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留学マナビジンセブ島留学【特集】フィリピンの政経と歴史【海外出稼ぎ労働 第2部 3/3】海外出稼ぎ労働者を呼び戻せ!海外出稼ぎが引き起こす数々の問題

【海外出稼ぎ労働 第2部 3/3】海外出稼ぎ労働者を呼び戻せ!海外出稼ぎが引き起こす数々の問題

フィリピン人海外出稼ぎ労働者は国家の英雄か、捨て石か? 第2部全3回の第3回目最終回です。

第3章 海外出稼ぎが引き起こす問題

前回は中東を中心に海外出稼ぎ労働者の多くが虐待と酷使、差別にあっている現状について紹介しました。しかし海外出稼ぎが引き起こす問題は、それだけではありません。

ここではフィリピン国内で深刻化している頭脳流失の問題と、海外送金に依存する経済構造が国内産業の衰退を招いている実態について紹介します。

1.頭脳流出

1-1.深刻な医師・看護師不足

深刻な医師・看護師不足
頭脳流出の問題とは、医師や看護師、科学者や技術者・ITエンジニアなどの専門的技能を有している人々や、航空機保全工・電気工・重機操縦士・船舶保全工・電話通信技能工などの熟練労働者が海外に流出することで、フィリピン国内の医療サービスや産業が空洞化していることを指します。

第1部の3回「海外出稼ぎ労働の実態」で紹介した通り、最近では高学歴を有する海外出稼ぎ労働者が目立って増えています。それに伴い、頭脳流出の問題も年々深刻の度合いを増しています。

なかでも医師と看護師の海外流失により、フィリピン国内では地方を中心に医師不足と看護師不足が進行しており、明らかな医療水準の低下を招いています。

2014年にフィリピン保健省の事務次官は「医師と患者の比率を理想的な水準である 1:1,000 に引き上げるためには、今より3万人多くの医師が必要である」と述べています。

また、2013年に提出された医療従事者の待遇改善を目指す法案には、「フィリピン国内の看護師と患者の比率は1:40 から1:80 であり、必要水準である 1:20 をはるかに下回っている」と記されています。

こうしたデータからも、医師と看護師が不足している様が見てとれます。

医師と看護師が次々と海外へ転職してしまうため、私立病院では病院経営自体が成り立たなくなっています。医師と看護師を新たに雇用したくても、その多くが海外へ流れてしまうため、補充もままなりません。

フィリピン私立病院協会(PHAP)のチャン会長は2005年に、2000年に1,700あった国内の私立病院は、その後5年以内に700カ所にまで激減したと悲惨な状況を暴露しています。

閉鎖の原因は人員不足です。病院の経営を続けたくても医師と看護師が集まらないため、閉鎖するよりない状況が続いているのです。

さらにチャン会長は、地方では医療体制が崩壊しており、そのことで住民の健康に対する危惧が高まっていると警鐘を鳴らしています。

医療体制の崩壊により、ダイレクトに被害を受けるのは貧困層です。富裕層は病院を選べますが、貧困層にそんな余裕はありません。近くの病院が閉鎖されれば、医療へのアクセスが難しくなるだけです。現在、フィリピンの農村における医療体制は悪化の一途をたどっています。

1-2.医師から看護師への転職

医師から看護師への転職
医師と看護師による海外流失が進んでいるのは、明らかな給料格差があるためです。
フィリピン国内で医師として働いた際の平均年収は、2010年度で27万3,888ペソ(約56.8 万円)です。

一方、看護師の年収は職歴に応じて異なり、職歴1年未満で 10万8,000ペソ(約22.4万円)、職歴5年未満で 12万ペソ(約24.9万円)、職歴5年以上で19万2,000ペソ(約39.9万円)です。

それに対して、たとえばアラブ首長国連邦にあるアブダビの病院では、フィリピン人看護師を職歴を問わず約120万ペソ(約248.8万円)の年収を掲げて募集しています。

こうして比較してみると、フィリピン国内で看護師として務めるよりも、海外で就労した方がはるかに稼げることがわかります。およそ7倍から12倍の年収差がつくため、大半の看護師は海外就労を目指そうとします。

そればかりかアブダビの看護師の年収は、フィリピン国内で医師として働く年収の4倍を超えています。

もちろん医師として海外で採用されれば年収はさらに上がりますが、看護師ほど多くの求人は望みようもありません。

このためフィリピンの医師のなかには、わざわざ看護学校に入学することで看護師の資格を取得し、医師としてではなく看護師として海外に渡る人が多くいます。

2004年にはフィリピンの医師国家試験に首席で合格し、将来を有望視されていた医師がニューヨークで看護師として働きたいと意思表明をしたことで、大きな話題になりました。

元保健省長官の Jaime Galvez-Tan博士は、看護師へと資格を落とした医師の数は、すでに 9,000人を超えていると述べています。

このような傾向は医学部にも及んでいます。医学部の人気が低下しており、定員割れをする大学も出ているとのことです。

海外への頭脳流出により、フィリピンの医療は崩壊の瀬戸際に立たされています。政府が早急になんらかの対策を打つことが求められています。

1-3.逆経済援助

医療ばかりでなく、優秀なITエンジニアや熟練労働者の流出も国内産業の空洞化に拍車を掛けています。専門的、あるいは熟練した技能や知識を身につけるには、多大な時間とコストがかかっています。フィリピンとしては苦労して育て上げた優秀な人材を海外へ送り出すため、大きな損失につながります。

一方、受け入れ国にしてみれば訓練コストを節約できるため、願ったりかなったりです。こうした歪な関係は、「逆経済援助」とも呼ばれています。

フィリピンとしても、そろそろ頭脳流出に歯止めを掛け、優秀な人材を国内で雇用できる体制を整えたいのが本音でしょう。

しかし、出稼ぎ労働者からの海外送金に深く依存している今、国内の産業はますます衰退しています。

2.国内産業の衰退

国内産業の衰退

2-1.海外送金は恵みの雨か、重しか

海外出稼ぎ労働者が国家の英雄なのか、それとも捨て石なのかが判然としないように、フィリピンにとって海外送金が恵みの雨なのか、それとも重しなのかは判断が分かれるところです。

第1部の2回目「海外出稼ぎ労働者はなぜ『英雄』と呼ばれるのか」にて、出稼ぎ労働者から家族のもとに届く海外送金がフィリピンのGDPの1割を占めており、そのおかげで経常収支が黒字をたどっている実態について詳しく紹介しました。

短期的に見るならば、フィリピン経済にとって海外送金はなくてはならない存在であり、まさに恵みの雨です。しかし、この状態をどれだけ長く続けようとも、フィリピン経済の真の意味での成長にはつながりません。

かつて「アジアの病人」と蔑まれたフィリピン経済は、海外送金という応急手当を施すことで健全さを取り戻しました。ただし、応急処置はあくまで「さしあたっての処置」に過ぎません。応急処置のみで完全な健康を取り戻そうとしても無理があります。

病を克服するには、その原因を突き止め、病理を取り除くよりありません。フィリピン経済が病に陥っている最大の理由は、工業化がなされていないことです。

【 製造業のGDPに占めるシェア(%) 】

製造業のGDPに占めるシェア(%
https://www.dir.co.jp/report/research/economics/emg/.pdf より引用

上のグラフは「製造業のGDPに占めるシェア」を表したものです。他のASEAN諸国に比べてフィリピンの製造業がいかに貧弱であるかがわかります。かろうじてベトナムを上回っていますが、ベトナムの工業化が急ピッチで進められているため、まもなく抜かれるものと予測されています。

フィリピンは1960年代に輸入代替による工業化政策にあまりにも急激に踏み切ったことで、工業化に失敗しました。それ以来、今日に至るまで工業化が為されていません。

工業化が為されていないからこそ雇用が生まれず、多くの労働人口が働き口を求めて海外に出ていかざるを得ない悪循環が生じています。

フィリピンが安定して経済成長を遂げるためには、なんとしても工業化を成し遂げるよりありません。ところが海外送金という応急処置への依存を深めることで、工業化への取り組みが遅々として進まない状況になっています。

つまり、長期的に見ると海外送金は、フィリピン経済の成長を妨げる重しになっているといえるでしょう。

2-2.フィリピン経済は約束の地へたどり着けるのか

出稼ぎによる海外送金に頼るあまり、政府による産業政策はないがしろにされ、海外から投資を呼び込むための対策も工業化に向けた政策も、これまで実行されてきませんでした。

実はフィリピンには、爆発的な経済成長を実現するための宝があります。それは、安くて若い労働力です。

下に掲げたのは、フィリピンと日本・ベトナムの人口ピラミッドを比較した図表です。

フィリピンと日本・ベトナムの人口ピラミッドを比較した図表
https://ja.sekaiproperty.com/article/2157/ より引用

フィリピンの人口比率は若年層ほど多く、きれいなピラミッド型を描いています。平均年齢も23歳と若く、いわゆる人口ボーナスをあと50年ほどは受け取れると予測されています。

人口ボーナスとは総人口に占める働く人の割合が増加することで、経済成長が後押しされる現象を指します。労働人口が多いため、工業化に欠かすことのできない人材をいくらでも確保できます。また、労働人口が多くなることで給与の上昇を抑えることができます。高い給与を提示しなくても、就業希望者が押し寄せるためです。

安い労働力を豊富に確保できることは、企業にとってのプラス材料です。人口ボーナス期を活かすことで工業化は一気に進められ、高い経済成長を成し遂げることができます。

かつての日本も人口ボーナスを利用することで、世界第二位の経済大国へと一気に登り詰めました。中国も同様です。中国が工業化に成功し、著しい経済成長を実現できたのは、人口ボーナスによって若くて安い労働力を豊富に活用できたからこそです。

ところが中国では人口構成が成熟化したことで、人口ボーナス期が終わりを迎えています。このところ中国の人件費は上がり続けており、ひと昔前のような安い労働力を期待することは、もはやできなくなりつつあります。

少し前に多数の日本企業が中国に進出したのは、中国の安くて豊富な労働力に魅力を感じたからこそです。

なにを製造するにせよ、生産コストの大きな部分を占めるのは人件費です。人件費を安く抑えることができれば生産コストを大幅に下げられるため、商品を安く市場に送り出せます。そのことが商品の競争力を高め、企業としての利潤が膨らみます。

しかし、人件費が高くなれば企業の利益も目減りします。そうなると、これまで安い労働力を見込んで中国に進出していた企業の多くは中国から引き上げ、もっと安い労働力が豊富に眠っている他の国へと移動することになります。

では、中国に代わって受け皿になる国はどこなのかといえば、フィリピンはかなりの有力候補です。これから人口ボーナス期に入ることで、若くて安い労働力を豊富に提供できるからです。

もともとフィリピンは、海外からの投資に適した資質を備えています。安くて若い労働力に加え、国民の教育水準が高く、ほとんどの人が英語を流暢に話せます。このことは海外から投資を呼び込む上で、大きな利点です。

これから人口ボーナス期に突入すること、その期間が極めて長いこと、ちょうど大国中国の人口ボーナス期が終わるという絶妙のタイミングにあること、これだけの好条件に恵まれた国は世界中を見渡してみても見当たりません。

これらの好条件を活かすことさえできれば、フィリピンの急激な経済成長は約束されたも同然です。しかし、フィリピンが本当に「約束の地」にたどり着けるのかどうかは、極めて不透明です。

なぜなら、日本や中国の経済成長の担い手となった安くて豊富な労働力を、フィリピンが活用できないまま終わる可能性も高いからです。そうなれば、宝の持ち腐れです。

労働力を活かすためには工業化を推し進め、国内の就業機会が増えるように整備するよりありません。しかし、まだ発展途上国に過ぎないフィリピンだけで工業化を図るには無理があります。

他のASEAN諸国が工業化に成功したのは、外国からの投資があったからこそです。逆に言えばフィリピンが今日に至るまで工業化できなかったのは、外国からの投資を引き入れることに失敗したためです。

その原因として指摘されているのが、政治が不安定であったこと、インフラ整備が遅れていること、治安に不安があることなどです。

外国からの投資が少ないため、生産設備やインフラの整備においてフィリピンは周辺諸国に比べて大きく遅れをとっています。

先にも説明した通り、近年のフィリピンの高い経済成長は、海外出稼ぎ労働者からの送金を起爆剤とした旺盛な個人消費に支えられています。

個人消費に頼っていては、フィリピン自体の経済発展は望めません。公共投資によるインフラ整備を進め、個人消費主導から投資主導へと軌道修正を図ることが、今こそ求められています。

つまり、フィリピンが約束の地にたどり着くためには海外出稼ぎ労働者に依存する体質を改め、外国からの直接投資を呼び込み、悲願の工業化を成し遂げるよりありません。

現在、ドゥテルテ大統領の豪腕のもとで進められている公共投資による大型インフラ整備は、フィリピンにとってのまさに「希望」です。

ドゥテルテが大統領に就任以来、海外出稼ぎ労働者に依存しきっていたフィリピン政府の姿勢にも変化が表れています。フィリピン国内では今、「海外出稼ぎ労働者を呼び戻せ」という号令が鳴り響いています。

第4章 海外出稼ぎ労働者を呼び戻せ!

1.先行き不安が残る外貨送金額

フィリピン経済を支えている海外出稼ぎ労働者からの海外送金ですが、このところ陰りが見え始めています。

年度ごとの外貨送金額と前年比伸び率を表したのが下のグラフです。

年度ごとの外貨送金額と前年比伸び率
https://www.nikkei.com/article/より引用

2015年は明らかに外貨送金額が減少しています。

もっとも、2016年と2017年は再び上昇に転じ、過去最高額を叩き出しています。しかし、前年比伸び率は確実に鈍化しています。

海外送金は世界各国の政情によって、その額が大きく左右されます。不安定要素が大きいだけに、この先ずっと右肩上がりを続けるとは予想しがたいものがあります。

さしあたり外貨送金額が減少に向かう要因となりそうな動きが、いくつか見受けられます。

その最たるものは、中東地域の抱える不安定要素です。2013年以降の原油価格の下落により、中東の景気は冷え込んでいます。原油価格が下落したのは、アメリカのシェール革命により、シェールオイルの生産が急激に増えたためです。これにより世界のエネルギー地図が完全に塗り替わりました。

石油産出国は、協調して石油の減産に踏み切ることで石油価格の下落を押し止めようとしていますが、さまざまな政治上の要因から足並みが揃わず、暴落が続いています。

中東ではこれまで石油価格の上昇にあわせて建設ラッシュが起き、フィリピン人の海外出稼ぎ労働者を吸収してきました。ところが石油価格の暴落に伴い建設ラッシュも終わりを告げ、外国人労働者の需要自体が鈍ってきています。

フィリピンの海外出稼ぎ労働者のほぼ半数は中東に向かっていることを考えると、中東での需要減少は外貨送金額を大幅に目減りさせることになりそうです。

さらに中東諸国は石油価格の暴落を受け、財政引き締めに一斉に動いています。その一環で外国人労働者の募集を妨げる政策が準備されています。「東南アジアへの送金が抑制されるかもしれない」といった憶測も飛び交っているだけに、事は重大です。

外貨送金額を減少させると予測される、もうひとつの動きは、このところ続いてきたドル安基調に変化が生じていることです。

海外送金のほとんどは、就業国の通貨を米ドルに交換して為されます。そのため、現地の通貨に対してドル安が進むことで、ドル建ての海外送金額はかさ増しされます。

しかし米FRBが利上げに舵を切ったことで、ドルが大幅に下がる可能性は低くなっています。2018年と2019年にも年3回の利上げが予定されているため、現地通貨に対してドル高にふれるものと考えられます。

これまではドル安による押し上げ効果により海外送金額が増えていましたが、今後はそれも期待できません。

また、クウェートへの家事労働者の渡航を恒久的に禁じた今回の処置を見てもわかるように、問題が起きれば対象国への労働者の送り出しを制限せざるを得ません。

虐待と差別の問題は根が深く、カファーラ制度の廃止など根本的な問題が解決しない以上、似たような事件は再び繰り返されるかもしれません。クウェートで起きたことは、他の中東諸国で明日にでも繰り返される可能性があります。

こうしたことを考えると、海外出稼ぎ労働者数の減少に伴い、近い将来には海外送金額も減少に向かうリスクが高いといえるでしょう。
つまり、海外送金に依存している現在のままでは、やがてフィリピンは行き詰まると言うことです。

だからと言って、悲壮感を感じる必要はありません。逆に言えば、今こそ海外送金に依存する経済の構造を変えるチャンスともいえるからです。

ドゥテルテ大統領の登場により、フィリピンは今、新たな経済構造を目指して躍動し始めています。

2.ドゥテルテが切り開くフィリピンの未来

2-1.海外出稼ぎ労働者からの圧倒的な支持

ドゥテルテ大統領は今回のクウェートを巡る外交問題において、歴代大統領には見られないほど素早く対応し、フィリピン人家事労働者のクウェートへの恒久的な派遣禁止を打ち出し、海外出稼ぎ労働者をなんとしても守るのだという姿勢を内外に強く示しました。

その強硬な姿勢は、海外出稼ぎ労働者から歓迎されています。もともと海外出稼ぎ労働者の大半は、ドゥテルテを熱烈に支持していました。

2016年5月に行われた大統領選挙において、ドゥテルテは地盤であるミンダナオ島南部やマニラ首都圏で高い得票率を獲得しました。それに加えて、実はもうひとつドゥテルテが驚異的な得票率を占めた地域があります。得票率72%を記録した、その地域とは海外です。

海外出稼ぎ労働者からの圧倒的な支持こそは、ドゥテルテが大統領に当選した原動力といわれています。

では、なぜ海外就労者はドゥテルテを支持したのでしょうか?

報道機関からインタビューを受けた際、多くの出稼ぎ労働者が同じ思いを口にしていました。

「本当はフィリピンで暮らしたい」と。

これまで紹介してきたように、ほぼすべての海外出稼ぎ労働者は家族のために海を渡っています。でも本音は「子供と離れなくない」「家族と離れて暮らしたくない」という思いでいっぱいです。

海外で働かなければ家族が生きていけないからこそ涙をこらえて海を渡るのであって、本当は海外に出ていきたくはないのです。フィリピン国内にまともな仕事さえあれば、さっさと帰国して家族のもとに戻りたいと、出稼ぎ労働者の多くが夢見ています。

ダバオ市長時代に実績を残したドゥテルテが大統領になれば、もしかしたらそんな夢を叶えてくれるのではないかという思いが、支持率の高さにつながったといえるでしょう。

現にダバオ市はドゥテルテが就任した当時は「アジアで最も危険な街」と言われていたにもかかわらず、彼の就任中に「フィリピンで最も安全な街」に生まれ変わりました。その結果として海外から多くの企業がダバオ市に進出し、就業率が高まりました。かつてのダバオ市の有り様からすれば、劇的な変化です。

同じことがフィリピンという国単位で起きることを願い、海外出稼ぎ労働者の大半がドゥテルテに投票しました。その期待にドゥテルテは誠実に応えようとしています。

2-2.インフラ整備の黄金時代

近年のフィリピンの高い経済成長率は、アキノ前大統領の功績によるところが大きいと評価されています。

アキノ政権では、歴代大統領が財政再建を優先したために手がつけられなかったインフラ整備に、本腰を入れて取り組みました。2010年にはGDP比1.3%に留まっていたインフラ整備を、任期が終わる2016年には5.1%にまで引き上げることに成功しています。

その他にも様々な政策によりフィリピンの投資率を引き上げ、個人消費に依存する経済からの脱却を目指しました。

任期が切れる前にはアキノ前大統領の続投を望む声も強かったものの、フィリピンでは大統領の任期が一期6年と制限されているため、どうにもなりません。それだけに次期大統領がどのような経済政策を行うのか、注目されていました。

アキノ陣営と対立するドゥテルテが大統領に選ばれたことで、これまでの経済政策が一掃されるのではないかと危惧されていましたが、大方の識者の予想を裏切り、ドゥテルテはアキノ政権時の経済政策をほぼそのまま継承しました。

麻薬撲滅戦争に見せる強硬な姿勢から一見するとワンマンと見られるドゥテルテ大統領ですが、実は周囲の声にしっかりと耳を傾ける謙虚さを兼ね備えています。経済政策については専門家であるブレーンの進言に従い、アキノ政権の路線を逸脱することなく、堅実に政策を実施しています。

イギリスの週刊新聞エコノミスト誌においても「フィリピンのドゥテルテ大統領は経済については熱烈な改革派でも過激なポピュリストでもなく、それなりに有能だ」と高く評価されました。

今日までのフィリピン経済を見る限り、アキノ政権からドゥテルテ政権への政権移譲は、フィリピンにとって幸運だったといえるでしょう。

アキノ政権の経済政策を受け継ぎつつも、ドゥテルテ政権になったことでパワーアップしていることがいくつかあります。

そのひとつは汚職対策です。アキノ政権でも汚職の撲滅が図られましたが、警察署や税務署などの公共機関で各種の手続きを行う際に、建物の内外に出没するブローカーに手数料を払わないと事務処理が大幅に遅れるという悪弊をなくすまでには至りませんでした。ブローカーと公務員が結託することで起こる汚職です。

ところがドゥテルテ政権になると、汚職に関わった公務員は即座に解雇されるようになりました。厳罰をもって臨んだことにより、今ではブローカーそのものが役所から姿を消しています。

もうひとつ、ドゥテルテ政権になって大きく動き出したことがあります。「ビルド・ビルド・ビルド」と題された大規模なインフラ整備です。

「インフラ整備の黄金時代を到来させる」と宣言したドゥテルテ大統領の強い指導力のもと、マニラ地下鉄計画など実現不可能と思われていた数々の大型インフラ計画が今、目覚ましい勢いで実行に移されています。

アキノ政権でもインフラ整備に力が注がれましたが、そのインフラ整備は民間資本に依存していました。そのため工事着工までに時間を要し、なかなか整備計画が進みませんでした。

アキノ政権下の6年間で完了した民間資本によるインフラ事業は、有料道路2件、高架鉄道のICカードシステム、小学校の校舎の建設にとどまっています。

しかし、ドゥテルテ政権では民間資本に依存することなく政府主導でインフラ整備を進めているため、アキノ政権下で滞っていたインフラ計画が次々と着工されています。

民間資本を当てにしないとなると財源の確保が問題になります。ドゥテルテ政権では税収額を増やすための税制改革を断行しようとしています。この税制改革では年収25万ペソ(約52万円)以下の場合、個人所得税をゼロにするという貧困層を救済するための措置も織り込まれています。その一方で、自動車など贅沢品の物品税を引き上げることで、初年度に約900億ペソ(約1800億円)の税収増を見込んでいます。

税収増とともに、ドゥテルテ大統領は他国からの資金支援を引き出そうと積極的に外交を進めています。今のところ資金支援の要となるのは日本と中国です。日本はフィリピンに対し、今後5年間で1兆円規模の経済支援を行うことを表明しています。

これまで外国からフィリピンへの直接投資を阻んでいたのは、主として政治の不安定さ・治安の悪さ・インラフの遅れです。ドゥテルテが大統領に就任してからは、これらの問題がすべて解決へと向かっています。

アキノ政権からドゥテルテ政権へと、フィリピンの政治はこれまでにないほど安定しています。ドゥテルテ大統領の支持率はミンダナオ・マウティ市での騒動によって一時的に落ちたものの、紛争を解決したことで 2018年初頭には 82%と再び上昇しています。

過激な麻薬撲滅戦争については是非はあるものの、フィリピンの治安がかつてないほど改善されたことはたしかです。

そして、フィリピンにとって長年の懸案であったインフラ整備も順調に進められています。

今のフィリピンは、外国からの投資を引き込みやすい条件を備えつつあるといってよいでしょう。

2-3.海外出稼ぎ労働者を今こそ呼び戻せ!

フィリピン国内は今、長い眠りから覚めたように大型インフラ計画が次々と打ち出され、すでに着工が始まっています。それとともに鮮明になってきたのが、大型インフラ整備計画に必要な人材が足りないことです。

熟練労働者の多くが仕事を求めて海外へ出てしまったため、国内で道路や橋・空港や鉄道などを建設するために必要な熟練労働者が、どの現場でも確保できずに困っています。大型インフラ整備ともなると、素人の作業員だけでは捗りません。重機を扱える技術者など、どうしても熟練労働者の手が必要になります。

それとともに、「海外出稼ぎ労働者を呼び戻せ!」という声が、現場を中心に日増しに強まっています。

不動産コンサルティング会社大手サントス・ナイト・フランクのシニアディレクター、ジャン・ポール・クストディオ氏は次のように述べています。

「労働力不足は建設業界にとって大きな問題だ。人材育成の需要がかつてないほど高まっており、出稼ぎ労働者を国内に呼び戻す政策の強化が必要だ」

熟練労働者を海外から呼び戻すために、賃金水準の引き上げがまもなく行われるだろうと予測されています。

海外出稼ぎ労働者を呼び戻せという機運は、フィリピンが、そしてフィリピン国民が長いこと待ち続けてきた悲願です。

第1部でも紹介した通り日本にしても韓国にしても、かつては貧しく国内に仕事がないため、海外へ出稼ぎのために渡ることが当たり前という時代を経験しています。海外での数々の屈辱に耐え忍びながら国内の工業化を推し進め、国内に雇用をつくり出すことで海外に出ていた労働者を一斉に呼び戻したのです。そこから今日のような経済大国への道が始まりました。

フィリピンもまた、ようやく同じ道を歩こうとしています。熟練労働者の呼び戻しは、そのはじめの一歩です。目覚ましい経済発展という約束の地へ向けて、フィリピンは確実に踏み出しました。

海外出稼ぎ労働という悲劇の物語は、いま最終章を迎えているのかもしれません。


● 第2部 参考文献(第1部に掲げた文献は除外しています)
「シャルマの未来予測 これから成長する国 沈む国」ルチル・シャルマ/著(東洋経済新報社)
「イスラーム史のなかの奴隷 (世界史リブレット) 」清水 和裕/著(山川出版社)
「アラビアン・ナイトの中の女奴隷──裏から見た中世の中東社会 (ブックレット《アジアを学ぼう》別巻) 」波戸愛美/著(風響社)

● 第2部 参照URL(第1部に掲げたURLは除外しています)
どっこい、フィリピン人出稼ぎは頑張る 金融危機下でも海外からの送金は堅調、不安材料は「中東」
海外フィリピン人労働者送金の貢献と限界
フィリピン海外出稼ぎの母国家族問題 ― 在日フィリピン人を事例として ―
核家族はあり得ない 大家族主義のマニラ
【News】OFWの子供たちへの虐待件数が増加 2017年12月1日 ニュース
労働力輸出大国フィリピン、豊富な人材を生かせるか 米軍撤退後の国内市場に課題を持つフィリピン。語学力のアドバンテージを生かした労働力輸出大国の可能性を探る。
政治の力で転換しつつあるフィリピン経済
「工業化の遅れ」という課題は緩和に向かう見込み

台湾vs.フィリピン:外交制裁の手段となる出稼ぎ労働者
フィリピン海外出稼ぎ労働者の送金額、2015年は過去最高更新
労働者送金が開発に与える影響:出稼ぎ大国フィリピンから
< 『サル回し』の巻『教育のスタイルに関して』の巻 >『海外出稼ぎを含めた転職に関して』の巻 アウトソーシングに関する技術的なこと
フィリピン人が海外で働くということ フィリピン考察
都会への人口流入が減っている
「私たちは商品じゃない」香港の外国人家事労働者の苦しみと闘い 平賀緑/著:『週刊金曜日』1999年4月23日号
アングル:現代の「シンデレラ」、フィリピン人家政婦の苦難:ロイター
フィリピンが出稼ぎ渡航を一時停止に、香港の1000世帯に影響―仏メディア レコードチャイナ
2017年版「世界現代奴隷推計」が発表されました
現代の奴隷、世界に4000万人以上 7割は女性と少女:afp
世界全体で現代の奴隷は4,000万人、児童労働は1億5,200万人:国際労働機関
実は増え続けている?現代の【奴隷】の実態:NAVER まとめ
世界で4600万人が「現代の奴隷」に、インドが首位 日本25位:
CNN

あなたが奴隷制度と人身売買について知らない7つのこと 〜問題解決へのアプローチを添えて〜
「現代の奴隷」世界で4600万人、日本も29万人が奴隷状態:Newsweek
rel=”nofollow”現代の奴隷……「犬の餌で生き延びた」家政婦の話:BBC
フィリピン 虐待も横行する外国での家政婦労働 それでも外国に出ざるを得ない国内事情
21世紀は「奴隷の時代」?:東亜日報
中東諸国 の 歴史
イスラームと奴隷制:wikipedia
イスラム圏の女性の服装:wikipedia
第三回 『 出稼ぎメイドという名の奴隷【改】(その1) 』
比大統領、中東でのメイド就労禁止を示唆 「レイプ事件横行」受け:afp
フィリピン、出稼ぎ労働者1万人に無償の帰国便 虐待相次ぎ:CNN
クウェートで出稼ぎのフィリピン人女性、冷凍庫で発見 無言の帰国:afp
虐待か無職か フィリピン人出稼ぎ労働者に突き付けられる究極の選択:afp
海外のフィリピン人労働者のクウェートへの出稼ぎを禁止:今になって政府が動き出したのはクウェートからの送金額の増加が背景にあるのか?
クウェート メイド虐待 比大統領が激怒 外交問題に発展 メイド虐待 比大統領が激怒 外交問題に発展:毎日新聞
フィリピン、クウェートとフィリピン人出稼ぎ労働者保護協定に原則合意するも、殺された家政婦の裁判終結までクウェートへの出稼ぎ禁止命令継続【米・中国メディア】
フィリピンの反アラブ運動は出稼ぎメイド惨殺事件が発端
クウェート:救済の道閉ざされた家事労働者たち 虐待のはてに 虐待や人権侵害からの保護 不十分:ヒューマン・ライツ・ウォッチ
クウェート/フィリピン:フィリピンの移住労働者を保護せよ(ヒューマン・ライツ・ウォッチ、2018年2月21日)
Duterte permanently bans Filipinos going to work in Kuwait after maid found stuffed in freezer
クウェートのOFWに無償の帰国便
比メイド殺害で雇用主夫婦に死刑判決、クウェート
比大使館職員、クウェートでメイド救出関与 主権侵害と激怒され外相謝罪:afp
クウェート フィリピン大使に退去命令 両国外交対立続く:毎日新聞
フィリピン、出稼ぎ虐待で中東と摩擦 クウェートへ派遣停止:日本経済新聞社
Kuwait, Philippines sign worker rights deal amid dispute
比大統領、「恒久的に」クウェートへの就労渡航を禁止:afp
フィリピン人家政婦、サウジで漂白剤飲まされ「深刻な状態」:afp
サウジアラビア  繰り返されるアジア人出稼ぎメイドを巡るトラブル 背景に差別意識も
半年で600人が行方不明!奴隷のように扱われるフィリピン人メイド
激動する湾岸アラブ諸国を読み解く:君主制、移民、湾岸経済の展望
W杯控えるカタール、外国人労働者を苦しめた「カファラ」を廃止:afp
アジア中東の高所得国に激震、外国人メイドが消える 減らない人権無視に業を煮やしたインドネシア、派遣の全面禁止も:JBpress
国の自殺率順リスト:wikipedia
カタール危機で湾岸諸国が棚に上げる自分たちの出稼ぎ労働者問題:excite ニュース
2000人殺害でもドゥテルテ大統領を支持する”出稼ぎ国民”の声「本当はフィリピンで暮らしたい」
フィリピン、出稼ぎ変調 経済好調で労働者国内回帰:日本経済新聞
フィリピン、出稼ぎ労働者呼び戻せ 大規模インフラ整備で人手不足:産経新聞
フィリピン、税制改革を来年1月に実施 物品税引き上げ:日本経済新聞
フィリピン税制改正の概要~包括税制法案の行方~
在外フィリピン人送金額、17年通年は4.3%増の280億ドル
【データで読む】フィリピン 人口ボーナス期のチャンス生かせるか:SankeiBiz
第2章 都市成長―フィリピンにおける人口移動現象
フィリピン、首都圏へ人口流入 新都市建設進まず 一極集中を懸念
東南アジア:工業化への道
東アジアにおける都市化とインフラ整備
なぜ、ベトナム、フィリピン不動産なのか?上場企業が解説する海外不動産の魅力
フィリピン労働雇用省、22年までに720万人の雇用創出を見込む
フィリピンの難題――「頭脳流出」
医療の「頭脳流出」は防げるか
ASEAN、やまない頭脳流出 出稼ぎの大卒者、10年で66%増の280万人:Sankei Biz
海外での看護師をめざすフィリピンの「セカンド・コーサー」~送出国の医療事情を考える
後を絶たない医師や看護師の海外流出 ―5年間で閉鎖に追い込まれた私立病院は1,000カ所
ドゥテルテ効果?! ダバオ地域の就業率が改善
意外に手堅いドゥテルテの経済政策
ドゥテルテ政権インフラ開発のいま
ドゥテルテ大統領が進めるフィリピンインフラ整備計画:大和総研
積極的なインフラ投資で地域間格差を解消-フィリピン経済ブリーフィングを都内で開催(2)-:日本貿易振興機構
フィリピン経済はドゥテルテ政権でよくなるのか
フィリピン中間選挙の概要
ドゥテルテ大統領の最新の支持率
フィリピン ドゥテルテ大統領の高支持率が急落 国民からの批判に暴力が及ぶ懸念も
世界銀行はフィリピンへの送金が300億ドルを超えると予測
原油価格急落の原因を作ったサウジアラビア副皇太子協調減産の延長でもなくならない下押し圧力、価格上昇に望みはあるか:JBpress
原油価格がここまで急落した本当の理由:Diamond online
米FRB、今年3度目の利上げ決定 2019年まで年3回の利上げ見込む:
Newsweek

アメリカ 政策金利(利上げ)
2017年・最新の統計情報から見る、世界のネット・SNSの利用状況

ドン山本 フリーライター
ドン山本 フリーライター
タウン誌の副編集長を経て独立。フリーライターとして別冊宝島などの編集に加わりながらIT関連の知識を吸収し、IT系ベンチャー企業を起業。

その後、持ち前の放浪癖を抑え難くアジアに移住。フィリピンとタイを中心に、フリージャーナリストとして現地からの情報を発信している。

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