ハルカ(HLCA) 代表 海仲由美

今回はフィリピン留学で得たものと開校に至った経緯についてお話ししたいと思います。
前回の記事はこちら▶︎患者さんを安心させる一言もかけられなんて・・・

様々な常識が覆されたマクタンでの生活

マニラ経由でセブ島の航空券を取得していましたが、マニラからセブ島までの国内線が遅延し、乗り継ぎになんと9時間の待ちが必要でした。

マニラの空港内でたった一人で夜が明けるのを待つ。インターネットでフィリピンについてかなり調べていたため、治安を考えると恐怖が襲ってきました。もし寝てしまった時の為、自分の体と荷物と待機用の椅子をチェーンで結びました。(結局不安で一睡もすることなく空港で朝を迎えたのですが)

私はマクタンの学校2か月、その後マンダウエの医科大学付属校に2か月と当初から2校で学ぶことを決めていました。
マクタン空港から学校までの道のりで私の目の前に飛び込んできたのは、牛・ヤギ・ニワトリ・犬・ネコ、人ひとヒト・・・。

「なんだこのにぎやかな場所は・・・。」
そして人々が笑顔で手を振っている。一瞬にしてこのフィリピンの地に魅了されていきました。
決して裕福ではない人々の暮らしは様々な場面から感じ取れました。しかしみんな夢を持って人に優しくいつも笑っている。

日本での快適な暮らし、医療従事者として良い意味・悪い意味でもなにか完璧なものを追い求めていた私は肩の力が抜けるような感覚でした。

英語学習との闘い

マンツーマン授業が始まり、初めの1週間はクタクタで授業後、すぐに横にならずにはいられませんでした。
宿題として出されたたった10行程度の文章作成に4時間もかかり、半泣きで次の日の授業に向かったのを覚えています。

ある授業中、自分の思いを伝えられず悔しくて泣いてしまう場面もありました。それから平日は勉強し休日は積極的に外に出かけ、生きた英会話に挑戦する日々を過ごしました。

できる限り地元に友人を作り、2か月を終えるころには4時間ぶっ通しで自分の思いを英語で話せるようになっていたと思います。

どこにいっても看護師ということは変わらない

看護師という職業柄、周りの生徒が体調を壊した際相談を受けることが多くありました。

そんな時、親子留学で来ていた4歳の女の子が熱性けいれんで意識を失う場面に遭遇。スタッフが病院に連絡している間、学校専属のフィリピン人ナースと協力し、氷で女の子の体を冷やし、臭気のバイアルで意識を覚醒させるよう対応。

*臭気のバイアルというのは、Smalling Saltsといってアンモニアの匂いで意識障害の人を覚醒させるものです。医薬品としてバイアル瓶に入っているものを使いました。http://www.todayifoundout.com/index.php/2015/01/smelling-salts/

母親は泣きじゃくっている状態でした。
私は女の子に声をかけながらも泣きじゃくる母親を安心させようと、このくらいの年の子供に起こりやすい病状で、たいていは解熱とともに回復できることを説明しました。

その女の子は入院となり一旦回復はしましたが、その後も体調を崩すことがあったため、時々お部屋に行って様子をみました。

それからしばらくし、別の留学生が夜中に激しい頭痛を訴え病院へ緊急搬送となったため、付き添うことがありました。
本人は痛みと不安でパニックで看護師の質問に答えられる状態ではなく、私が間に入り説明。しかし医療の専門用語の理解は難しく、無力感を感じた経験にもなりました。

学校に戻ってからは病院内での会話を思い出し、ノートに書いて医療英語のページを作り、そのころから医療に関する英語にも、とても興味を持つようになりました。

医療英語への思い

2校目に転校し韓国系の大規模校に到着した私は、その時点ではたった一人の日本人。韓国の医療系の大学生が団体で医療英語の授業を受けているのを知り、オフィスに向かい「私も医療英語を学べますか?」と相談しました。

答えは「No」。

個人では医療英語は受けられないということでした。
医科大学付属校で看護師免許のある英語講師もいる中で、システム上の理由で私はその授業は受けられない。

残念な気持ちと共に韓国の看護師は学生のうちから留学し、医療英語も本格的に学んでいることに日本の看護師として出遅れているような気持ちになりました。

もっぱら韓国では英語ができないと就職できないといわれるほどで、国をあげて英語教育に力を入れていて、流暢に話せる生徒をたくさん見て刺激を受けたのでした。

語学学校への就職

その後、セブ島に残ることを決め語学学校でスタッフとして生徒のサポートをはじめました。

時には留学ということに不安が大きく一歩を踏み出せない人の背中を押したり、英語が伸びずに悩む生徒に使える会話表現をまとめたものを渡したりと、自分はこのように生徒と接すること、相談にのることが好きだと感じるようになりました。

一方意見をはっきりと主張する性格から上司とぶつかることも多く、自分の様々なアイデアを実行できないまま退職に至りました。

医療英語に特化した語学学校の開校

フィリピン留学生活でのトラブルで少し工夫すれば改善できること、もう少し生徒の言葉に耳を傾ければより良いものを提供できると考え、様々な私のアイデアはノート1冊を埋め尽くしていました。

そのころ今のフィリピン人パートナーと出会ったこともあり、自分の生徒としての経験、スタッフとしての経験を活かし、初心者や医療従事者が気軽に医療英語を学べる環境を作りたいという思いで2014年4月Happy Life Cebu Academyを開校することとなりました。

頭文字をとってHLCA、女性が経営者の学校とイメージがつきやすいよう片仮名で「ハルカ」と呼んでもらえるようにしました。みなさんが「ハルカさん」と呼んでくれるので、時々わたしの名前がハルカだと思っている人がいます。笑

自然な環境で英会話を!

ハルカの教室はオープン型。隣にあるカフェスペースからは音楽が流れています。

生徒としての経験、スタッフとしての経験を生かし、HLCAを開校

これまでのフィリピンでのマンツーマン教室のスタンダードは個室型でした。
日本人特有の恥ずかしがりやで人前で話すのが苦手、失敗を恐れる性格から初心者にとっては“一対一で個室で話す“環境は最適だと言われてきました。

しかし私はそれを疑問に思っていたのです。それは留学生を観察していく中で「授業で、個室で、担当の先生としか話せない」生徒がいることに気付いたからです。

たとえ留学中に英会話に慣れてきたとしても実際授業外での場面に遭遇した時、「声が小さくはっきり話せず聞き取ってもらえない、雑音があると相手の言葉が聞き取れない」のです。
これではまた現実の場面とのギャップができてしまいます。

そこで私はより実際の環境に近いカフェのような学校作りを目指しました。適度に雑音があり閉鎖的ではないリラックスできる空間。

あえてクラスエリア全体を明るくせず、それぞれのキュービクル(マンツーマン授業用の仕切られたテーブル)ごとに設置されたライトで程度に照明範囲を限定し、キュービクルの壁は高めにし視界も適度に限定、集中力を高められるようにしています。

生徒、スタッフとしての経験を生かし、医療英語に特化したHLCAを開校

ライブラリースペースにはウォーターサーバー、コーヒーやお茶などのドリンクサービスがあり、先生も生徒も自由に利用することができます。日本語の参考書や英語の辞書、トラベルブックや小説があり、休み時間を過ごしたり自習室としても利用されています。

昼食時は生徒や先生が会話をしながら一緒に過ごし、担当講師に関係なくコミュニケーションがとれるのはこのスペースがあるからこそできていると思います。

今では学校見学に来られる方々から「カフェやサロンのようですね。おしゃれできれいですね。」と言っていただけるようになりました。

宿泊施設は学校と同じ建物内にあるクラブウルティマのコンドミニアムを中心に5つの選択肢があります。

生徒としての経験、スタッフとしての経験を生かし、HLCAを開校

生徒としての経験、スタッフとしての経験を生かし、HLCAを開校

コンドミニアムは中2階造りの「ロフト」タイプで約80m²の広さがあります。この階段を上がるとベッドルームです。

生徒としての経験、スタッフとしての経験を生かし、HLCAを開校

キッチンはすぐにお料理ができるような器具を揃え、長期留学者や家族連れにと考えました。スーパーに買い物に行って地元の食材を使って料理するなど、体調管理をしながらより現地の生活に馴染んだ生活を送ってみてはいかがでしょうか。

次回は語学学校ハルカのカリキュラムについてお話ししたいと思います。

HLCA
代表 海仲 由美

医療英語コースを中心にした語学学校、ハルカの公式サイトはこちら

 

【まとめ】セブ島にある有名・評判な語学学校の一覧表

医療英語語学学校ハルカの代表
2004年 関西女子短期大学 保健科医療秘書コース卒
2008年 泉佐野泉南医師会看護専門学校卒 
正看護師免許取得後、整形外科・脳外科専門病院にて病棟・手術室・ER勤務
2013年 セブ島へ4か月の留学 
2014年 Happy Life Cebu Academy設立
同年 女性のためのフィリピン留学協会設立 理事に就任

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