なくとも現時点での日本では、欧米並みの爆発的感染は起きていません。にもかかわらず、欧米のようにほぼ全面的に社会経済活動を抑制する必要があるのでしょうか?

「新型コロナによって失われる人命」を過度に恐れるあまり経済活動をさらに止めるならば、「経済によって失われる人命」は確実に増えます。

現実に根差した冷静な対処が求められます。

さらに問題はこの後です。

パンデミックの第2波、第3波が押し寄せたとき、日本はどのような選択をするのでしょうか?

道は主に、2つです。今回と同様に緊急事態宣言を発令し、「一部の経済活動を止め、再び自粛モードに入る対策」をプランA、「経済活動を止めることなく回しながら、必要な範囲での抑制に留めコロナ禍(か)を乗り切る対策」をプランBとします。プランAかプランBか、政府は早晩選択を迫られることになるでしょう。

最近の日本の政治はポピュリズム(大衆迎合主義)に堕す傾向が見られるため、国民のコンセンサスが政府の政策を決定するのかもしれません。

プランAを選ぶ場合は財政破綻のリスクなど気にすることなく、セーフティネットを充実させる必要があります。日銀はどんどん札を刷り、国民の生活を支え、経済によって失われる命を救うべきです。

オックスフォード大学のデヴィッド・スタックラー教授は、「不況そのものではなく、不況に際して政府がとる政策」によって人命が奪われると指摘しています。不況下での緊縮財政は経済を減速させ、失業率を上げ、健康被害を生むと警告しています。

コロナ禍によって生じる恐慌は自然に発生するものではなく、政府の新型コロナ対策によって人為的につくられるものです。被害を最小限に抑えるためには、金に糸目をつけずに国民の生活や経済基盤を守ることが求められます。

ところが現在の政府の政策では、コロナが終息した後の景気刺激策にかなりの比重がおかれています。これは的外れといえるでしょう。

景気刺激策よりも、いま全力でやるべきことはコロナ禍を緩和するための医療資源の充実と「経済によって失われる命」を救うために十分な資金を提供することです。コロナ禍が去りさえすれば、景気刺激策に力を入れなくても自然に経済活動は活発化します。

今の段階で、景気刺激策に資金を回す余裕などないはずです。出し惜しみせずに、生活の糧を奪われた国民や自粛に追いやられている企業や店舗に対する手厚いサポートが求められます。

それでも何度もパンデミックが繰り返されるとなると、さすがに財政が悲鳴を上げることになるでしょう。

そうなれば新型コロナのリスクは承知のうえで、どこかの時点でプランBに切り換えることになりそうです。

プランBの場合は、プランAに比べて新型コロナによる死亡者数は当然増えます。ただし、十分な時間稼ぎをしたあとだけに、今回と違って医療資源は充実しているはずです。

施設にしても設備にしても、また医療スタッフにしても、大幅に強化されていることでしょう。PCR検査にしても今回の経験を踏まえ、必要とされるときに不足なく対応できる態勢が整っているはずです。

医療資源が充実し、新型コロナに対する耐性が強まっていれば、今回ほど大がかりな規制をしなくても「新型コロナによって失われる命」を少なくできます。

先に紹介したレスラー准教授の指摘も好材料です。パンデミックを繰り返す度に部分免疫を獲得する人が増えるため、新型コロナの脅威は次第に小さくなります。

もちろん、それでも少なからぬ犠牲者が生じます。しかし、医療資源を十分に整えた後の死は、けして理不尽な死ではありません。少なくとも社会が許容できる範囲の死であるはずです。

交通事故による死(2019年は3215人)も、インフルエンザによる死(2019年3000人以上)も、社会は許容しています。

リスクは社会にあふれています。医療資源が整備され、社会全体の耐性が強化されれば、新型コロナだけを特別に扱う謂われはなくなります。

つまり、高齢者には自粛を促すなど、必要な範囲での抑制にとどめ、経済活動を平常通りに行える余地は十分にある、ということです。

「経済によって失われる命」にしても「新型コロナによって失われる命」にしても、リスクをゼロにすることはできません。

また、リスクゼロを目指すことも間違っています。

リスクをコントロールしながら、リスクとともに共生することが、今の私たちに求められています。

ドン山本
ドン山本
タウン誌の副編集長を経て独立。フリーライターとして別冊宝島などの編集に加わりながらIT関連の知識を吸収し、IT系ベンチャー企業を起業。

その後、持ち前の放浪癖を抑え難くアジアに移住。フィリピンとタイを中心に、フリージャーナリストとして現地からの情報を発信している。

監修サイト:日本とフィリピンの第二次世界大戦

4 コメント

  1. 返信が遅くなり、失礼いたしました。パソコンがクラッシュし、復旧に手間取っていました。丁寧なコメントをいただき、ありがとうございます。この記事を書き上げた段階では、まだ安倍首相の緊急事態宣言の延長会見前でした。ですので延長についての見解は記事には入れていません。延長会見での政府の弁明に対しては私も大いに不満があります。解除基準が曖昧なままはっきりと示されていないのは、異常かと思います。実効再生産数から推し量っても、すでに解除の条件を満たしているように個人的には思います。実効再生産数を関係者以外が計算できないことも極めて不可解です。ただ科学的知見とは異なり、政治については様々な見解があり、必ずしもこれが正しいとは指摘できない面があります。そのため、記事としては延長をおおむね歓迎する世論がある限り軌道修正は難しいと判断し、その流れに沿って論旨を展開しております。機会があれば、早く解除すべきとの論を書いてみたいところですが、個人ブログではないため様々な制約があります。編集者と相談してみます。

  2. 議論の前提になる話でとても参考になります。全て同意します。しかし失礼ながら、心が動きません。人々はいろいろな問題を抱えて苦しんでいます。それは現状をどうすべきかの選択に関わります。具体的には延長は是か非か。解除の条件は何かです。このままでは経済が死んでしまう。延長と継続の必要性と経済の犠牲のバランスが取られなければならないのですから、厳密な根拠が必要です。

    このことを安倍晋三首相は記者会見でこう説明しました。
    1)宣言によって感染爆発を防げた。効果があった。
    2)新規感染者数がまだ新規退院者数を上回っているから延長する。

    感染爆発を防いだのは宣言による効果ではなく、宣言がなくても防がれていたと思います。
    新規感染者数(123–5/5)と新規退院者数(91–5/5)を比べるのは不適切です。今や全員入院ではないからです。しかも今週中には下回るでしょう。
    どちらも延長理由としては適切ではありません。延長理由が不適切なら解除条件も意味を持たない。私は延長は不当で早急に解除するように求めるべきだと思いますが、どうお考えかご意見をお聞かせ下さい。論考の趣旨に沿っていないということなら聞きおいてください。

    • 最新情報の追記)
      2/7 新規感染者数
      全国109人(新規退院者数228人)
      東京都23人(3/24 17人以来の低水準で第2波の前に戻った。3/25 41人がスタート地点)
      北海道23人
      大阪府15人
      神奈川県7人
      ゼロは33県

      延長は間違いだった。「延長の効果で成果が1日で出た!」とはまさかいえない。宣言をしたのは4/7で2週間後が4/21。その間に4/7の252人から急増して4/11に719人でピークを打ち4/21には365人へとピークから半減している。これは宣言の効果ではない。
      252-719-365-109の365-109が宣言効果と言える。

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