突然ですが、あなたは銀行口座にどのくらいの預金をもっていますか?
総務省が発表した2016年の「家計調査報告(貯蓄・負債編)」によると、日本人の二人以上の世帯における2016年平均の1世帯当たり貯蓄額は1820万円だそうです。これで4年連続の増加となり、調査開始から過去最高の貯蓄額を記録しています。
もっとも「二人以上の世帯の平均の貯蓄額」であり、多額の資産をもっている一部の富裕層によって引き上げられた結果であるため、一般庶民の感覚とはかけ離れています。そこで、極端な富裕層の預金を外した貯蓄額の中央値をとってみると996万円になります。また、同データによると平均で貯蓄の62.5%が銀行預金である為、単純計算で622万円が預金となります。
とはいえ「そんなに預金してないよ」という人が、ほとんどではないでしょうか。996万円、622万円という金額を見ても、一般的な日本人の肌感覚よりはかなり高いのかもしれません。
では、フィリピン人の平均的な資産はどのくらいだと思いますか?
フィリピンが日本よりも貧しいことはわかっていても、その差が実際にどのくらいなのか、なかなかつかめないものです。
日本人とフィリピン人の資産を比較するために、entrepreneur.com.ph に掲載された記事「一般的なフィリピン人の預金残高は?」を翻訳して紹介するところから、今回ははじめましょう。
翻訳記事:「一般的なフィリピン人の預金残高は?」
一般的なフィリピン人の預金残高は?銀行口座を持つ家族の約3分の2が、預金残高10,000ペソ(22,000円)以下という現実。
あなたの預金口座の平均残高が5,000ペソ(11,000円)以下だとしても、あなたと同じ境遇の人は実際のところ数多くいます。
1月に発表されたフィリピン中央銀行(Bangko Sentral ng Pilipinas、BSP)の最新の消費者経済調査によると、銀行口座をもつ世帯のほぼ半数が、5,000ペソ以下の額しか預金していません。
半数とはつまり160万世帯に相当します。
フィリピン統計局(Philippine Statistics Authority)の人口予測に基づくと、2017年時点で国内には合計2400万世帯ありますが、2014年に行われたBSP調査によると、これらのうち14%の世帯しか銀行預金を維持できていません。
銀行口座をもたない圧倒的多数の人は、口座開設のためのお金もないと言います。
銀行口座をもつ約340万世帯についても、BSP調査による中間預金額は5,300ペソ(11,660円)にすぎません。すべての預金額を最小から最大にランクしたとき、中央値は中間点のことであり、一般的な人の銀行残高を示す良い指標となります。
一方、平均預金は206,275ペソ(453,805円)であり、多額の預金保有者に偏った分布を反映していると言えます。
一般にフィリピン人のほとんどの預金額は非常に低く、国民の貯蓄額の低さを表しています。
銀行口座をもっている世帯の約19.4%(652,821世帯)の預金残高は1000ペソ(2,200円)以下、28.4%(955,677世帯)は1,000から5,000ペソ(2,200から11,000円)、約15.3%(514,854世帯)は5,000から10,000ペソ(11,000から22,000円)と、半数以上が非常に低い貯蓄額であることがわかります。
逆に預金額100万ペソ(220万円)以上の世帯は、銀行口座をもつ世帯のほぼ2%しかおらず、約63,000世帯に相当します。
しかし、昨年のBSPのデータによると、数少ないこれらの世帯が、全国の銀行システムの総預金のうち80%以上を占めているとされています。
また、2014年の調査では、銀行預金のある世帯の53.7%(932,121世帯)が、2%以下の金利しか支払われていないことが明らかになりました。一方、約5%(168,253世帯)が、6.1~10%の利回りを享受しています。
銀行預金のある10世帯あたり約8世帯は、1口座しかもっていません。約15.4%は2口座を持っていますが、3~6口座を持っているのはわずか4%(134,502世帯)にとどまりました。
記事によると、フィリピン人世帯の中間預金額は5,300ペソ(11,660円)です。日本側のデータは保険や金融商品を含んだ貯蓄額となりますが、その中間貯蓄額は996万円です。同データでは日本人世帯の貯蓄額のうち62.5%が預金であることから、単純に比較するとフィリピン人世帯の預金額は日本人世帯の五百分の一に過ぎません。
単純に銀行の預金残高だけを比較するならば、日本人はフィリピン人の五百倍裕福だと言えるでしょう。二倍や三倍なら想像できますが、もはや五百倍となると実感さえ得られません。はるか雲の上の存在です。
これではフィリピンの人々が日本人を金持ちと捉えるのも、無理からぬことかもしれません。
フィリピン人の預金額の低さも驚きですが、そもそも銀行口座をもっているフィリピン人が全世帯の14%に過ぎないという実態にはもっと驚かされます。口座をもつ14%は、公務員やサラリーマンの家庭がほとんどを占めています。
一方、全世帯の86%が銀行口座をもっていません。その多くは農民や現場労働者・非正規雇用者、あるいは無職の人々です。
日本に住んでいると信じられないような低い銀行口座普及率と偏った預金額の分布からは、フィリピンに横たわる貧富の格差を読み取ることができます。
フィリピンでは、どうしてこんなにも銀行口座をもつ人が少ないのかと突き詰めていいくことで、国民の大多数を占める一般庶民の貧しさが自然に浮き上がってくることでしょう。
それにしても銀行口座がない生活は、あまりにも不便だと思いませんか?
日本では、ほとんどの成人が銀行口座をもっています。銀行口座のない生活など、なかなか想像できません。
もし、私たちが銀行口座をもっていないとしたら、どうなるでしょうか?
もっとも困るのは、いざというときに融資を受けられないことかもしれません。
日常の生活必需品や家電製品ならともかく、クルマや家を購入するときに一括で払う人などほとんどいません。銀行の融資を受けられないと、自家用車や住宅をもつことさえできません。結婚資金や子供の進学費を融資でまかなうこともできません。
銀行以外の信販系から借り入れるにしても、返済は口座からの引き落としが基本のため、口座がないと断られるでしょう。クレジットカードの支払いも、銀行口座からの引き落としが前提ですから、クレジットカードさえ一枚ももてません。
普段は実感しないものの、銀行口座をもてないことで必要なときに一切の借り入れができないとしたなら、実際の生活にはかなりの支障が出ます。
もう一つ困るのは、送金ができないことです。
私たちは通常、銀行振り込みを通して送金しています。口座がないと振り込みや受け取りさえできません。今時、給料の受け取りにしてもほとんどが銀行振り込みでしょうから、これも困ってしまいます。
つまり、銀行口座がないと普通の暮らしさえ営めなくなるということです。
それにもかかわらず、フィリピン人世帯の84%は銀行口座をもっていません。
いったいフィリピンの人たちは銀行との関係を断ち切ってどうやって借金をし、どうやって送金し合っているのでしょうか?
1.なぜフィリピンでは銀行口座が普及しないのか?
https://iremitglobal.com/icredit-credit-to-bank-of-your-choice/
便利なはずの銀行口座を、どうしてフィリピン人の大半はもとうとしないのかといえば、その一番の理由は銀行口座を開くにはお金がかかるからです。
日本の銀行は住所さえしっかりしていれば誰でも簡単に口座を開くことができ、口座残高の制限もありません。口座をもつための維持費さえ、通常は1円もかかりません。
ところがフィリピンでは、最低預金額が定められています。預金額がこの金額を下回ると、口座維持費の名目で、毎月高い手数料が自動的に引き落とされるシステムになっているのです。
先の記事にもあったように、フィリピン人の平均的な預金額はけして高くはありません。そのため、いつのまにか最低預金額を下回ったことで知らないうちに手数料が引かれ、気がついてみたら口座残高がゼロになっていた、なんてケースも珍しくありません。
国民の大多数を貧困層が占めるフィリピンにおいて、最低預金額を口座にキープできる余裕のある人などほとんどいません。無理とわかっているからこそ、誰も銀行口座を開こうとしないのです。
口座を維持できるだけの金銭的余裕がないという切実な理由の他に、そもそも銀行口座など必要ないといったフィリピン文化の影響もあります。
貯金に対する考え方が、日本人とフィリピン人では大きく異なります。日本人は貯金することを善いことと捉えますが、フィリピンの貧困層の人々はお金があるのに使うこともなく貯金するのは悪いこと、と捉える傾向があります。
だから貧しいフィリピン人ほど臨時収入が入ると電化製品を買ったり、ちょっと贅沢な食事を楽しんだりと、あっという間に使い切ってしまいます。使い切ったあとの心配など端からしないのがフィリピン人の気質です。
そのため、フィリピンの貧困層の人たちからすれば、銀行口座をもつ意味があまりありません。
はじめから貯金することなど、考えていないからです。貯め込むぐらいなら貧しくて困っている親族や友人のために使うのが、フィリピン人の粋な心意気なのです。
経済的には貧乏でも、フィリピン人の心根はけして貧しいものではありません。
将来のことなど考えることなく、家族や親族・友人を助けようとする心の豊かさを持ち合わせています。貧困に負けない底抜けの明るさは、こうした伝統的なフィリピン人の気質からもたらされています。
経済的な貧しさと貯めることを良しとしないフィリピン文化の両面が足かせとなり、フィリピンではまったくといってよいほど銀行口座が普及していないのが実状です。
一方、フィリピンでも中流階層以上の人々は、貯金できることは素晴らしいことと捉える価値観をもっています。それでも貯金できるほどの余裕がある人は、ほんの一握りに過ぎない現実が横たわっています。
2.銀行の代わりは質屋で十分!
貯金するしないはともかく、銀行口座がないと送金の際に困るのではないかと、人ごとながら気になりますが、大丈夫なのでしょうか?
お金を送るにしても受け取るにしても、日本では銀行口座がないとどうにも不便です。
しかし、フィリピンではそんな心配はいりません。
最近では外国に出稼ぎに出ている親族からの海外送金として、ビットコインがものすごい勢いで普及しています。仮想通貨を使うことで銀行に頼らなくても送金できる仕組みが、すでにフィリピンには根を下ろしつつあります。
海外送金ではビットコインの利用者が増えていますが、国内の送金でも銀行の代わりに広く利用されている機関があります。それは、質屋です。意外に思うかもしれませんが、フィリピンでは質屋が送金業務を担っているのです。
アメリカの植民地であったことから、フィリピンでは質屋を英語のまま「PAWN SHOP」と呼んでいます。質屋の店舗数は多く、フィリピン国内には16,000を超える質屋があるとされています。
クルマで走っていると「Pawn Shop」の看板がやたら目につきます。どんな田舎にも質屋は欠かせません。
銀行口座をもてない人々が、遠く離れた家族に仕送りするために用いるのは、もっぱら質屋です。送金は1ペソから可能なため、どんなに少額でも利用できます。手数料は送金額によって異なるものの、銀行の送金手数料よりはるかに安く設定されています。
質屋を使った送金の具体的な手順なこんな感じです。
送金者は自分の住所や氏名・送金額・受取人の情報・受け取り先の質屋を記載してお金を預けます。受け取り先の質屋には、当然ながら受取人の近所の質屋が選ばれます。
受取人は、受け取り先として指定された質屋にIDカードを持っていくことで、お金をすぐに受け取ることができます。
簡単なシステムながら貧困層にとっては便利な送金システムになっています。田舎では近くに銀行がないため、銀行へ行くためにわざわざ遠くの街まで足を伸ばさなければいけません。でも質屋であれば、田舎でもたいていは近所にあります。
質屋を利用すれば銀行よりも安く簡単に送金ができ、なおかつ近所にあって便利なため、銀行を使う意味はまったくといってよいほどありません。
質屋があれば、フィリピン国内の送金に困ることなどないのです。
もちろんフィリピンのPawn Shopは送金業務ばかりでなく、質屋としての本来の機能も果たしています。物品を担保として預けてお金を借り、利子をつけて返済することで物品を取り戻すパターンで利用されるのが一般的です。
新聞の記事によると質屋を利用する6割の人が、質に入れた品物を取りに来るとのことです。現在の日本の質屋が、有名ブランド品などの買取や販売など主になっていることに比べると、かなり異なる使われ方をしているようです。一昔前の日本の質屋と同じです。
海外に出稼ぎに出た家族からの仕送りが予定より遅れているときなどに、質屋はよく利用されます。月々5%程度の利子を課すのが一般的ですが、質屋によっては月利6〜10%と高利を課しているところもあります。
日本と違って、フィリピンの質屋は隠れてこそこそ赴くような場所ではありません。
ことに貧困層の庶民には親しまれており、質屋に行くのが恥ずかしいという感覚は少しもありません。交通の往来の激しい場所に、フィリピンの質屋はあります。
店舗内への侵入を阻むように鉄格子がはめられていたり、ライフルを持ったガードマンが店先に立っていたりするのは、ごく普通の光景です。質屋を狙った犯罪が多く発生するためです。
質草になる物がかなり限定されていることも、フィリピンの質屋の特徴です。貴金属しか扱わない質屋もかなりあります。フィリピンでは偽物が氾濫しているため、時計やバッグなどは引き取ってもらえないことが普通なのです
ちなみにフィリピンの女性は、金のネックレスやブレスレットを大切にしますが、それは貴金属類であれば簡単に換金できる一面があるからです。質屋に持っていくと、ブランドやデザインに関係なく金の重さだけで換金してもらえます。
つまり、金製品はフィリピン人にとっての財産なのです。身につけることで装飾品にもなり、いざというときにはすぐに換金できる便利な財産といえるでしょう。
最近では、貴金属以外にもスマホや家電製品を預かってくれる質屋も増えています。
このようにフィリピンでは、質屋は庶民の味方として親しまれています。
しかし、質屋は貴金属など金目の物をもっていなければ、そもそも利用すらできません。質草さえない貧しい人々は、急にお金が必要になったとき、どうしているのでしょうか?
3.フィリピン人の借金事情
フィリピン人の多くは手元に余分なお金があると、後先考えずにきれいに使ってしまいます。そのため、事故に遭ったり病気にかかると、たちまち資金繰りに窮することになります。
そんなとき頼るのは、まずは親族、次に友人や近所の顔見知りです。ちなみに日本人は金持ちというイメージが強いため、ちょっとした知り合いにもかかわらず、いきなり借金を申し込まれて驚くことがあります。
そんなときは、フィリピン社会の常識を知っておいた方がよいでしょう。フィリピンの貧困層に属する人々の間では「お金を貸して」は「お金をください」と、ほぼ同じ意味になります。
「お金をください」と切り出すのはさすがに恥ずかしいため、「お金を貸して」と申し出ているだけのことです。借りてしまえば返せないための言い訳など、いくらでも用意できます。
フィリピンはカトリックの教えが行き届いた国です。ほとんどのフィリピン人はお金は自分のものではなく、神様から預かっているに過ぎないと考えています。
そして、お金を持っている人は貧しい人々のために施すことが善行であり、天国への道と信じているのです。
そのため、お金に余裕のある人が貧しい人に貸した場合、無理に取り立てようとすれば神の御心に逆らうことになり、天国への道を閉ざされることになります。そうした教えが染みこんでいるため、貧しい人に貸した以上は返せるようになるまで待つのがフィリピンの常識です。
その結果として、貸した金はまず返ってきません。
ですから「お金を貸して」と言われた場合に、日本と同じ感覚で気軽に貸してしまうと痛い目にあうこともあります。十分に注意した方がよいでしょう。
もっとも、すべてのフィリピン人がお金にルーズなわけではありません。一般的にきちんと定職についているフィリピン人は、お金の貸し借りをシビアに行っています。
自分のバースディパーティや友人の結婚式があるからと、給料の前借りを申し込むフィリピン人も数多くいますが、特に問題はありません。
当たり前と言えばそれまでですが、貧困層の人々ほど借金の返済率は落ちてきます。それでも一度お金を借りた相手に対して、返済しないまま再び借金を申し込むことは、フィリピンではあまりありません。
親族や友人・知人からの借金もできなくなったとき、貧困層の人々が頼る先は「ファイブ・シックス」と呼ばれる高利貸しです。
4.インド人が暗躍するファイブシックス
「ファイブ・シックス」と呼ばれているのは、5で割って6返すためです。たとえば1,000ペソ(2,200円)を借りた場合、5で割ると200ペソ(440円)になります。200ペソを6倍にした1,200ペソ(2,640円)が返済額になる、ということです。
ただし「ファイブ・シックス」といっても、返済期間はまちまちです。
一週間ほどで返済する約束を交わすこともあれば、一ヶ月後に返済する契約を交わすこともあります。もっとも契約といっても、なんらかの証文を交わすわけではありません。口約束のみが普通です。
午前中に借りて、その日の午後に全額返す場合も条件は同じです。短期返済であっても、一度借りた以上は20%分の利子を払わないといけません。
日本の高利貸しと大きく異なるのは、ファイブ・シックスでは返済を毎日行うということです。「Araw Araw(アラウ アラウ)」と呼ばれる日払いでの返済方式が基本です。
ファイブ・シックスを生業としているのは、圧倒的にインド人が多いことが知られています。
ターバンを巻いたインド人の二人組がバイクに乗ったり、自転車でサリサリストア(雑貨店)などを回っている光景を、フィリピンではよく目にします。彼らはファイブ・シックスを利用した人のもとへ、毎日集金に出かけているのです。
1,000ペソを借りた場合は1,200ペソを返済しないといけないため、30日で割ると1日あたりの返済額は40ペソ(88円)です。わずか40ペソを集金するために毎日足を運ぶのは効率が悪いと思えますが、彼らは丹念に実行しています。
こうした少額の集金業務が、ファイブ・シックスを支えています。
返済が滞ると利子が膨らみ、雪だるま式に借金が膨れあがることは、日本のヤミ金融と同じです。それだけに毎日の集金は、貧しい人々にとってありがたい面があることもたしかです。
たとえば、サリサリストアの商品の仕入れのためにファイブ・シックスで借金をした場合、毎日の売上げから少しずつ返済すればよいため、負担は軽くなります。
これが日本のように一ヶ月後に利子をつけて全額返済となると、ほとんどのフィリピン人は支払えなくて途方に暮れることでしょう。
売上げの一部を返済のために貯めておくことが、フィリピン人は苦手だからです。売上げが余れば、返済のことなど考えずに使ってしまいます。毎日集金してもらえるからこそ、はじめて返済できるわけです。
一ヶ月で返済すれば月利20%という計算になりますが、借りたその日に同日返済となるため、1,000ペソを借りても960ペソしか手元に来ません。つまり実質的な金利は20%を上回ります。
毎日少額ずつの返済のため、それほど損をしている感覚はないものの、実際にはかなりの高利です。
それでも審査が緩く、すぐにお金を用立ててくれるファイブ・シックスは、貧困層の世帯にとってはなくてはならない存在になっています。
借金する側からすれば、審査の緩さはありがたいものです。ファイブ・シックスの審査の基準は、仕事をしていることだけです。きちんと働いてさえいれば、日本円にして5千円程度までであれば、誰にでも貸し付けてくれるのがファイブシックスです。
ただし、日本と違って専業主婦に貸し付けるようなことは少額であってもしません。本人が仕事をしていることが唯一の条件です。それさえ満たしていれば、担保も保証人も一切必要ありません。
庶民の暮らしのなかにすっかり根を下ろしたファイブシックスは、いつのまにかフィリピンの伝統的な貸付法になっています。サリサリストアでツケで買い物をする際も、「ファイブ・シックス」の金利をつけるのが暗黙のルールになっています。
ファイブシックスを中心とした貸金業を営むインド人は、フィリピンでは「ボンバイ」と呼ばれています。ビサヤ語で「玉ねぎ」の意味です。ターバンを頭に巻いている姿からの連想かと思いきや、インド人は玉ねぎのような体臭をもっていることから、そう呼ばれているとのことです。
ファイブ・シックスと並んでボンバイが生業としているのは、家電製品などの貸し付けです。たとえば扇風機が欲しい人がいた場合、ボンバイは扇風機を安く仕入れて提供します。そのあと、毎日少額ずつの集金を行うのはファイブ・シックスと同じです。
扇風機を1,000ペソ(2,200円)で仕入れたとしたなら、毎日40ペソ(88円)の支払いを60日続けるような約束を取り付けます。一日あたり40ペソはたいした金額ではないものの、60日後の総支払額は2,400ペソ(5,280円)にもなります。
つまり、1,000ペソ(2,200円)の扇風機を2,400ペソ(5,280円)で購入したことと同じです。
貧困層の人々は、はじめに1,000ペソを用立てることができないため、このままでは永久に扇風機を買えません。ところが毎日少額の支払いと引き換えにボンバイが商品を提供してくれるため、はじめて念願の扇風機を手にできます。
たとえ定価の二倍から三倍の高い値段で買わされたとしても、今すぐに欲しかった家電製品を手に入れられる誘惑には、なかなか勝てません。
だったら毎日40ペソずつ貯めて、1,000ペソ貯まった時点で扇風機を買えばよいではないかと思うかもしれませんが、それができないのがフィリピン人です。
40ペソを60日払えば総額でいくらになるのかと言った計算さえ、ほとんどのフィリピン人はしようとしません。
結果的に高い買い物になりそうだとわかっていても、背に腹は代えられないとばかりに手を出してしまいます。ファイブシックスと家電製品の支払いの両方を利用する貧困層の家庭は、かなりの数に上ります。
高い利子を払わざるを得ないこうした仕組みは、フィリピンの貧困層にどっぷりと染みこんでいます。実はそのことが、フィリピンの貧しさの根源にもなっています。
5.貧しさの根源は高いコストを払わざるを得ないこと
ボンベイが貧困層の人々から見て、高額な家電製品を貧困層の人々でも払える少額ずつのローンとして貸し付ける手法は、フィリピン国内で広く行き渡っています。
代表的なのはトライシクルです。
「トライシクル」とは、フィリピンの交通を支えるサイドカー付のバイクのことです。タクシーよりも安いため、交通の足としてよく使われています。
フィリピンでは、働きたくても仕事がないために貧困から抜け出せない現実がありますが、トライシクルさえあればすぐに仕事を始められます。
しかし、トライシクルを購入するとなると8万(176,000円)から10万ペソ(22万円)はするため、貧困層の人々では手が出ません。
そこで広く利用されているのが、ボンベイと同じようにリースとして貸し付けてもらう手法です。トライシクルのリースを利用すれば、1日あたり150ペソ(330円)ほどの支払いを5年間続けることで、トライシクルを自分のものにできます。
トライシクルを使って仕事をすれば毎日300~500ペソ(660~1,100円)ほど稼げるため、支払いをしてもなんとか生活費を残すことができるのです。ガソリンや修理の代金も自己負担となるため実際にはかなり厳しいのですが、頑張れば手が届く範囲にあることから多くの人が利用しています。
でも冷静に計算してみると、5年後の総返済額は27万ペソ(60万弱)を超えています。トライシクルの元値が8万ペソであれば、50%近い年利になる計算です。日本のサラ金をはるかに上回る高金利です。
トライシクルがあれば仕事ができるため、生活の手段を得ることができます。しかも5年後には晴れてトライシクルのオーナーになれるとあれば、金利などかまっていられないと考えるのがフィリピン流です。
支払いを続けなければいけない5年の間に、事故や病気にかかって働けなくなるリスクなど、端から考えようとしません。
結果的に相場よりもはるかに高い値段で物を買わざるを得ない仕組みは、シャンプーや歯磨き粉などの日常品にまで拡大しています。
フィリピンの貧困層が多く暮らす街に行くと、シャンプーやリンスをボトルごと置いている店を見かけなくなります。ボトルごと置いても、高すぎて誰も買えないからです。
サリサリストアではシャンプーやリンス、歯磨き粉などが一回分ごとに小分けにされ、10mlが10ペソ(22円)ほどで売られています。
10ペソであれば買い求めやすいのはたしかですが、ボトルで買えば350mlで100~120ペソ(220~264円)ほどですむことを考えると、小分けにして買うことで3倍近い高値で買っていることになります。
明らかに損です。
貧困層の人たちはお金がないがために、定価よりもはるかに高い金額で必要なものを買わざるを得ないという矛盾が生じています。
フィリピンの貧困のスパイラルは、大枠を言えば地主制度や富裕層による搾取に原因がありますが、もっとマクロに目を移してみれば、貧しい人ほどなにかにつけ高いコストを払わなければいけないという仕組みそのものに問題の根源があります。
そのことは、「仕事がなくて稼げないから貧しい」という問題より、もっと直接的な貧困のスパイラルを生む原因になっています。
それだけに、貧困層の人々がまとまったお金を長期的に安く借りられる環境を整えることこそが、貧富の差を減らすことにつながると考えられています。
6.ドゥテルテがはじめたファイブシックス撲滅への取り組み
フィリピンの貧困層に入り込んだファイブ・シックスなどの高利貸しを追放するために、ドゥテルテ大統領は積極的に取り組んでいます。
すでに大統領選挙の演説の際にも、「彼ら(インド人の高利貸し)からファイブシックスを利用すると、さらに彼らから家電製品の購入を強要される」と述べ、インド人による高利貸しがフィリピンの貧しい庶民から搾取している現実に対して、嫌悪感をあらわにしていました。
さらに、大統領に当選した際にはファイブ・シックスを禁止することを公約として掲げ、「それでも(ファイブ・シックスを)続ける連中は強制送還されるだろう。もしやめなければ生き埋めにしてやる」と、ドゥテルテらしい強気の発言を残しています。
その公約は実行に移されました。
2017年1月、ドゥテルテ大統領はインド人の高利貸しグループに対して令状なしの逮捕命令を下しました。その理由についてアギレ司法長官は、「これらインド人は正規の認可を受けておらず、フィリピン人の貧しさに付け込んで高い利子を搾り取っており、もはや看過できない」としています。
フィリピンでは高利を課すこと自体は法律違反ではないものの、正規の届出をしないまま貸金業を営むことは違法です。インド人の高利貸しグループは、ほとんどが貸金業の届出をしていませんでした。
もっともこれは表向きの理由に過ぎず、ファイブ・シックスなどの高利貸しをフィリピンから撲滅することがほんとうの目的であることは明らかです。
ドゥテルテ大統領がファイブ・シックス撲滅へと動いたことは、フィリピンの貧困層にとってうれしいニュースになるかと思いきや、現実は違いました。
たとえば日本で闇金融を廃止するために、闇金業者を片っ端から令状なしで逮捕し、場合によっては国外追放にするといえば、ほとんどの闇金利用者は諸手をあげて歓迎することでしょう。
しかし、フィリピンでは様相が異なります。ファイブ・シックスがなくなるかもしれないと聞いて悲鳴を上げているのは、貧困層の人々です。
高利貸しという職業は同じでも、日本とフィリピンでは借り手と貸し手の関係がまったく異なります。フィリピンでは毎日取り立てに来るインド人に、こわもてというイメージはまったくありません。
ボンバイは誰もがフレンドリーで、貧困層の人々に親しまれています。お金がなくてその日の返済ができなかったとしても、強い態度で返せと迫られることはまずありません。
悪質な取り立てを行うボンバイがいたとすれば、貧困層の人々が一体となって抵抗するからです。そうなればインド人がその地で高利貸しを続けていくことなど、とてもできません。
それだけに、フィリピンではボンバイの方が平身低頭で、借り手に金を返してくれと頼みこむことがよくあります。日本の感覚からするとずいぶん甘い対応に感じられるかもしれませんが、そうせざるをえないフィリピン特有の事情もあります。
もし借り手を追い詰めてしまうと、最悪、殺されるリスクがつきまとうからです。実際のところ、フィリピンで殺される外国人の数でインド人は常に上位を占めています。そのほとんどは高利貸し業者です。
フィリピンでは金貸しは生命保険にすら入れません。殺されるリスクが高いからです。
金銭の貸し借りでのもめ事は、悲惨な結末を招きます。借り手を本気で怒らせるといつ殺されるかわからないだけに、ボンバイは誰もが借り手との間にフレンドリーな関係を築こうと努めています。
ドゥテルテ大統領が、インド人の高利貸しグループに対して令状なしの逮捕命令を発表した直後も、アルバイ州レガスピ市でファイブシックスの集金をしていたインド人が銃で撃たれて殺害されています。
麻薬撲滅戦争において、麻薬の売人や中毒者の殺人をドゥテルテ大統領が容認しているように見えるため、大統領の発言を受け、ボンバイの殺人も許されると勘違いした者による犯行と推測されています。
フィリピンで金を貸して返済を迫るということは、命がけの行為なのです。
すぐに金を用立ててくれるファイブ・シックスは、貧困層の人々にとってなくてはならない存在です。たとえ高利であったとしても、今すがらなければ地獄に落ちるとわかっていれば、誰でもその細い糸をたぐり寄せたくなるものです。
そのか細い糸さえ断ち切られては、貧困層の人々の暮らしは成り立ちません。フィリピン政府もそのあたりの事情はわかっています。
そこで、国家が後ろ盾となるマイクロファイナンスの取り組みをはじめています。
「マイクロファイナンス」とは、貧しい人々に向けて小口の融資を提供することで、貧困から脱出することを目指す金融サービスのことです。
少額の資金を無担保、なおかつ安い金利で貸し付けることにより、ファイブシックスのような高利貸し業者を排除することができます。
フィリピンでは今、貿易産業省が10億ペソ(約22億円)規模の官営マイクロ金融の利用ネットワーク拡大を図っています。
貸し出しと返済の窓口をどうするかが、官営マイクロ金融の長年の課題でした。
新たに窓口を全国に設ければ、その分余分な出費となり、肝心の貸し出す資金が減ってしまいます。この難題を解決するために、貿易産業省は斬新なプランを示しています。
質屋の業界団体であるフィリピン質屋商工会議所(CPPI)との提携交渉が、それです。
質屋であれば銀行をはじめとする、どの金融機関よりも多くの店舗が国内に存在します。
質屋は小口融資を必要としている人々であれば慣れ親しんだ場所であるため、官営マイクロ金融の窓口として最適です。質屋が窓口となれば、マイクロファイナンスが一気に広がる可能性があります。
質屋が窓口となって政府主導のもとにマイクロファイナンスが実施されれば、中小の事業体や貧困層の人々にとって大きな救いの手になることでしょう。
マイクロファイナンスがフィリピンの貧困の根源にある「高いコストを支払わなければならない環境」を改善するかもしれません。
麻薬撲滅戦争の過激さと暴言が目立つドゥテルテ大統領ですが、フィリピン社会に深く根を下ろした貧困の格差を解消するための取り組みは、次第に成果を上げつつあるように見受けられます。