翻訳元サイト
http://www.rappler.com/life-and-style/career/138498-call-center-agent-working-student-fresh-grad-engineering

著者:Poyen Ramos

この話が最初に掲載されたのはKalibrr のサイトです。仕事をしていくうち良いこと悪いこと、色々なことがあります。詳しく知りたい方はそちらをご覧ください。

「人生があなたにレモンを与えるなら、レモネードを作ればいい」ということわざがあります。酸っぱいレモンも、レモネードにすればおいしく飲めることから、「逆境もうまく利用すれば切り抜けられる」という意味です。

しかしここで紹介するカーラ・ゴンザレスさんは、そのレモネードを作るレモンすら持っていなかった、という人です。彼女がここまで来たのは決して平坦な道のりではありませんでした。この女性は大変な努力家で、幾多の困難を乗り越え、成功を勝ち取った のです。

カーラさんは、あるコールセンターで運営に関わる役員として働きながら、フィリピン大学ディリマン校 で土木工学を学びました(しかもちゃんと卒業します)。22歳の女性にとっては理想からほど遠い境遇ですが、それでも彼女は自分自身の価値観や支援してくれる周囲の人々が支えとなり、見事にやり遂げました。

数々の困難を乗り越え

カーラさんはパラニャーケ市 でシングルマザーと祖父母に育てられました。地元の市場に開いていた小さな店が一家の主な収入源で、彼女が数学好きになった原点がここにあると言います。

「私はこの店で育ったようなものです。学校から帰ったら店で昼寝をして、忙しい時期には会計の手伝いをしました。母はそのせいで私が小さい頃から算数好きになったと言っています。」と、彼女はKalibrrのサイトで語っています。

商売はそこそこうまくいっていましたが、市場の近くにスーパーマーケットが増え始めてからは下り坂になりました。カーラさんが高校生になると状況はさらに悪くなり、商売が右肩下がりなのに加え、母親が妊娠して妹が生まれることになり、さらに祖母がステージ4の肝臓がんと診断され5カ月後に亡くなってしまったのです。

そのような困難が多々ありましたが、幸い学費は全額奨学金を貰えたおかげで高校は遅れずに卒業することができました。では大学生活はというと、そこでもまた試練が待ち受けていました。

「高校卒業後、夏にアルバイトをしたことがある会社に奨学金の貸与を申し込みました。平日は大学に通い、週末はその会社で働くことが条件でした。ところが最初の1年が終わったところで、週の勤務時間の条件を満たせなくなり、奨学金を打ち切られてしまったのです。」

「さらに不運だったのは、1年目の奨学金をすぐ返済するよう求められ、その会社で研修生の給料でフルタイム勤務をするよう言われました。2年生の前期は休学することになり、返し終わるのに半年かかりました。」

大学3年生になってから、生活に大きな変化をもたらす出来事がありました。この頃カーラさんは実家から離れ大学の近くに住んでいましたが、母親の店が再度閉店することとなり、離れ離れのまま親戚に養ってもらう事態になったのです。

「親戚の人は快く引き受けてくれましたが、私にはこの状況は受け入れられませんでした。その親戚にも自分の子供がいて、ローンを抱えて家計をやりくりしているわけですから、苦しい生活になるのは分かりきっていました。この時、勉強を続けるには仕事を探すしかないと思い至ったのです。」

良い時もあれば悪い時もあり、その中間もあり

フィリピンコラム

その後、素晴らしい機会に恵まれました。

「友人から、コールセンター業務を行うテレパフォーマンス・アヤラ 社でアルバイトの学生を対象にした仕事があると聞いたのです。ちょうどフィリピン大学が新学期の開始を6月から8月に変更しようとしている時でした。当然ながら、この仕事は身体的にも精神的にもかなり疲れました。日中はずっと寝ていて、家族にもほとんど会えませんでした。」

カーラさんは、仕事と学業の両立は簡単ではなく、特にマニラまでの通勤が大変だった、と振り返ります。

家がラスピニャス 、仕事場がマカティ 、学校がケソン にあり、移動は耐え難く、交通費も大きな負担になったそうです。大学が残り2年になると、履修する科目が専攻の土木工学ばかりになり、さらに事態は悪化しました。

「スケジュールが一定でないため慣れませんでした。午前中働いて午後から学校の日もあれば、午前が学校で昼から夜まで仕事という日もありました。」

大学でプロジェクトや課題を提出したり試験を受けたりする時間を調整しながら、同時に職場では平均電話対応時間、販売転換率、スケジュール順守状況、月間成績優秀賞を取るための品質維持といったことを考えなければなりませんでした。過酷な毎日でしたが、辞めようと考えたことはないそうです。

「嘘ではなく本当に、あきらめようと思ったことはありません。私は希望と決意に満ちていたので、大変な生活になるとは分かっていましたが、一度始めたことを途中で投げ出すつもりはありませんでした」と、カーラさんはその時の気持ちを説明します。

自分は給料のやりくりを考えながらレポートも書いているのに、学校のことだけ考えていればよい友人たちを見ると、羨ましく思うこともあったとのこと。しかしそんな考えが頭をよぎった時、母親がいつも言っていたこんな言葉を思い出したそうです。

「1日1日を何とかやっていけば、そのうちゴールが見える。そうやって達成した時の気分は何倍も素晴らしいものよ、と母は言っていました。」

強さの源

その強さはどこから来るのかと尋ねると、カーラさんは躊躇なくこう答えました。「母親と妹です。母の、日々の困難に立ち向かう勇敢さ、どんな状況でも常に前向きでいる姿、私と妹にとっての母親と父親両方の役割を果たす辛抱強さ、間違ったことにはちゃんと声をあげる信念、人を許す寛容さ…そういうところを尊敬しています。」

仕事の同僚やクラスメートも、カーラさんにとってサポート部門のような役割を果たしました。カーラさんは、彼らのことをストレス緩和剤かつ応援団のような存在だと表現します。

よくお互いの身の上話をしたり、誰かの目標達成が難しいと分かると皆で背中を押してくれる人たちだそうです。本当に素晴らしいクラスメートだった、とカーラさんは言います。「彼らのおかげで難局を切り抜けられたことなど数え切れません。私が病気で欠席した時も、授業に追いつけるようにみんなで手伝ってくれました。」

カーラさんの恋人の存在も大きかったようです。「彼とは何でも共有しました。良いことも悪いことも、成功も失敗も、不満も疑念も、そして一番重要なこと…食べ歩きの楽しみも。彼が常に一緒にいてくれたことには、感謝しきれません。」

アドバイス

フィリピンコラム

カーラさんから、人生や学生生活で困難に直面している後輩の学生に向けて、3つの助言があります。

「全ての大学生の皆さんに、特に挫折を経験した人に向けて、おめでとうと言いたいのです。失敗すればこそ、成功しただけでは分からなかったことを学べます。失敗すればこそ、自分が持つ強さや困難に負けない底力に気付くことができます。失敗すればこそ、もう一度立ち上がって投げ出さず最後までやり抜くことができ、達成した時の気分は何倍も素晴らしいのです。」

「自分の夢を叶えるにはまだ早いと思っているコールセンターの同僚たちに言いたいのは、夢に向かって動き出すベストタイミングは“今”しかない、ということ。自分にはまだ早い、という気持ちはいつまでもつきまとうものです。でも一度動き始めたら、何が何でも夢を実現させようという気持ちになりますから。」

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