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アフターコロナ#01 なぜ感染者や医療従事者へ偏見と差別が起こったのか?魔女狩りがもたらす監視社会の到来

新型コロナウイルスは瞬く間に世界に広がり、すでに30万人を超える人命を奪いました。人類を脅かす感染症のパンデミックに襲われた世界など、これまでSF映画やパニック映画でしか見たことのない世界であるはずなのに、私たちが暮らす2020年の現実の世界に、突如として現れたのです。

その衝撃はすさまじく、全世界はたちまちパニックに陥りました。新型コロナの蔓延を防ぐために世界の多くの地域でロックダウンがなされ、日本もまた緊急事態宣言が発令され、生まれてからこの方、一度も経験したことのない自粛生活を余儀なくされました。

それでも日本では、ようやく感染も下火となり、5月14日には39県の緊急事態宣言が解除され、残る8都道府県についても近いうちに解除される見通しとなっています。

ロックダウン解除の動きは世界中で起きており、ドイツやフランスを筆頭にアメリカやロシアなど多くの国が解除に向けて動き出しています。

とはいえ、ロックダウンや緊急事態宣言が解除されても、元の生活がそっくりそのまま戻ってくるわけではありません。

世界は今や「ウィズコロナの時代」を迎えています。新型コロナの流行の波がいつまた襲ってくるのかわからないだけに、感染拡大を抑止するための新たな生活様式が私たちに求められています。

「ウィズコロナの時代」がどうなるのか、まだはっきりとは見えていませんが、人々の関心は早くも「アフターコロナの世界」へと向かっています。

新型コロナと共生する時代は「ウィズコロナ」ですが、ワクチンが開発されたり集団免疫をつけることで新型コロナの脅威が克服された時点で「アフターコロナの世界」に移行します。アフターコロナの世界が始まるのは、おそらく2~3年後と考えられています。

関連リンク:新型コロナウイルス【未来のシナリオ3/3】いつ終息(収束)ワクチン開発か集団免疫獲得か、それとも…

「ウィズコロナの世界」さえ、まだ明確には見えてこないのに、今から「アフターコロナの世界」をあれこれ取り沙汰するのは時期尚早ではないかと思うかもしれません。

ウィズコロナ
しかし、「ウィズコロナの世界」でなされた選択こそが、「アフターコロナの世界」を決定づけることになります。

その意味では、私たちは新型コロナという目先の恐怖にばかりとらわれるのではなく、「アフターコロナの世界」を見据えた社会のあり方を模索する必要があるといえるでしょう。

現時点で予想されるアフターコロナの世界とは、どんな世界でしょうか?

今回よりさまざまなテーマを設け、「アフターコロナの世界」を追いかけていきます。

第1弾にあたる今回のテーマは「監視社会」です。ウィズコロナの時代にあって、スマートフォンの位置情報などを活用して感染者や濃厚接触者を追跡する「デジタル感染追跡」を取り入れる動きが、世界各国で急速に広がっています。

その一方で、これまではテロ対策などに限定されていたデジタル監視が、新型コロナの感染拡大を抑止するという大義名分のもとに全国民の監視へと裾野を広げつつある現状には、深刻な懸念も寄せられています。

アフターコロナの世界には、果たしてどのような監視社会が待っているのでしょうか?

相互監視による魔女狩りから服従へ

監視

その1.日本で相次ぐ感染者や医療従事者への偏見と差別

新型コロナウイルスの恐怖がテレビを通して連日繰り返されるなか、日本では新型コロナの感染者やその家族への嫌がらせや差別が増えているとの報道が相次いでいます。

主な記事を拾ってみます。

教授が感染、ハラスメント相次ぐ 付属高では制服中止に
朝日新聞デジタル 2020/3/26 19:32配信

エジプト旅行から帰国した郡山女子大学の女性教授が感染したことを受け、大学関係者らへの嫌がらせや不当な扱いが相次ぎました。

附属高校では生徒が街中で「コロナ、コロナ」と指を指されるなどしたため、制服通学を一時停止せざるをえない状況に追い込まれています。教職員の子どもが保育所への預かりを拒否されたり、会社勤めの配偶者が出勤停止させられたことも報じられています。

京産大に抗議や意見が数百件 「殺しに行く」脅迫も
朝日新聞デジタル 2020/4/8 18:12配信

3月に英・仏などに旅行した学生3人が感染に気づかずにゼミやサークルの懇親会などに参加したことにより、京都産業大学では70名ほどのクラスターが発生しました。

この件が報道されると、大学に対して抗議や批判の電話、メールが数百件寄せられ、なかには「大学に火をつける」「感染した学生の住所を教えろ」「殺しに行く」などの脅迫的な内容も目立ちました。

SNSには感染した学生の自宅の写真がアップされ、さらには就職先にまで誹謗中傷が寄せられています。

差別は京産大の学生すべてに広がり、「京都産業大生の入店はご遠慮ください」と書かれたビラが飲食店の店頭に張り出されたり、京産大の学生という理由だけでバイト先を解雇される、企業の面接で差別的な発言を受けるなどの被害が報告されています。

感染者の家に投石や落書き 首長ら「差別許されない」
朝日新聞デジタル 2020/4/22 11:50配信

三重県の感染者の家に石が投げ込まれ、壁に落書きがされたことが報じられています。

「コロナ女」「追放」山梨の感染女性、やまぬデマと中傷
朝日新聞デジタル 2020/5/12 20:13配信

この記事では山梨に帰省していた女性がPCR検査で陽性反応が出た後に高速バスで帰京したことに対して、ネットが大炎上したことを伝えています。

ネット上では、この女性に対する非難が集中し「コロナ女」「テロリスト」「日本から追放」などの書き込みがあふれました。

やがてネットでは特定班と称される「犯人捜し」が活発となり、根拠不明のままに女性の名前や住所、顔写真や勤務先などがさらされ、風評被害を含め、大きな社会問題となりました。

感染者以外にも、感染が疑われるという理由だけで差別される状況も生まれています。

県外ナンバーに嫌がらせ「周りが怖い」市長が緊急会見
朝日新聞デジタル 2020/4/24 11:18配信

四国で感染者が最も少ない徳島県では、県外ナンバーの車への暴言・あおり運転・投石や車体を傷つけるなどの被害が相次ぎ、同県知事が「県外ナンバーに敵意を持つのはやめていただきたい」と県民に呼びかける事態となりました。

「今、東京から?」拒まれ、仮住まいで焼死 岩手「ついの住みか」のはずが
毎日新聞 2020/4/18 6:00配信

終活の場所として岩手県花巻市を選び、マンションを購入した老人が東京から引っ越したところ、マンションの住民から転居を拒絶され、市役所からも転入届の受け取りを拒まれました。老人はやむなく同市内の仮住居での生活を始めましたが、不運にも火災にあい死亡しています。

岩手県では感染者が一人も出ていないため、感染者が多い東京からの移住者を過度に警戒したゆえの差別が生んだ悲劇といえるでしょう。

この事件に対してはネット上で「今後震災があっても(県外からの協力は望まず)自分たちだけで解決してください」のような辛辣(しんらつ)なコメントがなされ、多くの共感を集めていました。

国交相「大変憤っている」…トラック運転手の子への自宅待機要請に「危険を承知で尽力しているのに」
読売新聞オンライン 2020/4/1 7:30配信

愛媛県新居浜市では公立小学校より、長距離トラック運転手の世帯が子供を登校させないように求められたことを報じています。感染者が多い県をまたいで仕事をしている長距離トラック運転手への、科学的根拠に基づかない差別といえます。

医療従事者に対する差別や偏見も、日本では深刻化しています。

海外においても医療従事者への差別がまったくないわけではないものの、どの国でも医療従事者をヒーローと位置づけ、リスペクトしていることと比べると、日本における医療従事者への差別は際立っています。

米CBSニュースにおいても「窮地に立つ日本の看護師、相次ぐ攻撃的な“コロナいじめ”に直面」と題された報道番組が組まれるほどです。

番組のなかでは、看護師が「お前は看護師か、なぜ看護師が外を歩いている。お前のせいで感染が拡がる。迷惑だから外を歩くな」と暴言を受けたり、東京の公園で子供を連れた看護師が「病院で働いているんですよね?ここから出て行ってくれませんか」と言われたケース、看護師の子供の預かりを拒否する保育施設が相次いでいることが報じられていました。

番組では「世界中の医療従事者が感染のリスクを背負いながら、過酷なスケジュール、医療用防護具の不足、治療法のない新型コロナに立ち向かっているなか、日本の看護師や医師たちは同胞である日本人からいじめやハラスメントを受け、さらなる重圧と戦っている」と日本の特殊な事情について伝えています。

その2.日本中にはびこる自粛警察

他人に対する自粛の強要もコロナ禍で頻繁に見られる社会的風潮です。

親子で公園で遊んでいるだけなのに、自粛中にもかかわらず不謹慎だと通報されたり、県外ナンバーの監視が強化され、駐車場に停めただけで通報されるケースが目立ちました。

自粛期間中に営業を続けている店に対する嫌がらせも頻発しています。

営業してると通報500件、大阪 支援限定、厳しい経営事情
共同通信(ヤフーニュース) 2020/4/20 18:50配信

大阪府では府のコールセンターに「対象の店が営業している」との通報が20日までに500件以上寄せられたことが報じられています。

もちろん、このような通報があったところで事件性や緊急性がない限り警察が動くことはないものの、警察の業務に支障をきたす可能性が危惧されています。

テレビで週末にどこかの商店街で人出が多かったと報道されると、その途端に抗議の電話や手紙が該当の商店街に殺到することも繰り返されました。

たとえば東京吉祥寺の商店街へは電話で「何で店を閉めないんだ」「何考えてんだ馬鹿野郎!」と多数の罵声を浴びせられたことが報道されています。

関連リンク:人通り「1割」でも吉祥寺に批判…“住みたい街”の苦悩スポーツ報知(ヤフーニュース)

個人経営の小規模店に対しても自粛警察の手は及んでいます。営業を続ける店舗のシャッターに自粛を求める紙を張り出したり、SNSを通じて店舗への誹謗中傷を繰り返す行為が多数確認されています。

休業しているにもかかわらず自粛を求めて脅迫めいた貼り紙が残されたことにより、緊急事態宣言が解除されても怖くて営業を再開できずにいる店舗があることも報道されています。

こうした自粛警察の出現は、日本の文化や歴史が育んだ「ムラ社会」に根ざしているように見受けられます。

ムラ社会とは・・・集落に基づいて形成され、有力者を頂点とした序列構造を持ち、昔からの秩序を保った排他的な社会を指す。同類が集まって序列をつくり、頂点に立つ者の指示や判断に従って行動したり、利益の分配を図ったりするような閉鎖的な組織・社会を村にたとえた語。(村社会:wikipedia より引用)

休業

「自粛」とは「自分から進んで行いや態度を改めて、つつしむこと」を意味します。自粛をするか否かを決めるのは、あくまで自分自身です。

となれば「自粛」を他人に強制すること自体が根本的に間違っており、大きな矛盾を来しています。

それでも他人に自粛を求めてしまうのは、新型コロナという未知のウイルスを前に、自分が感染するリスクをできるだけ引き下げようとする思いが働くからです。

「自粛すること」がムラ社会のしきたりであるかのように位置づけられ、それを破った者に対しては村八分などの制裁を科すことが正義であると見なされています。

自粛警察の本当に怖いところは、感染リスクを引き下げるための自粛こそが正義であり、それを破るのは悪と決めつけ、当人たちに自分たちの行為が行き過ぎたものだと自戒する気持ちが、ほとんどないことといえるでしょう。

前節で紹介した感染者や医療従事者に対する差別にしても自粛警察にしても、その根っ子は同じです。

自分や自分の家族が感染したくないという思いが原動力となり、他者を私的に罰する暴力行為や人権侵害が正当化されています。

果たしてこのような行動は、合理的な分析や理性に基づく判断といえるのでしょうか?

その3.本能と直結する群れを守るための行動

- 行動免疫システムとは -

私たちの身体にはウイルスを防ぐための仕組みが備わっています。第一の防御壁は皮膚や粘膜による物理的な防御です。次に待ち構えているのは免疫による防御です。免疫はウイルスが身体に侵入してから働くシステムです。

しかし、考えてみればウイルスが身体に入り込んでから初めて防御システムが機能するという状況は、いかにも脆弱です。未知のウイルスを体内に宿した瞬間から、死のリスクを背負うこともあるからです。

現在、地球で生存している昆虫にしても、両生類や哺乳類を含む多くの動物にしても、数世紀にわたるウイルスとの戦いに勝ち残ってきた種であることは間違いありません。

となれば、ウイルスが体内に侵入する以前に、なんらかの防御システムが働いているのではないかと考えるのは、ごく自然なことです。

近年の研究は、このことを明らかにしました。

実はウイルスが体内に侵入する以前の私たちの行動にも、免疫システムが働いていることがわかってきたのです。これを「行動免疫システム(The Behavioral Immune System)」と呼びます。

具体的には、病気を連想させる対象に対しては何にでも反応し、「危険だから近づくな」という心理的な警報が鳴り響くことにより、それを避ける行動をとる、ということです。

「行動免疫システム」は人類だけではなく、多くの昆虫や動物にも見られます。

たとえば、次のようなチンパンジーの行動が知られています。

霊長類学者のジェーン・グドール氏は1966年、タンザニアのゴンベ国立公園でチンパンジーを研究していたとき、ポリオ(小児まひ)になったマクレガーという個体を観察した。感染力の強いポリオウイルスによる感染症だ。

仲間たちはマクレガーを攻撃し、群れから追放した。あるとき、体の一部がまひしたマクレガーが、樹上でグルーミングしている仲間たちに近付いた。マクレガーは社会的接触を求め、あいさつしようと手を伸ばした。しかし、仲間たちは立ち去り、振り返ることすらなかった。

グドール氏は1971年に出版した著書『森の隣人―チンパンジーと私』のなかで、「年老いたチンパンジー(マクレガー)は2分間にわたり、じっと彼らを見つめていました」と振り返っている。

1985年、氏は米国のサン・センチネル紙の取材に対し、「このような悲劇に対する反応は、現代の人間社会とそれほど変わりません」と述べた。

驚きの特殊能力、「社会的距離」をとって感染を防ぐ動物たち:ナショナルジオグラフィック日本版サイト より引用

記事を読むと、ポリオにかかったマクレガーに対して「可哀想に」という思いが自然にわきますが、ポリオの治療の術をもたないチンパンジーの群れにとってみれば、感染症にかかった仲間を排除することが群れを守る行動につながります。

マクレガーを群れにおいておけば、最悪、ポリオの感染によって群れが全滅する可能性があるだけに、やむを得ない処置といえるでしょう。

もちろん、チンパンジーにはポリオという病気の知識もなければ、放置すれば感染が広がり群れの全滅を招くかもしれないと考えることもできせん。

つまり、知識や理性ではなく、本能的にマクレガーを危険な存在と見なして排除したことになります。これは典型的な「行動免疫システム」の働いた例と考えられています。

- 差別の温床は誰にでもある -

ウイルス1

人類にもチンパンジーと同様の「行動免疫システム」が組み込まれています。感染者や感染者の家族への差別は、本能的に働く「行動免疫システム」に基づいている可能性が指摘されています。

感染者への差別は、新型コロナだけに見られる現象ではありません。日本ではハンセン病患者に対する差別が太古の昔から現代に至るまで続いています。

「ハンセン病」は日本では「らい病」と呼ばれてきました。らい病はらい菌が皮膚や末梢神経に寄生することで発症する感染症です。感染力自体は弱いものの身体の一部が変形することがあるため、人々から忌み嫌われてきました。

松本清張の著した名作『砂の器』には、らい病患者への差別がいかにひどいものであったのかが克明に描かれています。映画化やドラマ化も度々されているため、目にされた方は多いことでしょう。

外見が異様な「らい病患者」を排除しようとする動きは、まさに「行動免疫システム」に基づく行動です。

行動免疫システムの怖いところは、心理的に鳴らされた警報が身体の免疫システムまで発動させることです。

発疹や疱瘡(ほうそう)がある人が、咳やくしゃみをして鼻汁を飛ばしている人のスライドを被験者に見せる前と後で血液を検査する実験をしたところ、スライドを見たあとの血中の白血球は明らかに活発な反応をはじめていることが確かめられています。

行動免疫システムによる心理的な反応は、ヒトの体調にまで影響を及ぼします。

つまり、感染者を排除、あるいは隔離しようとする心理的な作用と行動は、理性を通り越して身体の奥深いところまで嫌悪感となって浸透するということです。そのことが反理性的な行動へとヒトを駆り立てます。

らい病患者への差別は、現代から振り返ると信じがたいものでした。

1953(昭和28)年、らい病患者の終身強制収容が「らい予防法」として法制化され、各県では無らい県運動の名のもとに、らい病患者を見つけ出しては強制的に療養所に送り込む施策が行われました。

この法律の問題は退所規定が設けられていないため、一度収容されると病気が治っても一生、療養所から出られないことでした。

らい病は1946(昭和21)年には特効薬が開発され、適切に治療すれば治る病気になっていました。それにもかかわらず「らい予防法」は存続し続け、1996(平成8)年になって、ようやく廃止されています。

治療すれば治る感染症であり、完治後に人に移す可能性などなかったにもかかわらず、らい病患者を恐れるあまり、死ぬまで隔離しようとする法律が平成の時代まで生き残っていたのです。

科学的な知見や理性を無視した、あまりにも感情的な差別であったといえるでしょう。

らい病患者への差別と同じ構図は新型コロナの感染者への差別や、感染を恐れるあまりに他人に対しても自粛を強要する自粛警察の動きに現れています。

私たちの良識は感染者やその家族、あるいは医療従事者に対する差別や過度な自粛警察に対して不快感を示します。

しかし、私たちの誰もが他人を迫害する側に回る可能性があることを忘れるべきではないでしょう。

なぜなら私たちは誰でも、行動免疫システムを有しているからです。感染者を忌み嫌う本能と、群れの安全を損なう行為を閉め出そうとする本能を、私たちは間違いなく持ち合わせています。

私たちの誰もが感染者を差別する側や、自粛警察に近い行動をとる側に回る可能性がある、ということです。

私たちは意識して理性的であろうと努める必要があります。

その4.個人よりも集団の原理が優先された相互監視

ヒトは社会性をもつ生物です。行動免疫システムをはじめとして、集団での生存を優先するように造られています。

異質なものを無意識に排除しようとする動きや、集団の生存を脅かす存在に対して多くの人が同調して圧力を加えるのは、本能的な行動といえます。

このような本能に抗うためには、意識して理性的にふるまう必要があります。しかし、非常時において人は、理性的である前に容易に感情に支配されやすい傾向を示します。

テレビで連日繰り返される新型コロナの恐怖が、さらに人から理性を奪っていきます。

その結果として、体制に順応する人々が増えていきます。非常時にあって集団での生存を第一に考えたとき、体制の意志に従うことがもっとも安全で理にかなっているからです。

ことに感染症というリスクに対しては個人ごとに戦うことなどできません。都市の封鎖にしても患者の隔離にしても、集団で力を合わせる必要があります。

そのような状況下で現在の日本で急速に拡大しているのが、互いが互いを監視し合うという「相互監視」です。

感染者への差別や自粛警察は、相互監視が行き過ぎたゆえの弊害と位置づけられます。

自粛という体制側の要請に応じない者を敵視し、住民同士で監視し合い、電話やネットを通して告発し合うさまは、なんとも息苦しい社会です。

しかし、コロナ禍が吹き荒れて以来、私たちの日常の行動にも「他者の視線」を気にかけることが増えてはいないでしょうか?

自粛警察ほどあからさまではないにしても「自粛に応じなければならない」という同調圧力を、私たちの誰もが受けています。どこから受けているのかと言えば、いわゆる「世間」からです。

「世間」という周囲の目の圧力は、日本に暮らす限り私たちを無意識のうちに縛り続けています。

今回の緊急事態宣言で日本で行われたのは、自粛と休業の要請です。欧米がロックダウンによって外出禁止を命令し、罰則を設けることで法のルールにしたがって強制力を行使したことと比べると、日本の対応はあまりに生ぬるく、欧米から一斉に批判を浴びました。

ところが日本では、大半の国民が自粛と休業の要請に応じたことで新型コロナの感染拡大が押し止められ、医療崩壊することなく危機を乗り切ることに成功しています。

このことは、命令と罰則に頼らなければ国民の行動を制限できない欧米各国と日本とでは、まったく別の社会が存在していることを改めて印象づけました。

その理由を、日本の民度の高さに求めることができます。では日本の民度の高さを支えている根本的な原理はなにかと言えば、そこに「世間の目」という周囲の圧力が存在することをあげられます。

欧米の社会は「法のルール」で支えられていますが、日本の社会が従うべき規範は法秩序のほかにもうひとつ、「世間の目」があります。

法の目が届かないところでも世間の目がある限り、日本人は自らの行動を律し、社会の秩序を乱すことは控えます。それは日本人にとっての美徳でもあります。

つまり日本人は生まれながらにして、「世間」という名の相互監視の世界に身を置いているともいえます。

まして新型コロナの蔓延という集団の生存を脅かす危機にあっては、もともと備わっている相互監視がより強く働き、住民同士が互いを監視し合うことで、お互いの行動を牽制し合うことになります。

平時では重要視されていた国民の権利やプライバシーが、非常時にあっては二の次にされます。個人よりも集団の利益が優先され、新型コロナの脅威から集団を守るために打ち出された体制側の要請に盲従しようとする空気が作り出されます。

要請に逆らう、空気を読めない行動に対しては、同調圧力が世間から加えられます。

同じことは第二次世界大戦下にも起こりました。戦争を遂行するために末端の町内組織として組まれたのが「隣組」です。隣組は「助けられたり、助けたり」という相互扶助のための組織でしたが、その反面、住民同士の監視という役割を担いました。

戦争に向けて全国民が一丸となっているなか、平和的な思想を口にしたり、体制の指示に従わない住民がいると隣組によって密告され、逮捕されることが繰り返されました。当時は体制に従うことは正義であり、逆らうこと、疑問を投げかけることは悪とされました。密告は日本人としての義務であり、正義の行動として褒め称えられたのです。

戦後、久しく姿を消していた隣組が新型コロナ蔓延という非常事態を受け、令和の時代になって復活したかのようです。住民同士の相互監視が、かつてないほど広がっています。

戦時下の「隣組」と異なるのは、体制側が意図して組織したわけではなく、自分も感染するのではないかという恐れから、私たちが自ら監視社会化を進行させていることです。

日本には良しにつけ悪しきにつけ「世間の目」が息づいているだけに、一歩間違えれば容易に監視社会に陥る危うさを抱えています。アフターコロナの世界が一億総監視社会となる可能性も、十分あり得ます。

しかし、監視社会によって魔女狩りが行われるような殺伐とした世界の住民になりたいと願う人など、そうはいないはずです。

ウィズコロナという非常時にあって、監視社会化への圧力は日々強まっています。さらに国民同士の相互監視ばかりでなく、新型コロナの防疫を理由に国家による国民監視も強化される方向に動いています。

監視社会の到来を防ぐためには、どうすればよいのでしょうか?

今回より数回に分けて考えてみます。

次回は、新型コロナの封じ込めに成功した中国や韓国、台湾の監視・統制テクノロジーを中心に、世界各国で急速に監視社会化の波が押し寄せている実態について紹介します。

アフターコロナシリーズ
アフターコロナ#01 なぜ感染者や医療従事者へ偏見と差別が起こったのか?魔女狩りがもたらす監視社会の到来(今回の記事)
アフターコロナ#02 なぜ中国、韓国、台湾のコロナ対策を日本では真似できないのか?
アフターコロナ#03 日本でも始まっている監視社会化 未来はユートピアかディストピアか?
ドン山本 フリーライター
ドン山本 フリーライター
タウン誌の副編集長を経て独立。フリーライターとして別冊宝島などの編集に加わりながらIT関連の知識を吸収し、IT系ベンチャー企業を起業。

その後、持ち前の放浪癖を抑え難くアジアに移住。フィリピンとタイを中心に、フリージャーナリストとして現地からの情報を発信している。

監修サイト:日本とフィリピンの第二次世界大戦

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