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【海外出稼ぎ労働3/4】フィリピン人の出稼ぎの国・仕事内容・給料を大公開

フィリピン人海外出稼ぎ労働者は国家の英雄か、捨て石か?第1部全4回の第3回目です。

今回は、海外出稼ぎの実態についてお話ししていきたいと思います。

第3章 海外出稼ぎ労働の実態

今回は、フィリピンの海外出稼ぎ労働の実態について、さまざまな角度から見ていきます。

海外に出稼ぎに出た人々の総数については、前々回の図表を参考にしてください。今日では毎年およそ180万ほどのフィリピン人労働者が働くために海外に旅立っています。

さらに、それら正規ルートの他に海外雇用庁に未登録のまま海外に出て働いているフィリピン人も40万から50万を超えるとされています。そのため、実数は200万をすでに超えていると思って間違いないでしょう。

海外出稼ぎ労働者の総数は毎年、右肩上がりで伸びていますが、2012年以降はほぼ平行線をたどっています。その原因は石油価格の下落により中東諸国の景気がふるわず、雇用が伸び悩んでいるためと考えられます。

3-1.どの国へ行ってるの?

フィリピンの海外出稼ぎ労働者は、主にどの国に働きに出ているのでしょうか?

2015年度の統計は以下の通りです。

【図表 地域別海外就労者(地上職のみ)の行き先・2015年度の出国者数】

人数 割合
中東 913,958 63.6%
アジア 399,361 27.8%
ヨーロッパ 29,029 2.0%
アメリカ大陸 17,234 1.2%
オセアニア 18,850 1.3%
アフリカ 18,226 1.3%
その他 (不明含む) 41,217 2.9%

POEA統計資料およびNSCB, Philippine Statistical Yearbookより作成

グラフを見れば一目瞭然で、出稼ぎが中東に集中していることがわかります。次がアジアです。中東とアジアだけで全体の9割を超えています。ヨーロッパとアメリカは意外と低い数値に留まっています。

国別では以下の通りです。

【図表 2016年度国別海外雇用者数ランキング】

順位 国名
1位 サウジアラビア 460,121 (27.6%)
2位 アラブ首長国 276,278 (16.5%)
3位 シンガポール 171,014 (10.2%)
4位 カタール 141,304 (8.5%)
5位 香港 116,467 (7.0%)
6位 クウェート 109,615 (6.6%)
7位 台湾 65,364 (3.9%)
8位 マレーシア 33,178 (2.0%)
9位 オマーン 27,579 (1.7%)
10位 バーレーン 21,429 (1.3%)

サウジアラビアだけで28%近くを占めているため、海外に出稼ぎに出るフィリピン人の4人に1人以上は、サウジアラビアに行っていることになります。サウジアラビアとアラブ首長国連邦だけで全体の4割を占めますね。

現在、日本はベスト10にも入っていません。かつてエンターテイナーが盛んに日本に入国していた2000年頃の国別ランキングを見てみると、1位がサウジアラビア(19.4万人)、2位が香港(11.4万人)、3位日本(7.4万人)、4位アラブ首長国連邦(4.5万人)、5位台湾(3.8万人)という順序でした。今では日本で就労するフィリピン人が大幅に減っていることがわかります。

3-2.どんな仕事をしているの?

どんな仕事をしているの?
どの国に働きに出ているのかがわかったところで、次にどんな仕事に就いているのかを見てみましょう。

在日フィリピン人の職業分類比率
https://www.ide.go.jp/Japanese.html より引用

上の図表は各年度の職業グループを男女別に表したものです。ひと目見ただけでも男女によって職業に違いがあることがわかります。男性は建設業や製造業などの技能工や組立工がもっとも多く、女性はサービス・販売従事者が全体の7割以上を占めています。

サービス・販売従事者が目立って多いのは、メイドや子守などに従事する家事労働者がサービス業に入るからです。

もっと具体的に女性の就いた職業について表したのが下の図表です。

女性海外就労者の職種
https://www.ide.go.jp/Japanese.html より引用

2015年だけ青色の家事労働者が減ったように見えますが、これは2015年度からは家事労働者と家事代行従事者を分けてカウントするようになったためです。水色のほとんどは家事代行を意味しているため、実質的な家事労働者数は増えています。

今も昔も変わることなく、女性の仕事の大半は家事労働者です。

ちなみに2005年以前に多い振付師・ダンサー・ミュージシャンの就労先は、そのほぼすべてが日本でした。2005年に日本政府が興行ビザの条件を厳しくして以来、ほとんどのエンターテイナーが入国できなくなり激減しました。

近年の特長として、看護婦と介護士が着実に増えていることが見て取れます。また雇用を受け入れる国によって、職業に偏りがみられることも大きな特長です。

家事労働者・看護師・介護士(すべて女性)について新規雇用者の多い国のランキングをまとめたのが下の図です。

【家事労働者・看護師・介護士(すべて女性)新規雇用者の多い国ランキング】

家事労働者 看護師 介護士
1位 サウジアラビア(6.9万) サウジアラビア(1.1万) 台湾(0.8万)
2位 クウェート(2.9万) アラブ首長国(0.1万) イスラエル(0.1万)
3位 香港(2.1万) カタール(900) サウジアラビア(830)
4位 アラブ首長国(1.7万) シンガポール(850)
5位 シンガポール(1.1万) イギリス(490)
6位 マレーシア(1.1万)
7位 カタール(0.8万)
8位 バーレーン(0.5万)
9位 オマーン(0.3万)
10位 ヨルダン(0.1万)

海外出稼ぎ労働者がもっとも多く渡っている国だけに、サウジアラビアはすべての職種でランキング入りしていますが、それでも家事労働者がほとんどを占めています。

家事労働者が多いサウジアラビア・クウェート・香港の上位3カ国では、虐待問題が深刻化しています。この問題については第2部で扱います。

次に男性ですが、「技能工・設備や機械の運転・組立工」が目立って多い職業グループになっています。その理由は、海上勤務の船員がここに入るためです。

フィリピン人の船員の数は、海外出稼ぎ労働者のおよそ2割を占めています。総数で比較すれば断トツで世界一です。常に30万人を超えるフィリピン人海上労働者が、世界中のあらゆる大洋航路に船員として就労しています。

たとえば、日本国籍の船舶に乗船して働いている人々のうち、実に7割以上がフィリピン人です。世界の海運業はフィリピン人船乗りによって支えられているといっても過言ではありません。

船乗り以外の「技能工・設備や機械の運転・組立工」の多くは、サウジアラビアなどの中東の産油国で建設業や製造業に従事しています。

単純労働者が多いことはたしかですが、「専門・準専門職・技師」も近年は徐々に増えつつあります。ことにエンジニアの需要は高く、中東諸国のコンピュータはフィリピン人エンジニアによって動かされているといわれています。彼らが一斉に帰国してしまえば中東諸国のコンピュータシステムは動かなくなる、という話をよく耳にします。

オンライン求人で有名なWorkAbroad.phのアジア上級マーケティングマネージャであるRowina Sonza氏は「エンジニアの需要、特に中東地域における需要は、WorkAbroad.phにおける海外の求人の25%を占めています。エンジニアは最も需要の高い職なのです」と語っています。

単純労働に比べて、専門職に就いている人々の給与は高額です。WorkAbroad.phによると、給料が高い専門職上位3位までをエンジニアリングの分野が占めています。

ちなみに2017年度において、海外からの求人でもっとも高給を提示していた職種は、アメリカ合衆国の海上熟練エンジニア職でした。その給与は月額99,000フィリピンペソ(約20.9万円)です。

日本でのエンジニアの給与と比べるとかなり安いとは感じるものの、フィリピンでは夢のような高給取りです。ただし、高給が提示されているエンジニア職の大半は海上または船舶内での勤務です。仕事環境はかなり過酷といえそうです。

エンジニアほどの需要はないものの、中東でもっとも給与の水準が高いのは、5年を超える職務経験を持つ医療の専門職です。小児科医がもっとも高く、一般の医師・整形外科医・歯科医・皮膚科医と続きます。

医師の需要についても中東諸国が抜きんでて多くなっています。そのあとにアメリカ・ニュージーランド・マレーシア・台湾と続いています。

3-3.どんな人が海外出稼ぎに行くの?

3-3-1.男女比は?

海外出稼ぎ労働者の男女ごとの出国者数を比較したグラフを見てみましょう。

海外就労者・地上職
https://www.ide.go.jp/Japanese.html より引用

1992年は男女の差はそれほど多くなかったものの、次第に女性が男性を上回るようになり、2007年と2008年は逆転したものの、それ以降は再び女性の方が多くなっています。

この統計はあくまで当該年度に「新規に雇用された労働者の数」に過ぎないことに注意してください。海外に渡った労働者全員の比率ではありません。新規雇用者に的を絞ることで、最新の動向がつかみやすくなっています。

マルコス政権によって海外雇用政策が導入された1974年の時点では、男性の比率は7割を超えていました。ところが、次第に女性の出稼ぎ労働者が増えるようになり、80年代後半には女性が男性を上回るようになりました。

この現象は「移動の女性化」として世界的に注目されています。これには主として二つの原因が指摘されています。

ひとつは1990年にイラクによるクウェート侵攻を受けて湾岸戦争が起き、当時7割の労働者を受け入れていた中東地域での外国人労働者の受け入れ態勢が崩れてしまったことです。湾岸戦争によって多くのフィリピン人男性が職を失いました。

もうひとつはアジア諸国が80年代に経済成長を遂げ、国内の女性の就業化を促すために外国人家事労働者の受け入れを始めたためです。もともと東南アジアはジェンダー格差が小さな地域ですが、とりわけフィリピンではその傾向が強く、女性の社会進出は当然と受け取る文化が育っていました。

そのため、海外で家事労働者の需要が高まると、多くの女性たちが押しかけたのです。

さらに日本でエンターテイナーの需要が高まったことも影響しています。日本がエンターテイナーの受け入れを自粛し始めた翌年の2006年以降、女性労働者の新規雇用数が激減していることが、グラフから見てとれます。

近年では中東諸国での家事労働者の需要が高いことから、女性労働者が多い傾向にあります。

3-3-2.家族の誰が海外出稼ぎに行くの?

海外出稼ぎ労働者の男女ごとの年齢を表したのが下のグラフです。

在外フィリピン人の年齢階級
https://www.ide.go.jp/Japanese.html より引用

男性は年齢による偏りがほとんど見られないのに対して、女性は若年層の方が多く、高齢になるにつれて減っていることが見てとれます。女性に関しては20代半ばから30代にかけてが大半を占めています。

このことから女性の海外出稼ぎ労働者は、若いお母さんが大多数であることがわかります。家族のなかで海外出稼ぎに赴く率がもっとも高いのは、お母さんです。次にお父さん、兄弟姉妹と続きます。

3-3-3.海外出稼ぎ労働者の学歴は?

次に海外出稼ぎ労働者の学歴を見てみます。海外就労者とフィリピン全体との比較を男女ごとにまとめたのが下のグラフです。

最終学歴割合
https://www.ide.go.jp/Japanese.html より引用

海外就労者はフィリピン全体の労働者の最終学歴に比べて、男女ともに明らかに高学歴であることがわかります。女性に比べると男性の方が高学歴です。

フィリピン全体では統計上、大卒者の数で女性の方が男性を上回っています。ところが海外就労者を比較してみると、これが逆転し、男性の方が大卒者が多くなっています。

その理由として、男性の方が海外から需要のある職業に広がりがあることをあげられます。専門職が増えるとともに、高学歴の男性が求められています。

一方、女性は前述の通り家事労働者が大半を占めるため、専門職の需要が男性ほど高くはありません。それにもかかわらずフィリピン全体と比べると、高卒以上の割合が極めて高いことがわかります。小卒以下の低学歴者は、海外就労者全体の15%にも及びません。

先に示した職業の比率から考察すると、フィリピンでは高卒、あるいは大卒にもかかわらず家事労働者として海外で就労している女性が多いことがわかります。

その理由は、学歴や資格を活かしてフィリピンで教師や看護師として働くよりも、海外でベビーシッターの仕事に就いた方が何倍も多く稼げるからです。

そのため、一般には単純労働と捉えられる家事労働者といえども、フィリピンを出て海外で働くためには高卒以上の学歴が求められる状況になっています。

学歴の偏重は男性にも当てはまります。フィリピンの一流大学を卒業していながらも海外でウェイターを務めたり、ビル建設や製造業に従事している人は数多くいます。

3-3-4.どこから出稼ぎに行くの?

海外出稼ぎ労働者の登録で大半を占めるのは、マニラとその周辺地域の人々です。その理由として、海外出稼ぎの情報がマニラに集中していることをあげられます。海外雇用庁をはじめとする政府機関や、技能を身につけたりビザ取得に必要な外国語を習うための学校、海外就労者のための健康診断を認可された医療施設、斡旋機関等々、海外出稼ぎインフラがマニラは充実しています。

マニラ以外にも海外就労者は全国に及んでいますが、貧困率が高い地域の人々の登録は低い数値に留まっています。このことから最貧困層の人々にとって、海外での就労はハードルが高いことがわかります。

3-4.送金されたお金はどう使われているの?

送金されたお金は?
海外出稼ぎ労働者が稼いだ給与のほとんどは、フィリピンで暮らす家族のもとに送金されています。フィリピン人が海外に働き出る動機はただひとつ、家族のためです。

フィリピンでは、家族の中から一人でも海外出稼ぎに送り出すことができれば、家族の生活水準が一気に上がります。

下のグラフは、送金されたお金がどのように使われているのかを表しています。

お金の使われ方
https://www.dir.co.jp/report/research/economics/japan/.pdf より引用

ほとんどのお金は食費や生活費に充てられていることが、ぱっと見でわかります。教育や貯蓄・投資に回されている額はわずかに過ぎず、その大半はなんらかの消費に向けられています。

こうして海外就労者を送り出した世帯で消費活動が進むことで、国民総生産の7割を占める旺盛な個人消費が確保されています。そのことはフィリピンの経常収支を黒字に保つために大きな役割を果たしていますが、裏を返せば海外送金のほとんどが単に浪費されていることを意味しています。

ことに、土地や家屋の購入に海外送金が充てられることが多く、家の建て替えこそが海外出稼ぎに成功したことのシンボルともいわれています。スラムなどでときどき見かける真新しい家は、間違いなく海外出稼ぎ労働者からの海外送金によって建てられたものです。

生活する上でどうしても支出が必要となることばかりでなく、海外送金の多くは贅沢品の購入や娯楽に費やされています。そのため、家族の根本的な暮らしぶりはなかなか向上せず、二度三度と海外出稼ぎを繰り返さざるを得ない悪循環を招いています。

3-5.海外出稼ぎまでのハードル

具体的に海外へ出稼ぎに赴くまでのステップを駆け足で追いかけてみましょう。なによりも、まず必要となるものは情報です。海外雇用庁のウェブサイトにアクセスすることで必要な情報を集めることはできますが、事前になんの知識もないままリストを眺めても選びようがありません。

もっとも大切なのは活きた情報です。どの国のどんな仕事がよいのか、どこの斡旋業者を利用すればよいのかについて、頼りになるのは海外就労経験をもつ知人からの口コミです。そのため家族や親族に海外就労者がいれば、同じ国の同じ仕事を選ぶ率が高くなります。

海外出稼ぎ希望者は口コミ情報に基づいて、利用する斡旋業者を選びます。民間斡旋業者の数は多く、1300を超えています。すべての斡旋業者は海外雇用庁の認可を受けており、海外雇用庁に管理監督されています。

しかし、数が多いだけに海外雇用庁もすべてを完全に管理しきれているわけではありません。なかには悪徳業者も混じっています。

斡旋業者への登録のためにはパスポートが必要になります。日本では誰でも簡単にパスポートを取得できますが、フィリピンではそうはいきません。

パスポートを発行するための審査がフィリピンでは厳格に行われています。パスポートの取得に必要な書類にしても、日本の比ではありません。

書類審査でよくあるのが、出生届の記載ミスです。その際は出生届を訂正することから始めなければいけません。なにを訂正するかにもよりますが、ひどいときには訂正作業だけで数年待たされることもあります。

書類が揃ったところでパスポートの申請に臨みますが、その際に面接を受けなければいけません。そのアポイントメントをとるだけでも大変です。マニラやセブなどの都会では、3ヶ月以上先までアポイントの予定がすべて埋まっています。実際に面接を受けられるのは、そのあとです。

やっと面接を受けられても、すぐにパスポートが発行されるわけではありません。そこから3週間ほど待たされて、ようやくパスポートを手にできます。

パスポート取得までの手続きが煩雑で時間がかかるため、斡旋業者が間に入ることもあります。そうなると、パスポート取得のための費用を斡旋業者に支払う必要があります。

その他にも様々な名目の費用が渡航前に発生します。海外出稼ぎのために必要な研修費なども馬鹿にならない額です。何年にも渡って海外に滞在するからには、手ぶらでいけるはずもなく、買いそろえなければいけないものも多々あります。

また、海外で就労したからといってすぐに送金できるわけでもないため、その間家族が飢えることがないように多少の生活費を残していく必要もあります。

出稼ぎ希望者の大半は、それらの費用を業者から借金します。悪質な斡旋業者になるほど、出稼ぎ希望者の無知につけ込んで多額の借金を負わせます。

斡旋業者への報酬は、海外での1ヶ月分の給与と決められています。ただし、実際には職種によって制限が加えられています。たとえば、家事労働者と船乗りに対する手数料請求は違法です。しかし、多くの斡旋業者がこの法律を無視して労働者から搾取しています。

手数料の他にも様々な借金を背負わされているため、新規に雇用された海外就労者の給与のほとんどは返済に回されます。フィリピンで待つ家族の元に早く送金したくても、返済が完了するまでは叶いません。通常は数ヶ月、悪質な業者の場合は丸1年ほど、借金返済のためだけに働くことになります。家族へ送金できるようになるのは、そのあとです。

3-6.海外出稼ぎは最貧困層を救済しない

ここまで海外出稼ぎ労働者の実態について追いかけてみました。そのなかでひとつ、言えることがあります。それは「海外出稼ぎは最貧困層を救済しない」という事実です。

海外出稼ぎと聞くと、「フィリピンで問題となっている貧困者を救済するための一助になっているに違いない」という漠然としたイメージをもつ方も多いことでしょう。ブログを見ていても、そのような記述を多く見かけます。

ところが現実は、異なります。海外就労者の学歴を見るだけでも、そのことは明らかです。貧困層の世帯で満足な教育が行われるはずもなく、貧困層の人々のほとんどは低学歴です。小学校や中学校さえ卒業できない貧困者も数多くいます。

低学歴で海外に就労できた人々は、海外就労者全体の1割ほどしかないないという事実は、海外出稼ぎを成し遂げた人々のほとんどが中流階級以上の世帯、あるいは貧困層のなかでも比較的裕福な世帯に属していることがわかります。

そのことをよく表しているのが、海外からの送金が家計に占める割合を、所得階級別に示した下の図表です。

送金割合
(出所)NSO, Family Income and Expenditure Survey, 2012
https://www.ide.go.jp/Japanese.html より引用

海外送金を受けている世帯は、フィリピン全体の世帯の27%にも及んでいます。比較に用いられている「五分位」とは、全世帯を所得に応じて5等分したものです。

第1五分位が所得の低い下位20%にあたる最貧困層を表し、第2・第3五分位となるにつれて所得が上がり、第5五分位が上位20%にあたる富裕層を表しています。

図表を見ればひと目でわかりますが、海外送金を受ける割合がもっとも低いのが最貧困層です。世帯所得が上がるにつれて海外送金を受ける割合が上がり、富裕層ではおよそ半数の世帯が海外送金を受けています。

つまり、家族の中から海外出稼ぎ労働者をもっとも多く送り出しているのは富裕層であり、中間層がこれに続きます。最貧困層の世帯からは、ほとんど海外就労者が出ていないことが見てとれます。

この傾向は、貧困が進んでいる地域ほど海外出稼ぎ労働者が少ないというデータからも汲み取れます。

貧困層のなかでも比較的余裕のある人々や中間層に位置する人々にとって、海外出稼ぎは階層を上げるための近道であり、王道です。毎月、海外送金を受けることで、フィリピンでは中流以上の生活がほぼ約束されます。

海外送金によって、子供にまともな教育を受けさせることもできるようになります。その結果として、子供たちが成長すれば今度はその子たちが海外で就労できるチャンスをつかめます。

では、貧困から抜け出せるチャンスが見えているのに、どうして最貧困層の人々は海外に働きに出ないのでしょうか?

貧困にあえぐ人々でも、海外に働きに出ることが貧困を脱出する手段であることを知っています。日本評論社発行の大阪市立大学経済研究所監修による「アジアの大都市〈4〉マニラ」には、2005年10月にフィリピンのIPPDが極貧相の人々に対して、貧困脱出の方途がなにかを聞いた調査の結果が掲載されています。

それによると、二つの手段に回答が集中していました。そのひとつが「外国出稼ぎ」です。最貧困層の人々にとっても、海外での出稼ぎがあこがれであることがわかります。ちなみにもうひとつの手段は「ギャンブル」でした。

ギャンブルで一攫千金を狙ってみても、それが現実離れした夢であることは誰にでもわかります。実はそれと同じくらいに「外国出稼ぎ」もまた、最貧困層の人々にとっては手の届かない夢なのです。

日々の生活に追われる貧困層の人たちにとって、その準備に時間と費用がかかる海外出稼ぎは現実的ではありません。最貧困層の人々は、パスポートを取得するための費用さえ用意できません。

彼らにとって、海外出稼ぎのハードルは高すぎます。今日、食べるものがなければ、たとえ1時間であろうとなんらかの仕事をしなければ生きていけないような切羽詰まった日常に、海外出稼ぎの入り込む余地はありません。

最貧困層の人々にとって現実的なのは、比較的裕福な世帯から海外へ働きに出た人々に代わって家事労働を引き受ける国内出稼ぎです。

結局のところ、海外出稼ぎは貧富の格差を解消するどころか、最貧困層とそうでない人々の差を拡大させる働きをしています。

マニラの労働・生活階級
https://www.keiho-u.ac.jp/ より引用

海外送金によって、二世帯に一世帯は海外就労者を出している富裕層はますます豊かになり、貧困層の上位にいた人々は中間層へ、中間層にいた人々は富裕層へと生活レベルを上げます。

その一方で海外就労のための情報も費用も時間的な余裕にも恵まれない最貧困層の人々は、賃金の低い国内労働を強いられることで搾取される側に周り、ますます貧苦にあえぐよりありません。

そのような理不尽な状況こそが、海外出稼ぎ労働のもたらしている実態です。

ところが一部の最貧困層にとっては、海外で働くことこそが生活の糧になっているケースもあります。そうした事例は、これまで紹介してきた統計上にはカウントされていません。なぜなら、正規ルートの海外就労の枠を超えたところにある不法就労を利用しているからです。

その恩恵にもっとも浴しているのは、ミンダナオ島に暮らす貧しい少数民族の人々です。そこには数々の悲劇の物語が埋もれています。次回はここから話を始めましょう。

ドン山本 フリーライター
ドン山本 フリーライター
タウン誌の副編集長を経て独立。フリーライターとして別冊宝島などの編集に加わりながらIT関連の知識を吸収し、IT系ベンチャー企業を起業。

その後、持ち前の放浪癖を抑え難くアジアに移住。フィリピンとタイを中心に、フリージャーナリストとして現地からの情報を発信している。

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