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マナビジン編集長 斉藤淳より

マナビジンへの想い

目の当たりにした「英語ができると世界が開ける」という体験

英語で人生が変わるかもしれないと本気で思い始めたのは、個人営業に近い通販会社に26歳で入社したときのことです。 女性社長の他に社員は私一人だけという、ほんとに小さな会社でした。私が任されたのは通販サイト3つの管理運営です。

25歳まで何をしていたかといえば、20歳で大学を3年で中退し、その後の5年間は飲食店や早朝・深夜清掃、事務作業などのフリーター生活をずっと続けていました。

26歳に差し掛かるときに、当時の店長から「飲食で生きていくつもりがないなら、就職しないと後がないよ。」と言われ、「確かにそうですね。」と思い、就職活動に踏み切ります。

しかしながら、、、 さすがに遅すぎました。ネット応募しても、ハローワークでも、就職雑誌でも、受けたところは全部不採用。

人に自慢できるスキルや資格は、この5年間で何一つ身につけてこなかったので、当然の結果です。

社員は現実的に不可能だとわかった私でしたが、それでも「未経験からオフィスワークを始めるなら、これが本当に今が最後のチャンスだ!」と、会社の中で働くことにこだわりました。残された手は、バイトとして採用してもらい、その後、社員にしてもらう方法です。

私はタウンワークで見つけたオフィスワークっぽい仕事に手当り次第、履歴書を送り、面接まで通ったところは、全て足を運びました。

ところが、実績が何もない私が面接で言えたことは「一生懸命がんばります!」だけです。 採用する側からすれば、私より若くてスキルがある人材はいくらでもいたので、これだけでは選ぶ理由がありません。

そんな中、拾ってくれたのが当時の通販会社だったのです。

採用されたはいいものの、当時の私はネットのスキルなど持ち合わせていなかったため、プログラミングの基礎であるHTMLにしても、ネットマーケティングにしてもゼロからスタートするよりなく、実務を通して勉強しました。

しかし、そんな状態で業務時間内にすべての仕事を終わらせることなど到底できるはずもなく、平日はたいてい寝袋をもって会社に泊まり込む有様でした。

当時どのぐらい常識がなかったかというと、『領収書・請求書・納品書』の違いが何か、わからなかったぐらいです。

そんなノースキル人間が、ほぼ誰の教えもなしにネットショップを3つも同時に運営し、輸入では税関とのやり取り、配送ではロジスティック、卸、一般顧客とのやり取りをしているわけですから、回るわけがありません。

しかも私がミスしまくりで余計に仕事を増やす始末!

今思えばバイトなので勤務外で仕事をする理由は全くなかったのですが、ベンチャーあるあるの謎のプレッシャー(?)や、私を唯一採用してくれた社長に恩を返したい気持ち、何より社会人としての出遅れを取り戻したさに必死で、帰宅をするという選択肢はありませんでした。

入社した後から知ったのですが、小規模ながらも、その通販会社の女性社長は業界内ではけっこうやり手でした。昼間のテレビ通販では商品が紹介され、様々な女性雑誌にも商品が毎月取り上げられていたほどです(しかも広告費を1円も払わずです)。

実際、彼女は海外で販売されているフィットネス商品を発掘しては日本での独占販売ライセンスを取得し、自社販売だけでなく、大手フィットネスジムやデパートにも卸していました。

当時はこんな商品本当に売れるの!?と思っていましたが、毎月の輸入した瞬間に全部捌けたぐらい人気で、大手企業に対しても強い交渉力を持っていました。

なぜ彼女が海外との太いパイプをもてたのかといえば、類い希な英語力を有していたからです。英語を自由に操れるからこそマーケティング力と交渉力に長け、ヒットする商品の独占販売を次から次へと成功できたのです。

英語ができれば仕事の選択肢が増え、さまざまなメリットがあると以前から漠然と思ってはいましたが、英語ができることの強みを実際に目の当たりにできたことは、私にとって衝撃的でした。

聞けば彼女はアメリカで長く暮らした経験があり、とある社長の鞄持ちとして運転手や雑務をこなしていた経歴の持ち主でした。アメリカで英語力とビジネスセンスを高め、帰国した後に輸入ビジネスを立ちあげることで成功したのです。

Skypeを通して毎日のように英語でパワフルに交渉する彼女を見ているうちに、「英語ができれば世界が開ける」のだと確信しました。彼女のように成功したいという思いから、再度英語を学び直したいという思いがふつふつと湧いてきました。

何度も挫折した英語学習

「何度」と記したことには理由があります。実は過去にも英語学習に真剣に取り組んだことがあるからです。

断っておきますが、私はもともと英語が得意だったわけではありません。むしろ、苦手としていました。中学・高校での英語の成績はふるわず、大学受験でも英語で足を引っ張られ、志望校を断念したほどです。ご参考までにお伝えしておくと、センター試験(英語)は自己採点で100点未満でした。

そんな私が、かつて一念発起して英語学習を始めたのは、英語ができることを履歴書でアピールできれば就職に有利になるに違いないと思ったからです。

大学を中退し、なんら役立つスキルを身につけていない私を採用してくれる企業など、当時はどこもありませんでした。TOEICでハイスコアを取れれば履歴書に書けると思い、藁(わら)にもすがる思いで昼夜を忘れて英語学習に没頭しました。

とはいえ、どういった勉強をすれば英語力が身につくのか、当時の私は知るよしもありません。手当たり次第に、さまざまな学習法に手を出しました。

一例をあげると、こんな感じです。
・「多読で英語力が上がる」と聞き、有名どころを一通り読みまくる
・「英語は暗記が一番」と聞き、自己啓発セミナーや海外ドラマの音読や暗唱に挑戦
・「聞くだけで英語力が上がる」と聞き、聞き流しに励む
・英語⽿を鍛えるための発⾳練習
・TOEC教材の購⼊と学習
・瞬間英作⽂で⾳読
・「英語は実践が大事」と聞き、カリブクルーズに参加

最後の「カリブクルーズ」だけは特殊ですが、あとは巷にあふれている、ごく普通の英語学習法といえるでしょう。

こうして満を持して自信たっぷりに臨んだTOEICの結果は、、、、

わずか300点台!

最低でも700点台は取れると思い込んでいただけに、あまりに低い点数に大きなショックを受け、ずどんと落ち込むほかありませんでした。

今から振り返れば的外れな学習ばかりを続けていただけに、結果が伴わなくて当然とわかりますが、当時の私にはわかりません。こんなに頑張って勉強しているのに、どうして英語力がつかないのかと、自分の不甲斐なさを責めてばかりいました。

大きな挫折感を味わった私は英語学習を続ける気力もなくし、日々の暮らしに追われる毎日を送っていました。 ところが、たまたま入社した通販会社の女性社長に触発され、もう一度英語学習に取り組もうと決意したのです。

大きな転機となったフィリピン留学

女性社長を見ていてつくづく思ったことは、ビジネスの現場で堂々と渡り合えるだけの英語力を得るためには、日本でちまちまと自習に取り組むよりも、語学留学をした方が手っ取り早い、ということです。社長の経験談を聞いているうちに、それは確信へと変わりました。

社長がネイティブ並みの英語力を身につけられたのは、海外留学によるところが大きいことは事実です。だから私も海外留学をして英会話を大量に学習すれば、社長のように堪能な英語力を身につけられるはずだと、思ったのです。

自習による英語学習では散々な目にあっていただけに、留学こそは理想的な英語学習法だと信じて疑いませんでした。

しかし、だからといってすぐに海外留学できる資金など、当時の私にはありません。大学中退後はバイトに明け暮れ、その日暮らしを続けていた私には、そもそも貯蓄をする余裕など一切なかったのです。

留学したいという思いを抱えたまま、やっとバイト(その後、正社員)として採用された通販会社の仕事を黙々とこなすよりありませんでした。 それでも仕事を通してweb制作の知識を身につけたり、ネットマーケティングに明るくなったことは、私にとって幸いしました。

その後、独立してIT関連のビジネスを始めたところ、はじめの1年は苦労したものの、2年目から軌道に乗り、生活にもゆとりが出てきました。

時間的にも金銭的にも、ようやく念願の海外留学を実行に移す余裕が生まれたのです。

当時は語学留学といえば、ほぼ「欧米留学」一色で染まっていました。私もはじめは欧米への留学を考えたのですが、ネックとなるのは長期間の滞在を覚悟しなければならないことです。そうなると仕事に影響が出ますし、同時にコストも跳ね上がることは明らかでした。

また、コストよりも気になったのが、密度です。欧米留学はグループレッスンが主体のため、英語にふれる時間が思いのほか少ないこは、留学への決断を鈍らせました。午前中しか授業がない欧米留学で、果たして本当に英会話を身に着けられるのか不安でした。

その頃、偶然見つけたのが「フィリピン留学」です。フィリピン留学では1日8時間ものマンツーマンレッスンを受けられると知り、期待に胸が弾みました。英語力がまったくない私でも短期集中でレッスンを受ければ、ある程度の英語力を身につけられるかもしれないと思ったからです。

3ヶ月の予定(実際は4ヶ月留学)で、フィリピン留学へと私は旅立ちました。なんとしても3ヶ月のうちに英会話ができるようになってみせると誓い、平日は毎日8時間のレッスンをこなしました。さらに本来であれば休養日である土日にもレッスンを詰め込み、土曜日に7時間、日曜日には4時間のマンツーマンレッスンを受けました。

もともと欧米留学で使おうと思っていた金額からすれば、フィリピン留学の追加授業料はたかが知れています。「これだけやってだめなら、潔く諦めよう!」というつもりで、受けまくりました。

授業時間以外も街に繰り出してはレストランやカフェ、コンビニなどでフィリピン人をつかまえては英会話を繰り返しました。フィットネスジムで筋トレする際も、英語も学べるからと、パーソナルトレーナーをつけたぐらいです。寝る以外のすべての時間を英会話にあてるような毎日でした。

その甲斐あり、私の英語力は飛躍的に伸びました。英語をまったく喋れなかった私が、フィリピン留学を終える頃には、淀むことなくスラスラと英会話できるまでに成長していたのです。

英語力を得たくて必死に頑張っても駄目だった私が、フィリピン留学を経験することで一気に英会話のスキルを会得できました。

英会話に自信を持つことができるようになった私は、フィリピンに限らず、海外旅行の旅先で英語を通じて仲良くなれたり、日本に来た旅行者や在住の外国人にも積極的に話しかけ、交流を深める機会が増えました。
YouTubeで外国人の動画を見たり、自分の興味ある情報(特に仮想通貨)を海外サイトから仕入れる際も、だいぶ楽になりました。

また、仕事においてはウェブマーケティングコンサル業を行っており、最近は外国人デベロッパーを採用する企業も増えたため、ミーティングでは実際に英語を使っています。

もし、英会話ができなければコンサルとしての価値も薄れていたはずです。

身をもって体験した、「フィリピン留学をすれば英会話ができるようになる」という感動をできるだけ多くの人に伝えたいと、留学を終えて帰国した私は切実に思いました。

私にできることといえば、これまでに培ったwebの知識を活かして、フィリピン留学の素晴らしさを一人でも多くの人に伝えることだけです。

そこで立ち上げたのが、マナビジンの前身にあたるサイト『俺のセブ島留学』です。

新型コロナを機に2つのサイトへ

新型コロナウイルスを機に、ユーザーのニーズが一時的に国内やオンラインでの学習に移りました。そのため、留学に関する情報は思い切って別サイト(俺のセブ島留学Pro)に移し、このサイトは『マナビジン』として国内での英語勉強から海外留学まで道筋になるような情報を提供することにしました。

もともと『俺のセブ島留学』を訪れる多くのユーザーは、英語学習法や英語を使った仕事に関する記事に興味を持っていることがわかっていたためです。
ただし、「英語学習」といっても『俺のセブ島留学』以来、当サイトが一貫して追い求めてきたものは「英会話の実践」です。あくまで英会話にフォーカスした記事をメインに、現在も打ち出しています。

英語が伝わる楽しさをより多くの方へ

私がこのサイトを通して伝えたいことは、英会話ができるようになれば、「きっと人生は今よりもっと豊かになる」ということです。

私自身がそう感じましたし、フィリピン留学を通じて数多くの留学生と出会い、そう確信しました。

私は自営業に活路を見出しましたが、起業しなくても英会話のスキルは十分役立ちます。英語ができることで収入が高くなり、優遇されることは、各種のデータによって裏付けられています。就職や転職の際は強力な武器になることも、間違いありません。

ですから、あなたにもぜひ英会話のスキルを身につけていただき、今とは比べものにならない豊かな毎日を手に入れてほしいと願わずにはいられません。『マナビジン』がその一助になるのであれば、こんなにうれしいことはありません。

saito

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