レアジョブ物語 前編

ウニダとの運命的な出会い

- ウニダとの初顔合わせ -

フィリピン大学で学生たちと交流をもったあと、加藤はマニラではない都市も訪れることにしました。当時、フィリピンの英語留学先として人気の高かった避暑地バギオです。

夜行バスに飛び乗り、8時間かけてバギオに着いてみると、言葉には言い表せない違和感を覚えました。直感的に加藤は、この地で信頼できる創業パートナーと出会うことはないと悟りました。

「街がベンチャーっぽくないのだ。ここから始めるのは何か違う」と、後に加藤は綴っています。

現地の英語学校をアポなしで訪問つもりでしたが、直感に従い取りやめました。

ネットカフェに行きメールを確認してみると、フィリピン大学に張り出したビラから応募のメールが4通届いていました。一度会いたい旨のメールを全員に返しました。

そのメールに返信をくれたのは、一人だけでした。それがフィリピン大学の女子大生マリー・シェミュエル・ウニダでした。

翌日の夕方、加藤とウニダはフィリピン大学のインターナショナル・センターではじめて対面しました。

お互いに自己紹介をしたあと、加藤はオンライン英会話事業のあらましについて説明しました。その間、ウニダはほとんど質問を投げかけることもなく、ずっとうつむいたままでした。

- ミッション、達成! -

加藤はウニダの方に向き直ると、本題に斬り込みました。

「僕がいま欲しいのは、実は講師ではないんだ。講師を集めてくれるフィリピン人ビジネス・パートナーが欲しいんだ」

するとウニダは顔を上げ、見るからに興味がありそうな面持ちで加藤を見つめ返してきました。先ほどまでの緊張した様子は、一瞬にして消えていました。

聞いてみるとウニダの母親は起業家で、小さい頃からウニダは母親の手伝いをして育ちました。起業家として活躍する母親を見てきたウニダは、大きくなったら自分でも事業を始めたいという思いを、ずっと抱いてきたとのことでした。

一般的にフィリピン人は、日本人ほど起業したいという思いをもっていません。ウニダのように自分で事業を始めたいと願うフィリピン人は、まれな存在でした。

加藤は迷うことなくウニダを、フィリピン人のビジネス・パートナーにすることを決めました。

「僕は明日、東京に帰らなくちゃいけないんだ。だから今日給料を持ってきた。これが今月の分」

加藤は2万円入れた封筒をウニダの前に置きました。

「それから、こっちが来月の分」

同じ金額を入れた封筒を、もうひとつウニダの前に置きました。

さらに加藤は自分名義のキャッシュカードを封筒の横に並べました。今後はそのキャッシュカードを使ってウニダに送金するつもりでした。

キャッシュカードの暗証番号を伝えた後、加藤はウニダの目をまっすぐに見つめながら言いました。

「これから日本とフィリピンをつないでオンライン英会話事業を始めようと思う。その共同創業者、フィリピン側のビジネス・パートナーになってくれないか?」

ウニダの顔が興奮で紅潮しているのがわかりました。

「Yes!」

二人は固く握手を交わしました。ウニダがレアジョブの創業者チームに加わった瞬間です。

無理ゲーと思われていた一週間でフィリピンの共同創業者を探すというミッションを、こうして加藤はクリアしたのです。

なぜ初対面のウニダを信用できたのか?

一般

- 信用は 0%から 100%の間のグラデーション -

後年、加藤は多くの人から聞かれるようになります。なぜ、初対面のウニダを信用できたのかと。

その質問に対して、加藤は次のように答えています。

「僕の信用は0か1かではなく、0%から100%の間のグラデーションだから」なのだと。

日本人は人を判断するとき、信用する・しないのどちらかで白黒つけようとする傾向が強すぎると加藤は言います。

海外を旅するなかで加藤は、0か100かではなく、その中間があることを学びました。その人を全面的に受け入れることも、全面的に拒否することもない代わりに、ここまでなら信頼できるけど、これ以上は信頼できない、というラインを相手に合わせて設定したほうが、スムーズにコミュニケーションをとれます。

ウニダに対しても同じでした。はじめのうち、真っ直ぐに加藤と目を合わせることもできなかったウニダを、完全に信用しろと言っても無理があります。

だから加藤はとりあえず、4万円分のリスクをとることにしました。初対面の人間を信用して給与を先払いするという加藤の行動は、一見すると大胆に見えます。

しかし、よくよく考えてみれば、欺されて持ち逃げされたとしても、たかが4万円です。キャッシュカードにしても、まだお金が入ってないのだからノーリスクです。

今回のフィリピン旅行にしても費用として10万円ほどかかっています。ウニダと会ったとき、加藤は10万円の旅費を無駄にして手ぶらで帰るか、それともウニダを4万円分信用するかのどちらかを選ばなければいけませんでした。

加藤は迷わず、4万円分の信用をウニダに与えました。もし、ウニダが4万円を持ち逃げしたまま連絡が取れなくなったとしても、そのときはそのときだと腹をくくっていました。

でも、ウニダが4万円分の仕事をしてくれたなら、次はもっと大きな金額の仕事を任せよう。それにも応えてくれたなら、さらに大きな金額を任せよう、と加藤は決めていました。

はじめから門戸を閉ざすのではなく、小さな信用から始めて、相手が応えてくれたなら徐々に信用の度合いを大きくしていくのが加藤のスタイルでした。

- 加藤にとって幸運だったこと -

一方、ウニダには感謝もしていました。いかにも怪しそうなビラを見て応募してくれたこと、得体の知れない初対面の日本人から唐突に共同創業者になってくれと頼まれて「Yes」と即決してくれたこと、ウニダの立場からすれば、それらはかなり勇気のいる行為です。

今はまだ小さな信用しか与えられないにしても、ウニダが示してくれた勇気と信頼は、ともにビジネスを起業する仲間として迎え入れるに十分なものだと、加藤は判断しました。

加藤の判断が正しかったことは、まもなく証明されました。ウニダは加藤の信頼に応え、加藤の期待した以上の仕事をやってのけたのです。

加藤は帰国してから半年もの間、一度たりともフィリピンに足を運ぶ必要がありませんでした。ウニダは一人でオフィスを借り、設備を整え、優秀な英会話講師とスタッフを集めてくれました。シフトの管理から報酬の支払いまで、そつなくこなしてくれました。

ウニダはこの事業のために卒業を遅らせ、健康を害するほど熱心に働いてくれたのです。しかし、加藤にとってウニダの賢明な努力以上にありがたかったことは、彼女が難しい事業をも成し遂げる類い希な才覚を持ち合わせていたことです。

フィリピンの地にウニダというビジネス・パートナーを得ることで、Skypeを通してフィリピン人講師がオンライン英会話のレッスンを行うという加藤の思い描いたビジネス・モデルは、いよいよ形になろうとしていました。

フィリピン人のもつホスピタリティ

- フィリピン人講師ならいけるという直感 -

初めてフィリピンを訪れた目的は、信頼できる共同創業者を見つけることでしたが、加藤は思いがけない収穫をふたつ手にして帰国しました。

そのひとつは、出会ったフィリピン人が皆同じようにホスピタリティにあふれていたこと、もうひとつはフィリピン大学の学生の優秀さでした。

フィリピン人のホスピタリティは、相手を喜ばせることに喜びを感じる国民性に表れています。実はフィリピン人のもつホスピタリティこそが、今日のレアジョブを創った原動力といっても差し支えないものです。

後に加藤は語っていますが、フィリピン人特有のホスピタリティがオンライン英会話に欠かせないポイントであるという認識までは、まだ当時はもっていなかったようです。明確にイメージできたわけではないものの、実際にフィリピンを訪れたことで直にフィリピン人のホスピタリティに接し、感動したことはたしかです。

その体験は加藤に直感として「フィリピン人講師であればいける!」という感覚を植え付けました。

加藤の直感は当を得ていました。

英語の発音

ほとんどの日本人は外国人とのコミュニケーションを苦手にしています。「慣れない英語をしゃべるのが怖い」、「間違えてたら恥ずかしいから話せない」と感じている日本人は多いものです。

ところがホスピタリティあふれるフィリピン人講師が相手となると、そうした英語に対する苦手意識など簡単に吹き飛んでしまいます。

なぜならフィリピン人講師は誰もが第二言語として英語を学んできたため、自分の経験に照らし合わせることで、英語を使ったコミュニケーションを前に尻込みする日本人の気持ちを理解できるからです。

生まれながらに英語を話す環境にあったネイティブとの一番の違いが、そこにあります。

フィリピン人は第二言語として英語を学ぶ大変さを理解できるため、日本人の気持ちに寄り添ったレッスンを行うことができます。

だから日本人の生徒が何度同じ間違いを犯そうとも、温かく、根気強く、笑顔を振り向けて正しい英語を教えてくれます。

- 大切なのは「やる気」を引き出すこと -

また、ただ事務的に英語を教えるのではなく、生徒の喜びが自分の喜びであるという感覚を備えているため、「この人をもっと喜ばせてあげたい」という情熱をもってレッスンに取り組んでくれます。

そうした情熱は、生徒にも自然に伝わるものです。その結果として「この先生なら、もう少しがんばってみよう」という生徒のやる気にもつながってきます。

教え方が上手いことも重要ですが、それよりもっと大切なことは「英語を学ぼうとしている生徒のやる気を引き出すこと」です。

英会話学習の成否を握るのは、継続して取り組めるかどうかであり、それを左右するのはモチベーションだからです。

モチベーションを持続させる上で、フィリピン人のもつホスピタリティは最強の武器です。ホスピタリティが高いゆえに「会話で相手を楽しませる力」と「人の話を聞いて意図を汲み取る力」がフィリピン人は、ずば抜けています。

たとえばフィリピン人講師であれば、「今日疲れているけど、どうしたの? 会社で何かあったの?」といった相手を気遣うひと言が、レッスン中に自然に出てきます。

単なる英語レッスンを超えた本物のコミュニケーションを、ホスピタリティあふれるフィリピン人講師であれば実現できるのです。

フィリピン人の持っているホスピタリティは、世界最高水準だとよくいわれます。フィリピン留学にしてもオンライン英会話にしても、フィリピン人のホスピタリティが余すことなく発揮されるからこそ、人気を博しているといえるでしょう。

いよいよプレオープン! 客は1ヶ月に1人だけ

ついにプレオープン

フィリピンでウニダという共同創業者を見つけられたことで、加藤の起業の夢はいよいよ現実味を帯びてきました。

ところが、話が具体的になればなるほど、起業が怖いという思いが加藤のなかに沸き上がってきました。どこがどう怖いというわけではなく、ただ漠然と怖いのです。

本当に起業する勇気が自分にあるのかと問いかけながら、加藤はすでに起業している何人かの先輩たちに話を聞いて回りました。そうこうしているうちに、ようやく覚悟も決まっていったのです。

加藤はとりあえず副業として、オンライン英会話サイトをプレオープンすることにしました。プレオープンまでに仲間と相談しながら決めなければいけないことがたくさんあったものの、本業の戦略コンサルの仕事が忙しく、真夜中の12時まではオフィスで残業する日々が続きました。

仲間とSkypeを使って打ち合わせをするのは、決まって深夜1時からです。戦略コンサルティングファームの一室で加藤はこっそりとSkypeを立ち上げ、中村とフィリピンのウニダとともに打ち合わせを続けました。

システムのプログラムは中村が担当し、ウニダは英会話講師を集め、加藤はウェブサイトに載せる文章作りを担当しました。

その他に、1レッスンあたり何分でいくらにするのか、レッスンの予約は何分前までOKとするのか、教材やサポートはどうするのか等々、プレオープンまでに決めなければいけないことが60項目ほどありました。

それらをExcelに整理し、一つひとつの項目に加藤の案をつけて中村に送りました。それらの案に対する中村の意見を元に修正を加え、細かなことが次々と決まっていきました。

お互いが得意なところを持ち寄って全体の骨子が決まっていく過程は、楽しい時間でした。「仲間がいるっていいなと思った」と、加藤はしみじみと語っています。

こうして「マンツーマンレッスンが50分500円!」という骨子が決まりました。ウニダと相談の上、フィリピン人講師はフィリピン大学生に限定することにしました。フィリピン大学生であれば優れた講師になれる資質がある、と判断できるからです。

2007年8月1日、中村はプレサービスのウェブサイトを一般公開しました。

加藤は当時からつけていたブログに、次のように記しました。
「震撼(しんかん)せよ! 世の中を変える仕組みが今日始まる!」

加藤たちの意気込みが、その一言ににじみ出ています。

売上げは5,000円

- 幸先の良いスタート? -

一般公開したとはいえ、アクセスがさほどないウェブサイトだけで集客できるわけもなく、まずは友人に向けて宣伝してみました。ウェブサイトのURLを100人の友人にメールで伝えたところ、そのうちの3〜4人が無料体験レッスンに応じてくれました。

ワクワクしながら見守っていたところ、そのなかの一人が本契約となり、お金を払ってくれました。金額は 5,000円です。

会社のオフィスからネットバンクの口座履歴を確認した加藤は、心の中でガッツポーズをとりながら叫びました。

「おしっ!!」

たかが 5,000円、されど 5,000円です。それが加藤が始めたオンライン英会話サービスにとって、記念すべき初めての売上げでした。

自分たちが練り上げたシステムに対して対価を払ってくれる人がいるという事実は、加藤の気分を大いに盛り上げてくれました。

幸先(さいさき)の良いスタートだと好感触を得た加藤は、知人以外にも広く告知するために、Googleの検索連動広告「アドワーズ」のシステムを使うことにしました。

アドワーズとは、Googleで「スカイプ 英会話」などのキーワードで検索したときに、自分たちのテキスト広告が表示される有料サービスのことです。「スカイプ 英会話」というキーワードで検索をかけてきた人は、加藤たちにとって有力な見込み客です。

そうした見込み客をアドワーズを通してレアジョブのサイトに誘導できれば、さらなる売上げを見込めます。

アドワーズ広告から100人ほどの見込み客が、ウェブサイトを訪問してくれました。しかし、売上げにはつながりませんでした。

無料体験レッスンを受けてもらうのがやっとで、実際にお金を払ってまでサービスを利用しようとする人は一人もいなかったのです。

口座を何度確認しても、はじめに売り上げた 5,000円のまま、新たに入金された金額は1円もありませんでした。プレオープンから、すでに二週間が過ぎていました。

- 怖さとワクワク感 -

加藤の胸には、起業に対する漠然とした怖さが再び押し寄せていました。胸底をヒリヒリするような恐怖がよぎっていきます。しかし、その一方で猛烈にワクワクする思いが加藤を捉えていました。

売上げを上げるために試してみたいことが、いろいろとあったからです。ウェブサイトのこの文章をいじってみよう、アドワーズ広告を変えてみよう、無料体験レッスンの様子を講師から聞いてみよう、教材に手を入れてみよう等々……。

考える余地や改良する余地は、いくらでもありました。それらすべてを手のつけられるところから実行に移していきました。

すると、ある日口座を確認してみると、新たに 3,000円が入金されていたのです。これで売上げは 8,000円です。打てば響くような感覚が、加藤をワクワクする楽しさで満たしました。

もしかしたら読者のなかには「たかが 8,000円の売上げでワクワクするなんておかしい」と思う方もいるかもしれません。でも、このときの加藤にとって金額は問題ではありませんでした。

加藤が起業を見据えてサイドビジネスに挑んだのは、今回がはじめてではありません。かつてアフィリエイトを手がけたこともあり、そのときは300万円ほどの稼ぎを得ていました。

しかし、300万円の収入を得たアフィリエイトよりも、今回の 8,000円の売上げの方が何十倍も何百倍も加藤をワクワクさせたのです。

それには、ある一つの理由がありました。

優秀な学生たちへの思い

わずかな売上げにしかつながらないオンライン英会話の事業に、加藤が抑え難いほどワクワクしたのは、フィリピン大学の優秀な学生たちに寄せる思いがあったからです。

ウニダと出会った一週間のフィリピン滞在の間、加藤はフィリピン大学の学生たちとふれあうことで、彼らの優秀さに目を見張りました。

加藤が彼らのことを思い出すとき、決まってイメージするのはフィリピン大学のキャンパスのでこぼこした道路とみすぼらしい建物です。日本の大学では考えられない劣悪な環境のなか、加藤が出会った学生たちは英語に堪能なことはもちろん、皆一様に聡明で、考え方もしっかりしていました。

フィリピンの最難関大学だけに、彼らは外資系コンサルでともに働いているハーバード大や北京大卒の上司や同僚と同じくらい優秀だと感じられたのです。

ところが彼らが大学を卒業しても、フィリピンではまっとうな賃金を稼げる仕事がほとんどありません。就職先として最も多いのは、コールセンターです。

これほど優秀な彼らが欧米企業の下請けとしてコールセンターに勤務し、ユーザーからかかってくる苦情などに対応するオペレーターとして働くしかないという現実に、加藤は理不尽なものを感じました。

「こんなに素晴らしい人材なのに、その能力を眠らせているなんてもったいない、何とかしてフィリピンの人々の能力を活かせる仕事を提供したい」

そんな思いがふつふつと沸き上がってきました。

さらに加藤は、「彼らが持っているすばらしい能力を日本に届けられたら、すごいことが起きるんじゃないか!」という思いにとらわれ、心の底からワクワクしたのです。

それは、単にビジネスチャンスをつかんだという感覚とは異なる種類のものでした。このときの心境について、後に加藤はこんなふうに表現しています。

「ビジネスチャンスをつかんだというよりは、表現が適当か分かりませんが、安い胡椒を見つけた商人のような感覚でした。16世紀の大航海時代にポルトガルの商人がインドに行って安い胡椒を発見するわけじゃないですか。きっとすごく喜んだと思います。

なぜ喜んだかって、それは胡椒をつくるインドの農民のためでもないし、ましてやそれを消費するポルトガルの貴族のためでもない。安くていいものを必要としている人に届けられる、それを自分ができるということにわくわくしたんじゃないかと思う。今振り返ると、それと同じ昂揚感みたいなものがあったのでしょう。」

レアジョブ加藤智久社長「安くていいものを必要な人に届けられる、そのことにわくわくした」 より引用

ついに退社を決意

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ダメかなという思いを打ち消すワクワク感

その後もプレオープン時の売り上げは、期待を裏切るものでした。売上げはちっとも伸びないのに、フィリピン人講師に払う人件費などで10万円が消えていました。どこからどう見ても、大赤字です。

当時、加藤はレッスンがなくてもウニダやフィリピン人講師に約束した給料を支払っていました。数少ない貴重な人材をつなぎ止めておくために、売上げにかかわらず継続的に給料を払う必要があったからです。

通常であれば、「見込みのない市場かな」と考えてもおかしくない残念な状態といえるでしょう。まして加藤の本業は戦略コンサルティングです。客観的に判断するのであれば、プレオープンで結果が出なかった以上は撤退を検討する時期に来ていました。

「ダメかな」という考えがよぎることもありました。しかし、それでも不思議なほどに加藤のワクワク感は止まりませんでした。夜もゆっくりとは寝付けないほどワクワクしてしまいます。戦略コンサルの仕事をしていても、オンライン英会話事業の新たな工夫のことばかりを考えていました。

退社を決意した理由

ミーティングをしていても、上司の話がまったく耳に入ってこない状態でした。ついに業を煮やした上司に呼び出されました。

「今の君は、もうプロフェッショナルではない」

そう言われ、加藤は衝撃を受けました。「プロフェッショナル」はコンサルタント業界の業界用語に当たる言葉で、最大のほめ言葉に当たります。

起業のことしか考えられない今の自分は、たしかにコンサルタントのプロフェッショナルではなくなっていることに改めて気づかされ、もはや会社に留まるべきではないと加藤は決意しました。

自分はコンサルタントのプロフェッショナルではなく、起業家としてのプロフェッショナルになりたいのだという思いを、もはや止めることはできませんでした。

加藤は会社を辞めて起業する旨を上司に伝えました。すぐに同僚たちにも伝わり、驚かれました。社内では起業したいという話さえ、一度もしたことがなかったからです。

多くの仲間に激励され、送別会の終わりには胴上げを受けました。「せぇーのっ!」というかけ声とともに加藤の身体が宙に舞いました。

「このときの浮遊感を、僕は一生忘れることはないだろう」と、加藤は語っています。

決め手は直感!

それにしても、会社を辞してオンライン英会話での起業を決めた加藤の行動は、勇気に満ちています。

プレオープンの結果が上々で、起業してもやっていける目処がついているならまだしも、プレオープン後の総売上は 8,000円のみです。誰がどう見ても、成功の公算などとても描けない事業です。

では、なぜ加藤は起業に踏み切ることができたのでしょうか?

後に加藤は、思い切って起業を決めたのは論理ではなく、直感にしたがったからだと述べています。

加藤のブログには次のように綴られています。

あの時点で持っていた材料から、ロジカルに判断するならば、
「どう考えてもレアジョブは始めるべきでない」
という結論になるはず。
(特に戦略コンサル的には)

それでも始めてしまっていたのは、直感を信じたから。

社長にとってはロジックよりも直感の方が大事 より引用

加藤の半生を見ていると、重大な決断の場面で度々直感にしたがっています。そのことを加藤は次のように表現しています。

直感で判断するってのがどういうやり方かというと、
選択肢Aをとろうかどうか迷う時に、
選択肢Aを思い浮かべてみて、

ちょっと楽しい気持ちが心の中にうまれた → 実行する
ちょっと不安な感じになった → 実行しない

というやり方。

社長にとってはロジックよりも直感の方が大事 より引用

このことは、「迷ったときにはワクワクする方を選ぶ」という加藤のライフスタイルに色濃く反映されています。

「直感にしたがう」と聞くと、なにやらオカルトのような妖しさを感じてしまうかもしれませんが、けしてそうではありません。

たとえば将棋のようにロジカルな面だけを突き詰めていくゲームにしても、勝敗を左右するのは多くの場合、直感です。論理だけでは推し量ることのできない奥深い世界が、そこには広がっています。

しかし、強いと言われる棋士ほど優れた直感力を持っていることも、また事実です。結局のところ直感は、それまで努力して身につけてきた論理力と経験に裏打ちされています。

ひと目、ロジカルでないと思える選択でも、直感にしたがうことで成功を勝ち得ることがあるのはそのためです。

加藤の直感にしても、プロ棋士のこうした研ぎ澄まされた直感と似通ったところがあるように感じます。

いずれにしても加藤はロジカルな部分を超えて、オンライン英会話事業に対するワクワクした思いを抑えることができませんでした。やりたくてやりたくて仕方ないから、会社を辞めて起業の道へと飛び込むことを決めました。

2007年9月、加藤が27歳の初秋でした。

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ドン山本
タウン誌の副編集長を経て独立。フリーライターとして別冊宝島などの編集に加わりながらIT関連の知識を吸収し、IT系ベンチャー企業を起業。 その後、持ち前の放浪癖を抑え難くアジアに移住。フィリピンとタイを中心に、フリージャーナリストとして現地からの情報を発信している。

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