フィリピン経済の現状と今後の展望
ドゥテルテ大統領の就任以来、なにかと注目されているフィリピンですが、フィリピンの経済については、案外知られていないようです。
そこで今回はフィリピン経済の現状と将来の展望について、世界有数の経済誌であるフォーブズに掲載された2本の記事を翻訳しながら大幅に加筆の上、紹介しましょう。
現在のフィリピン経済
リーマンショック以来の世界規模の金融危機は、世界各国の経済を直撃しました。しかし、フィリピンについては金融危機による悪影響は比較的低く抑えられており、すでに回復へと向かっています。
その理由として、影響を受けた国際証券が少ないこと、輸入への依存度が低いこと、国内消費も回復傾向にある上、海外に住む約1,000万人のフィリピン人労働者や移民からの多額の送金があること、そしてアウトソース産業の急激な拡大があげられています。
ここまでが、フォーブズによるフィリピン経済についての分析記事の冒頭部分です。
フォーブズの記事からは逸脱しますが、フィリピン経済の大枠についてザックリとつかむために、このあたりの事情について、もう少し詳しく掘り下げてみましょう。
アジア通貨危機の教訓
フィリピンをはじめとするASEAN各国では、世界金融危機が引き金となった通貨急落の洗礼を受けたものの、外貨準備高が急減することで危機に陥った国はひとつもありませんでした。
リーマンショック後にASEANのなかでもっとも通貨が下落したのはインドネシアです。しかしインドネシアでは中央銀行が介入することで、この危機を凌ぎきりました。2008年12月には上昇へと転じています。
フィリピンをはじめとする他のASEAN各国では、通貨の下落は小幅にとどまりました。
このことは、1997年に起きたアジア通貨危機とは対照的な結果となりました。アジア通貨危機の際には、タイ・インドネシア・韓国がIMF(国際通貨基金)に支援を要請しています。
アジア通貨危機とは、1997年にタイの通貨であるバーツが急落して変動相場制に追い込まれたことに端を発し、フィリピンやインドネシア・韓国などの通貨が大幅に下落した経済危機を指します。これによりアジア各国で銀行や民間企業の破綻が相次ぎ、深刻な経済不安に陥ったのです。
今回の世界金融危機による悪影響をフィリピンと他のASEAN諸国が避けることができたのは、アジア通貨危機での経験を教訓として、危機の再発に備えてきたからこそです。
具体的には対外債務を抑えてきたことがあげられます。また、対外債務の外貨準備に対す
る比率を低く抑えていたことも功を奏しました。
また、外貨準備が十分にあれば、為替レートが下落した際に市場介入できる余裕が生まれます。
フィリピンではアジア通貨危機を教訓に対外債務を慎重に管理し、いざというときの体力を高めるように努めてきたのです。
金融機関にもアジア通貨危機の教訓は活かされていました。欧米や日本の金融機関は、サプライムローンへの投資で大きな損失を被りましたが、フィリピンの金融機関はアジア通貨危機以降、経営の健全化に努め、海外のリスク商品への投資には慎重な姿勢を崩しませんでした。
そのため、サプライムローンへの投資でフィリピンの金融機関が被った損失はわずかだったため、信用収縮もまったく起きずに済んだのです。日本の金融機関とは大違いですね。
フィリピンの国内消費
フィリピンが世界有数の消費大国であることは、案外知られていないようです。フィリピン経済を牽引しているのは政府支出や民間投資ではなく、個人消費です。
GDPに占める個人消費の比率は、フィリピンでは70%ほどです。日本は60%にとどまっていますから、フィリピンは実は日本よりも消費が盛んな国なのです。
ちなみに中国は40%、このところ成長が著しいインドにしても60%に過ぎません。フィリピンの個人消費の比率が、ずば抜けて高いことがわかります。
70%という数字がどれだけすごいのかといえば、世界最大の経済大国であるアメリカと肩を並べているほどです。
個人消費は「経済のエンジン」とも呼ばれています。一般的に、個人消費が盛んな国ほど豊かであるとされていますが・・・・・・。
「アメリカは豊かな国というイメージがあるけれど、フィリピンが日本よりも豊かとは思えないよ」、なんて声が聞こえてきそうですね。
たしかにその通りで、メディアは安易に「個人消費は経済のエンジン」と繰り返しますが、そもそもGDPの算出方法に問題があることが指摘されており、個人消費を刺激しても経済全体の活性化にはつながらないといった見解を示す経済学者が増えています。
ともあれフィリピン経済の原動力が個人消費であることは、間違いのない事実です。
そのことを象徴するのが、フィリピン国内にある巨大モールの存在です。世界の巨大モール・トップ20のうち、4つはフィリピンに集中しています。
フィリピン国内の貧富の差は日本とは比較になりませんが、巨大ショッピングモールで優雅に買い物を楽しめるほどリッチな人が大勢いることも、フィリピンの実状です。
こうした個人消費を支える大きな礎になっているのは、フィリピンから海外に出稼ぎしている労働者からの仕送りです。
海外からの送金
フィリピンはアメリカの植民地だった歴史があるため、タガログ語と並んで英語が公用語になっています。ASEAN諸国のなかで唯一の英語圏の国です。
そのため、海外に出て仕事を行うことになんの抵抗感もありません。フィリピン政府もまた、失業対策の一環として海外への出稼ぎを推奨しています。
フィリピン政府にとって海外への出稼ぎは、失業率を緩和するメリットをもたらすとともに、外貨を獲得するための大切な手段になっています。
永住者も含めると、フィリピンの人口の1割に相当する1千万人が、海外で暮らしているといわれています。多くの出稼ぎ労働者が稼いだ外貨は、フィリピンで生活する家族へと送金され、それが個人消費の活性化へとつながっています。
全体でみると、出稼ぎ労働者によってもたらされる外貨の3割以上はアメリカに依存しています。また最近の移民の半分以上を占めているのは、中東諸国です。[4]
近年は原油相場が長期にわたって低迷しているため、送金が鈍くなるという問題も生じています。
それでも出稼ぎ労働者からの仕送り額は最近では21億ドルを超えており、GDPの10%ほどを担っています。海外からの仕送りは、フィリピンにとってきわめて重要な収入源になっています。[5]
日本と同様にエネルギーを輸入に頼らざるを得ないフィリピンでは、年100億ドル規模の貿易赤字が発生しています。しかし、最終的に経常収支で黒字が出せているのは、外貨送金の受取額が年200億ドル規模だからこそです。[6]
外貨送金が減れば個人消費も抑制され、フィリピン経済に深刻な状況がもたらされると危惧されています。
ところが、ここ数年、フィリピンへの外貨送金額の伸び率は鈍化しています。その原因のひとつとして、フィリピンの経済がこのところ上向いているため、海外へ出稼ぎに出る人がやや減っていることがあげられます。
海外に出て単身で働くよりも、家族とともに母国で過ごしたいと思うことは当然です。それで生活が成り立つのであれば、海外への移民が減っていくことも自然の理といえるでしょう。
アウトソース産業の急激な拡大
フィリピンの産業の中心が、なにかを知っていますか?
そうです、フィリピンといえばバナナですよね!
フィリピンの産業をリードしているのは農業・・・・・・では、ありません。
農業はフィリピンのGDPの11%ほどに過ぎません。フィリピンのGDP比において、もっとも高い比率を占めているのは、実はサービス業です。サービス業のGDP比は、2012年の時点で56%を超えています。[7]
サービス業のメインは小売や飲食・金融・不動産などですが、このところ目覚ましい成長ぶりを見せているのがBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)です。
BPOとは、自社の業務の一部を外部企業に切り出して委託するものです。その代表的な業務として、電話で顧客に対応するコールセンターや、経理業務や給与計算といった事務作業などがあげられます。
欧米などの国際企業では、自国よりも人件費が安く、なおかつ英語でビジネスを処理することに支障がない国に、BPOを依頼する動きが進んでいます。
欧米に比べて人件費が大幅に安く、英語運用能力が高く大学卒業生の多いフィリピンは、BPOにとって最適な国の筆頭に数えられています。フィリピンでのBPOは、欧米企業を中心に2000年以降急激に増えています。特にコールセンターの分野において、フィリピンは急成長を遂げています。
BPOといえば今まではインドが中心でしたが、今日ではフィリピンがインドを抜き去り、ダントツのトップをとっています。フィリピンのBPOの業界団体によると、2016年のBPOのビジネス規模は250億ドルに拡大したと推測されています。
世界の有望なアウトソーシング都市ランキン グを米大手調査会社のTholons が発表していますが、マニラが2位、セブが8位にランキングされています。[8]
今後もしばらくはBPOが、フィリピンのサービス業をリードしていくと予想されています。
以上、フォーブズの記事を補足してフィリピン経済のキーワードについて紹介しました。
簡単なまとめ
アジア通貨危機の教訓が活かされていること、国内消費がGDPの7割を占めること、海外からの送金によって経常収支が黒字になっていること、アウトソース産業の拡大がフィリピン経済を活性化させていることをザックリとつかんでくださいね。
では、フォーブズの記事に戻りましょう。
フィリピン経済についてのフォーブズのレポート記事
フィリピンの経常収支は2003年から連続して黒字を記録し、外貨準備も安定した水準を保っています。銀行システムも安定しています。
フィリピン政府が租税管理と経費管理改善に努めたことでフィリピンの債務が減り、厳しかった財政状態も一息ついた状態です。
フィリピンはアキノ政権下で、公的債務に対する信用格付けにおいて投資適格レベルの評価を受け、予算不足額の調達をほぼ予定通り行うことができました。
しかしながら、生産的な目的のために資本を効果的に吸収する能力が低く(資本吸収能力)、資本をスムーズに導入することができなかったため、政府は予め計画した通りに事を進めることができず、内閣は対応に追われています。
また改善したとはいえ、GDPに対する税の比率があまりに低いことが、ますます高くなっている消費レベルを支える際の支障になっており、長期的な強い成長を維持する足かせとなっています。
経済成長は加速しており、2011年から2015年までの年平均は6.0%(マカパガル・アロヨ政権下では4.5%)を維持しています。これにより競争力ランキングも改善しました。
しかしフィリピンは、直接投資が足りないために安定した成長を得られずにいます。そのため地方の発展が遅れています。
アキノ政権下で経済が急速に成長したとはいえ、すべてを含めて成長を達成するという課題は、まだ残されています。
失業率は近年いくらか減少したものの、いまだ6.5%という高い水準で推移しています。不完全就業率も高く、就労者の18~19%を占めています。また、就労者の40%以上が非公式経済(課税されず、いかなる政府機関の関与も受けず、国民総生産統計にも表れない経済部門のこと)で働いているとされています。
国民の約25%が貧困にあえいでおり、貧困層の60%以上が地方在住のため、農場や農場以外での収入を上げるのに苦労を強いられています。
アキノ政権は、教育・健康・貧困層への交通支援などのために支出を増やし、社会的消費プログラムなどを推進してきました。
インフラの整備は資金不足のために遅れており、政府は官民パートナーシッププログラムの下、主要プロジェクトへの支援を民間セクターに依存しています。
ガバナンス・司法制度・規制環境やビジネスのしやすさの改善に対し、フィリピンには継続した努力が必要です。
この一年の特筆すべき実績としては、国外銀行の参入を自由化する法案が通過したこと、諸島内で外国籍船に輸出入貨物の輸送を許可することによりカボタージュ法を部分的に緩和したこと、そして競争法の通過があげられます。
また、国際水準および義務に準拠するため、アキノ大統領辞任前に法律を制定させるという強い狙いのもと、税関近代化・関税法の通過に向けて大きな前進がありました。
しかし、フィリピン憲法とその他の法律では、土地の所有や公共事業などの重要な活動やセクターにおける、海外の所有権を制限しています。
▶ 参照元: http://www.forbes.com/places/philippines/
以上、経済誌フォーブズのwebページに掲載された記事を翻訳して紹介しました。
でも、ちょっとわかりにくいですよね。重要なことをピックアップして、もっと噛み砕いて紹介しましょう。
フィリピンのGDP
国家の経済の大きさを測る指標として、一般的に用いられるのがGDPです。なかでもGDPの伸び率は、景気の動向を端的に表す指標としてよく使われます。
ではフィリピンのGDPの伸び率はどうかといえば、きわめて良好です。フォーブズの記事にあったように、2011年から2015年までの年平均は6.0%をキープしています。
この数字はインドネシア・タイ・マレーシア・フィリピン・ベトナムのASEAN主要5カ国のなかでもトップクラスです。
国家経済開発庁(NEDA)は2016年第一四半期の実質GDPの成長率が前年同期比6.9%と、前年同期の5.9%を大きく上回ったと発表しています。6.9%という高い成長率は、市場予想を上回るものでした。[9]
中国は6.7%、ベトナムは5.5%でしたから、それらの国よりもフィリピン経済は好調であることを世界に向けてアピールする結果となりました。
フィリピンの経済成長が高い最大の要因として、人口の増加が指摘されています。フィリピンの人口は2014年には、ついに1億人を突破し、ASEANではインドネシアに次ぐ人口となっています。現在も年2%を上回るペースで、人口は増え続けています。[10]
このままいくと、フィリピンの人口は2028年には日本を上回ると予測されています。[11]
一人あたりのGDPは2015年の時点で2,880ドルとなっています。これは、「中所得国」に分類される数字です。[12]
しかもフィリピンの場合、人口に占める若年層の割合が高いため、平均年齢は23歳にとどまっています。日本の平均年齢は45歳ですから、大きな違いがあります。[13]
実際、町を歩いてみれば、フィリピンでは若い人ばかりが目立ちます。
平均年齢が低いだけに、今後も人口は高い増加率をみせるものと見込まれています。人口が増えれば、当然GDPが上積みされるため、フィリピンの潜在的な経済成長率は、今後も極めて高いといえるでしょう。
フィリピンの信用格付けと投資状況
投資家が投資を検討する際に重視するのが、格付け機関による格付けです。金融商品または企業・政府などの信用状態に関する評価を、簡単な記号または数字で表示した等級によって表すことで、多くの投資家が投資の際の参考にしています。
なかでも世界三大格付機関であるスタンダード&プアーズ(S&P)、ムーディーズ・インベスターズ・サービス (ムーディーズ)、 フィッチ・レーティングスの3社が、よく知られています。
では、フィリピンの格付けはどうなっているのかといえば、かなり良好です。ムーディーズは2014年12月にフィリピンの格付を一段階引き上げ、「Baa2」としました。これは、投資適格最低基準よりも一段階上のレベルです。[14]
S&Pは2014年5月に、「トリプルBマイナス(BBB-)」から「トリプルB(BBB)」へと引き上げています。これもムーディズ同様に、投資適格最低基準よりも一段階上のレベルへ引き上げたことになります。[15]
こうした高い評価は、フィリピンのGDPの伸び率が高いこと、外貨準備が増えており耐久性が高まっていること、個人消費が拡大しており企業の健全な財務が期待できること、雇用と所得が拡大していること、海外の出稼ぎ労働者からの送金が順調であること、などからフィリピン経済が引き続き発展すると予測できたからこそ下されています。
しかし、近隣諸国と比べるとGDPの伸び率も高く、信用格付けにおいても評価が高いにもかかわらず、フィリピンの投資率は近隣諸国のなかで最低となっています。
フィリピンの経済成長が投資ではなく個人消費中心となっているのは、こうした投資率の低さも大きく影響しています。
外国からの直接投資額が低迷しているため、フィリピンのインフラ整備は近隣諸国と比べて大きく後れをとっています。タイやベトナムが海外からの直接投資によって活況を呈している状態に比べると、フィリピンではなんとも寂しい限りです。
このことは、フィリピン経済の大枠を左右しています。ASEAN諸国はいずれも経常収支で黒字を出していますが、フィリピンにおける収支の構造は、他のASEAN諸国とは根本的に異なります。
タイやマレーシアではサービス収支と所得収支はマイナスです。そのマイナスを貿易黒字で埋めることによって、トータルでは黒字を出しています。ところがフィリピンは真逆です。
直接投資が低く、外資企業の進出が少ないフィリピンでは、貿易で黒字を出せるほどの製造業が育っていません。そのため、エネルギーなどの輸入ばかりが増えることで、貿易では大幅な赤字を計上しています。
貿易の赤字を、サービス収支と海外からの送金を中心とする所得収支で埋めることによって、トータルで黒字を出しているのがフィリピン経済です。
フィリピンが今後発展するためには、海外からの直接投資を呼び込む努力が必要となります。
では、経済成長率も高く、信用格付けでも評価が高いにもかかわらず、なぜフィリピンへの直接投資は低迷しているのでしょうか?
その背景として、信用格付けを顧みる以前に、海外の投資家がフィリピンに向ける評価が他のASEAN諸国に比べて低いことが指摘されています。
国際協力銀行(JBIC)が行った海外直接投資アンケート調査によると、1999年を境にフィリピンの評価はガタ落ちとなり、現在もかつての人気ぶりは嘘のように低迷しています。
実体経済はASEANのなかで抜群であるにもかかわらず、投資家の評価がこれほど低いのは、フィリピンの政治が安定していないことと、治安の悪さにあるとされています。
フィリピンの政治について回る汚職をなくし、治安の悪さを回復することこそが、投資家の直接投資を呼び込むために、今もっとも必要なことのようです。
なお、日本経済団体連合会のレポートによると、2016年の時点で日本からは1500社程度の企業がフィリピンに進出しています。ドゥテルテ新政権のもと、インフラの整備と外資制限の緩和が期待できることから、日本からの直接投資は今後増える可能性はあるものの、フィリピン側のより一層の規制緩和がない限り積極的な動きにはつながらないと見られています。
▶ 日本経済団体連合会レポート:戦略的なインフラ・システムの海外展開に向けて ~主要国別関心分野ならびに課題 2016~
フィリピンの貧困問題
フォーブズの記事では、「国民の約25%が貧困にあえいでいる」ことが指摘されています。他のASEAN諸国と比べても貧富の差が大きく、貧困者が圧倒的に多いことがフィリピンの特徴です。
経済格差を表すためには、よくジニ係数を使います。
フィリピンのジニ係数は2009年のデータで44.8%となっています。日本は2011年の時点で37.9%です。数字だけ見るとわずかな差に見えますが、ジニ係数は1%異なるだけで社会の様相が一変します。[16]
ちなみにジニ係数が40%を超えると、いつ暴動が起きてもおかしくないレベルといわれています。
フィリピンの経済格差は、フィリピン国内を実際に歩いてみれば、すぐに実感できます。居住区全体が高い塀で囲まれたビレッジは、富裕層の住処です。大きなプールがついた豪邸にはメイドが複数人雇われ、家事に勤しんでいます。
ビレッジから一歩外へ出れば、そこは別世界です。人が到底住めるとは思えないバラックや屋根のない家から、子供たちのはしゃぐ声が聞こえてきます。
どれだけ薄汚れていようとも、家のなかで眠れるならまだましです。バイクの上や路上で眠るしかない子供たちも、数多くいます。
日本という豊かな国にいると、貧困の実態はなかなか想像すらつきません。貧困をひとことで表すならば、チャンスがまったくない状態です。
日本にはチャンスがあふれています。もちろん日本にも貧困はあり、高校や大学に通えない経済状況にある人も大勢います。しかし、日本には奨学金制度もあれば、働きながら学校に通う環境も整っています。
家がどれだけ貧しくても、努力さえすれば日本の最高学府である東大で学ぶことは誰にでもできます。
しかし、フィリピンの貧困者にはチャンスが与えられていません。フィリピンではおよそ10%の子供たちが、小学校にさえ通うことができません。小学校に入れたとしても、その30%は途中で学校を辞めています。
なぜなら、貧しいからです。生きるためには食物を買わなければいけません。そのためにはお金が必要です。子供たちは学校で学ぶよりも、お金を稼ぐことを家族から求められます。
子供とはいえ少しでも家計を支えるために働くことが、彼らに課せられた義務です。路上でピーナッツを売ったり、自転車で人を運んだりして、子供たちは毎日働いています。
そうして1ペソの小銭を一粒の米つぶに換えることで、彼らと彼らの家族は日々の命をつないでいます。
そこにはチャンスが入り込む余地は一切ありません。わずかな小銭を稼ぐために日々働き、やがては大人になります。でも、まともな教育を受けていない彼らに、まともな仕事はありません。貧困は死ぬまで彼らにつきまといます。
貧困層の現状はフィリピン・セブ島国際NGOボランティア団体「DAREDEMO HERO」で。
こうした貧困問題の背景として横たわるのは、「仕事をしたくても仕事がまったくない」という現実です。
なぜなら受け皿がないからです。多くの雇用を生むのは製造業です。ところがフィリピンでは外資企業の進出がなく、直接投資も低いため、周辺諸国と比べても悲しいほどに製造業が育っていません。
通常、経済は農業などの第一次産業をへて、製造業である第二次産業が盛んとなり、その次の段階としてサービス業などの第三次産業が発展することで、はじめて健全に成長します。
しかし、フィリピンの場合は第一次産業の後、第二次産業を飛ばして第三次産業が盛んとなりました。こうしたいびつな経済の構造によって、第二次産業である製造業が栄えなかったために、雇用の受け皿が圧倒的に不足しています。
第二次産業が貧弱なのは、投資の問題だけでありません。農地改革が遅れたことも、その大きな要因です。今もなおフィリピンでは土地所有制度が残っており、地主と小作農民との経済格差が存在しています。
フィリピンに根深く横たわる経済格差と貧困の問題を根絶するためには、農地の解放を進めるとともに、外国資本の流入を促すために治安を周辺諸国並みのレベルに引き上がることが、急務となっています。
フォーブス誌が選ぶ「ビジネスに最適な国ランキング!」
フィリピン経済にとって、外国資本を呼び込めるかどうかが今後の鍵になることを、これまで紹介してきました。
締めくくりとして、フォーブズに掲載されていた記事を翻訳の上、紹介しますね。「ビジネスに最適な国ランキング!」についての記事です。
フィリピンは84位から89位に転落
フォーブス誌が、最新の「ビジネスに最適な国」ランキングを発表しましたが、フィリピンは139か国中89位となり、昨年の84位から順位を落としました。フィリピンが同ランキングで順位を落としたのは2年連続となります。
2016年度は通商の自由度を高め、税負担度を低下させたにもかかわらず、株式市場の動向・通貨の自由度・汚職度により、順位を挽回することはできませんでした。
ランキングの順位を決める11の評価項目のうち、フィリピンは、技術・汚職度・通貨の自由度・株式市場の動向、およびイノベーションの分野において、昨年よりポイントが下降しました。通商の自由度と税負担度ではポイントが上がっています。
ロドリゴ・ドゥテルテ大統領が大々的に行っている薬物撲滅キャンペーンにより、薬物のディーラーや使用者と疑われる人物の死者が続出していることに対して国際的に懸念が広がっていますが、そんななか、このフォーブス誌での順位下落が発表されました。
しかし、世論調査果を見ると、この血で血を洗う反薬物戦争は多くの国民から広く賛同を得ています。
フォーブス誌はつい先日、ドゥテルテを「世界でもっとも影響力のある人物」の70位にランク付けしました。
他のASEAN諸国と比較してみると、今年ランキングを下げたのは、フィリピンとその他数か国のみでした。昨年はフィリピンより下位だったインドネシアも、今年は73位に上昇しリードを取り戻しています。ベトナムは98位で、2011年以来のトップ100入りを果たしました。
フォーブス誌が「ビジネスに適した国」として各国をランク付けするのは、今年で11回目です。ビジネスに適した国を評価するため、フォーブス誌は世界銀行・世界経済フォーラムやその他の組織からの報告データを集計しました。
今年1位の座を獲得したのは、IKEAやボルボ・エリクソン・H&Mなどを生み出したスウェーデンで、デンマークを押しのけての首位となりました。
ドゥテルテ大統領就任後のフィリピン経済
かつてのフィリピン経済がなんと呼ばれていたか、知っていますか?
「アジアの病人」です。
フィリピン経済の長期にわたる低迷ぶりは、まさに病人そのものであり、救いようがない状態でした。しかし、2010年にベニグノ・アキノ3世がフィリピンの大統領に就任して以来、腐敗の撲滅と財政の健全化に向けて思い切った治療が行われてきました。
アキノ政権下の改革により、フィリピン経済は見事に立ち直りました。いまだ海外からの直接投資が十分でないとはいえ、信用格付けを引き上げ、従来に比べて多くの投資を呼び込むことに成功したのは、アキノ政権が残した大きな成果です。
フィリピンではマルコス政権のような独裁を再び許さないために、大統領は一期しか務めることはできません。そのため、フィリピン経済を蘇生させたアキノ大統領は2016年に任期を満了し、現在のドゥテルテ大統領へと政治経済の舵取りは委ねられました。
ドゥテルテ大統領の経済政策はまだ始まったばかりであり、その行方はまだ不透明です。しかし、フィリピンの著名な経済学者やビジネス関係者がドゥテルテ大統領のブレーンとして加わり、そのまま国家経済開発相や財務省・予算管理相など経済政策運営の中枢に居座ったことで、アキノ政権のもとで進んだ経済政策が受け継がれ、経済がより発展するものと期待されています。
これまでフィリピンの大統領をはじめ、政府の閣僚を務めてきたのは、そのほとんどが富裕層であり、財閥の出身者です。アキノ大統領も華僑系のコハンコ財閥の一族です。
フィリピンにおける財閥の力は強大です。彼らは多くの既得権益を握り、手放そうとしません。前述した農地改革が遅れているのも、財閥が所有する土地を分配することを彼らが嫌がっているために進んでいない、という実態があるからです。
財閥の出身者が政治の中枢に居座り続けているため、規制緩和も遅々として進んでいません。
フィリピンにおける財閥は、スペイン系と中国系に分かれます。スペインはフィリピンを三百年以上に渡って植民地として支配してきた宗主国です。支配者である宗主国の子孫がアヤラ一財閥やマルコス一族です。
一方中国はフィリピンを侵略した歴史はないものの、スペインなどの欧米諸国がアジアの植民地を管理するために、中国人を移民させて使ったという歴史があります。フィリピン人から見れば支配階級であった中国人の子孫が、シー財閥やルシオ・タン財閥であり、コハンコやゴコンウェイ財閥です。
また、スペイン人と華僑の混血であるメソティーソとして、フィリピンのマスコミを抑えるロペス財閥も、よく名前が知られています。
たしかな数字は明らかになっていませんが、フィリピンでは経済の8割をこれらの財閥が独占しているといわれています。
財閥は既得権益を行使することで、ますます肥え太ります。その一方、貧困者はいつまで経っても貧困から抜け出すことができません。
対して、ドゥテルテ大統領は中産階級の出身であり、財閥の息がかかっていません。ドゥテルテ大統領の支持率が高い背景には、財閥出身ではないドゥテルテ大統領であれば、財閥だけが美味しい思いをしているフィリピンの実状を変えてくれるかもしれない、と期待する庶民感情があるからこそです。
フィリピンの大統領としてはスペイン系のエストラーダが、マニラの最貧地区であるトンドで生まれた中産階級の出身者でしたが、不正蓄財の問題などで任期をまっとうすることなく失脚しています。
庶民階級の出身であるドゥテルテ大統領が、フィリピンを牛耳る財閥の既得権益をどれだけ剥がせるかに、今後のフィリピン経済の行方と、貧富の格差を是正できるかどうかがかかっています。
文 斉藤淳・翻訳 Nina・編集 ドン山本
脚注
1.日経新聞:フィリピン 消費がけん引 4~6月、3年ぶり7%成長
2.第3節 消費主導経済への移行
3.日本貿易振興機構:アメリカ個人消費支出の意味と読み解き方
4.日本貿易振興機構:貧困と海外就労│フィリピンの事例から
5.Google Books:図解でわかる ざっくりASEAN: 一体化を強める東南アジア諸国の“今”を知る
6.日本経済新聞:フィリピン、出稼ぎ変調 経済好調で労働者国内回帰
7.フィリピンの経済状況
8.三菱UFJリサーチ&コンサルティング:フィリピン経済の現状と今後の展望
9.日本貿易振興機構:第1四半期のGDP成長率は6.9%、サービスと製造が牽引
10.日本経済新聞:フィリピン、出稼ぎ変調 経済好調で労働者国内回帰
11.日本経済新聞:若いフィリピン、老いる日本 2028年に人口逆転
12.ロイター:コラム:中国に秋波送るフィリピン政権の経済的打算=西濱徹氏
13.日本経済新聞:フィリピン、人口1億人突破 高成長支える
14.ムーディーズ、フィリピン格付を再引き上げ
15.【フィリピン】<日本格付研究所、フィリピン格付BBB+を継続>
16.GINI index in Philippines