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【海外出稼ぎ労働者4/4】統計で見るフィリピン人の移民と海外不法就労者の実態

フィリピン人海外出稼ぎ労働者は国家の英雄か、捨て石か?第1部全4回の第4回目です。

第4章 移民と海外不法就労者

フィリピンの海外在住者は、海外出稼ぎ労働者ばかりではありません。海外在住者は大きく3つのグループに分けることができます。

ひとつが海外出稼ぎ労働者、ひとつが永住移民、そして残るひとつが不法就労移民です。

今回は永住移民と海外不法就労について紹介しながら、フィリピンではなぜ海外就労者が多いのか、その理由を探ります。

4-1.増え続ける海外移住者

増え続ける海外移住者
短期の契約で海外就労する出稼ぎ労働者と、外国で定住または長期滞在する移民との間には、向かう国も仕事内容も大きな違いがあります。

まずは永住移民がどの国に多く滞在しているのかを、2013年のデータを使って見てみます。

【図表 フィリピンから海外に出た永住移民者の滞在地域】

割合
1. アメリカ大陸 3,782,483(77.6%)
2. ヨーロッパ 421,891(8.7%)
3. オセアニア 364,552(7.5%)
4. アジア 288,894(5.9%)
5. 中東 7,748(0.2%)
6. アフリカ 4,198(0.1%)
全体 4,869,766

【図表 フィリピンから海外に出た永住移民者の滞在国】

割合
1. アメリカ 3,135,293(64.4%)
2. カナダ 626,668(12.9%)
3. オーストラリア 334,096( 6.9%)
4. 日本 163,532( 3.4%)
5. イギリス 161,710( 3.3%)
6. シンガポール 44,102( 0.9%)
7. ドイツ 36,020( 0.7%)
8. スペイン 32,226( 0.7%)
9. ニュージーランド 29,008( 0.6%)
10. マレーシア 26,007( 0.5%)
全体 4,869,766

前回掲げた「地域別海外就労者」と「国別海外雇用者数ランキング」とを比較してみれば、その違いは歴然としています。

海外出稼ぎ労働者は中東とアジアで90%を占めていたのに対し、永住移民がそれらの地域に滞在する率は6%ほどに過ぎません。永住移民の65%ほどがアメリカに集中しており、カナダ・オーストラリア・日本と続きます。永住移民が滞在先として先進国を選んでいることは明らかです。日本は例外としても、英語圏の先進国に集中する傾向にあります。

ちなみに日本がベスト5に入っているのは、日本人と結婚したフィリピン女性が多いためと考えられます。

永住者と出稼ぎ労働者とでは、階層がまったく異なります。永住者の大半は富裕層であり、学歴も大卒以上がほとんどです。渡航前の仕事を見ても専門技師を筆頭に、ほぼホワイトカラー職で埋め尽くされています。

渡航後の職業はエンジニアや医師など専門・技能労働者が多く、その大半は給与所得水準が高い仕事に就いています。

単純労働が多い出稼ぎ労働者と比べて大きな違いが生じているのは、永住移民を受け入れるにあたり先進国ではほとんどの国が、高い専門能力を有することに加えて自国への多額の投資を条件として掲げているからです。

そのため、永住移民として家族で外国に出られるのは、富裕層に限られます。

永住者として出国する人々の年度ごとの数は、出稼ぎ労働者に遠く及びません。しかし、永住移民の総数は年を経るごとに着実に増えています。

4-2.「不法に」海外に出る労働者

海外雇用庁の管轄するルート以外の抜け道を使って海外就労を果たすことは、フィリピンではすべて違法です。それでも海外に渡って不法就労を続ける人々は、あとを絶ちません。

これまでと同じように、非正規滞在者の滞在地域と滞在国を見てみましょう。

【非正規滞在者の滞在地域 2013年度】

1. アジア 538,705(44.4%)
2. アメリカ大陸 280,260(24.1%)
3. 中東 173,595(14.9%)
4. ヨーロッパ 157,925(13.6%)
5. オセアニア 104,430( 9.0%)
6. アフリカ 5,835( 0.5%)
全体 1,161,830

【非正規滞在者の滞在国 2013年度】

1. マレーシア 448,450(38.6%)
2. アメリカ 271,000(23.3%)
3. サウジアラビア 80,500(6.9%)
4. イタリア 54,390( 4.7%)
5. シンガポール 49,000(4.2%)
6. アラブ首長国 42,805(3.7%)
7. フランス 37,880(3.3%)
8. イギリス 25,000( 2.2%)
9. カタール 15,000( 1.3%)
10. 韓国 13,030( 1.1%)
全体 1,161,830

非正規滞在者については、当たり前ながら実数はつかみようがありません。この統計にしても、非正規滞在者の一部に過ぎません。それでも滞在国の割合などは、実勢を反映していると考えられます。

非正規滞在者については、永住移民とも正規ルートを用いた海外出稼ぎ労働者とも異なる傾向が見てとれます。地理的に近く、入国しやすいアジアが半数弱を占めています。

非正規滞在者が圧倒的に多いのはマレーシアです。ミンダナオ島の人々にとってマレーシアは船ですぐに渡ることができる身近な隣国だけに、不法に入国する人が多いこともうなずけます。

サウジアラビア・シンガポール・アラブ首長国・カタールなどは、はじめは正規ルートで渡航したものの、様々な事情から職場を逃げ出したことで合法的な労働者としての資格が失なわれ、非正規滞在者となるケースが多いと指摘されています。その背景には根深い虐待の問題があります。これについては第二部で紹介します。

政府が支援する正規ルートがあるにもかかわらず、海外で不法就労をする人々が多いのは、一部の悪徳斡旋業者が政府の公式な手続きを踏むことなく労働者を勧誘することで儲けているためです。

海外で仕事をしたい人々のなかには、一刻も早く渡航したい切羽詰まった事情を抱えている人もいます。その場合、厄介な官僚的手続きを踏むよりも裏道から早く渡航できた方がよいと考える人々も多いのです。

あるいはなんらかの理由で正規ルートでは海外に渡れない人もいます。その場合でも非認可の斡旋業者を頼ることで、なんとかなります。

ただし、非正規滞在者が渡航先で不法就労を続けるとなると、大きなリスクを背負うことになります。正規ルートを踏んで渡航しても虐待や差別的に扱われる問題が山積みなのに、まして不法就労となれば立場が弱く、給料の未払いもあれば犯罪に加担することを強要されることもあります。

警察を頼ろうにも出頭すれば不法滞在がばれ、刑務所に収監されてしまいます。そのためどこにも頼る当てがなく、理不尽なことがあっても泣き寝入りすることがほとんどです。

不法就労者の実態についてはなかなか表に出てこないため、不透明なままです。

4-3.少数民族が背負う悲劇

4-3-1.なにが現実的なのか?

ミンダナオの地を先祖代々受け継いできたムスリムの人々と、あとから移住してきたキリスト教徒との間に根深い紛争が生じていることは、以前にも記事にしました。2017年にIS系武装勢力がマラウィ市を襲撃した事件も、その延長線上で起きた悲劇です。

フィリピンの少数民族にあたるムスリムの人々は、すでに何世紀にもわたって内戦と貧困のなかで生きています。フィリピンから海外に出た非正規滞在者を語る上で欠かすことができないのは、彼ら少数民族の問題です。

非正規滞在者の滞在国は、その4割弱がマレーシアに集中していますが、その大半を占めているのはイスラム系少数民族です。

ミンダナオ島最西端のザンボアンガ周辺からマレーシアのサバ州まで、下の地図を見れば地理的に極めて近いことがわかります。

マレーシアのサバ州
ちなみにサバ州の東海岸にあるサンダカンは、第1回の記事で紹介した「からゆきさん」たちの娼館があった街として有名です。埋もれていた過去が掘り起こされ、からゆきさんの存在が知られるようになったのは、山崎朋子著「サンダカン八番娼館」が出版されて以来のことです。

ザンボアンガ周辺のバシラン(Basilan)・ スル(Sulu)・タウィタウィ(Tawi-Tawi)などの諸島からマレーシアのサバ州へは、小さな漁船でも渡ることができます。彼らの多くは政治的、あるいは経済的な事情からサバ州へと密航しました。

1970年代後半まではミンダナオ紛争に伴う難民が、そのほとんどを占めています。戦乱で故郷を追われた人々がやむなく隣国のマレーシアに避難しました。国連によると当時、サバ州には10万人のフィリピン人難民がいたとされています。

1970年代後半になると、経済的な理由からサバ州を目指す人々が増えました。スールー諸島周辺はフィリピンでも最貧地域として知られています。住民の多くは農漁民です。フィリピンに留まっていたのでは仕事がなく飢餓状態におかれるため、彼らの多くは職を求めてマレーシアに渡りました。

彼らにとっては遠いマニラやセブなどの都会へ出て出稼ぎをするよりも、近くのマレーシアに渡る方がよほど手軽です。なおかつ、マレーシアで働けばフィリピン国内の5倍ほどの稼ぎを得られるとあっては、多少のリスクを冒してでも渡りなくなる気もわかります。

最貧相の人々にとっては海外出稼ぎは夢に過ぎず、国内出稼ぎのほうが現実的であることを前回紹介しました。ところがイスラム系少数民族の人々にとっては、国内出稼ぎよりも密航でマレーシアに渡って働く方が、よほど現実的な選択なのです。

4-3-2. 強制送還に伴う悲劇

ミンダナオのイスラム系少数民族と、やはり地理的に近く貧しいインドネシアからもマレーシアのサバ州に就労希望者が押し寄せたため、1980年代には80万人だったサバ州の人口は、2010年には330万人を超えるほどに膨れあがりました。

サバ州にいる外国人労働者のうち、その半数が合法的な手段によって渡ってきた人々、残る半数が密航など非合法な手段によって渡ってきた人々といわれています。

サバ州では活況を呈するアブラヤシ農園や、建設工事での働き手が慢性的に不足しており、合法・非合法に限らず外国人労働者を積極的に受け入れてきました。

しかし、仕事にありつけたとしても非合法な手段で渡ってきたイスラム系少数民族の人々の暮らしぶりは極めて厳しいものです。彼らのなかには内戦から逃れるために家族全員で密航してきた人々も混じっています。また、マレーシアで新たに世帯をもち、子供を授かる人も数多くいます。

大人はまだしも、子供たちの置かれた環境は悲惨です。密航でマレーシアに来た人々が子供をもうけても、その子たちは国籍を取得できません。この世に存在していない子供として、彼らは成長します。そのような環境では当然のことながら、満足な教育や医療を受けることも叶いません。

学校に通うこともできないフィリピン人ストリートチルドレンが、サバ州では多く見受けられます。

さらに彼らを苦しめたのは、マレーシア政府による不法移民の強制退去です。外国人労働者はマレーシア人が嫌がって就こうとしない最下層の仕事に従事してきました。マレーシアの経済成長に外国人労働者の果たした役割には、大きなものがあります。

マレーシアは経済的に移民労働者に頼りながらも、国家の姿勢として極端なまでに厳しい移民排斥政策を繰り返しました。マレーシアにとってイスラム教徒の多いインドネシア人やフィリピンから来たイスラム系少数民族は、イスラム系野党勢力やマレー人下層階級と結託する恐れがあり、治安上問題があると考えられたためです。

マレーシアにはもともと、見せしめをかねて残虐な刑罰を科す習慣があります。不法就労をしている外国人労働者に対しても、非人道的な刑罰が科されました。

なかでも世界的な批判を浴びたのが、鞭(むち)打ち刑です。2002年には実際に鞭打ち刑にあったフィリピン人の痛々しい背中の写真が報道され、フィリピンの世論は激高しました。

鞭打ち刑といっても日本人にはなじみがないため、想像するだけでも難しいものがあります。鞭打ち刑はマレーシアを植民地にしていたイギリスから持ち込まれた刑罰です。薬剤を染みこませた蔦(つた)で編んだ太い鞭で背中を思い切り打ち据えます。

その痛みのあまり、一撃されるだけで失神するといわれています。鞭の傷跡と痛みは一生消えることはないそうです。そのため「鞭打ち1回よりは1年の懲役のほうがまし」と、恐れられています。

さらにフィリピン人を怒らせたのは、不法滞在者を強制送還する際のマレーシア側の仕打ちでした。30人しか乗れない小さな漁船に127人が詰め込まれ、無理やり出港させられたことが報道されたのです。この漁船はたまたまフィリピン海軍の艦艇が発見したことで事なきを得ましたが、もう少しで海難事故につながるところでした。

この事件は実際には人知れず沈んだ船があるかもしれないという憶測を生み、フィリピンの世論は怒りに震えました。ちなみに詰め込まれた127人のうち60人は子供でした。なかには家畜のように肌に焼き印を押されていた人がいたとも、一部では報道されています。

情け容赦ない強制送還による死者も報告されています。2002年8月には不法滞在者を収容した強制引き上げキャンプ地と帰りの船上で、13名の子供たちが命を落としました。マレーシア政府は偶発的な事故と弁明しましたが、フィリピン側は収容中の非衛生な環境が原因だったと主張し、マレーシアによる非人道的な扱いを非難しました。

フィリピンではマレーシア製品のボイコット運動が激化するなか、9月にはサバ州コタキナバルの収容所で13歳のフィリピン人少女がマレー人の警官にレイプされる事件が起き、火に油を注ぐ結果となりました。

2006年にも、病にあった子供たち2人が強制送還の最中に死亡する事件が起き、フィリピン政府は重い病気にかかった不法滞在者まで追放することがないようにと、マレーシア政府に人道的な配慮を求めています。

こうした数々の事件の背景には、裕福なマレーシア人が貧しいフィリピン人を差別するという偏見が潜んでいます。

さらにサバ州を巡っては政治的な混乱もあり、事態をよりいっそう複雑化させています。もともとサバ州はスールーのイスラム系少数民族が王国を築いていた場所です。ここでは深く語りませんが、歴史的な沿革には複雑なものがあり、その領有を巡っては水面下で今でも争いが続いています。

2013年には「スールー王国軍(RSF)」を名乗る武装集団がサバ州に上陸して村を占拠したため、マレーシア政府軍は空爆を含む大規模な軍事行動を展開しました。

そのため、ミンダナオ内戦でフィリピンから逃れてきた難民が再びフィリピンに戻るという「再難民化」が起きています。

イスラム系少数民族の人々の悲劇は、今も続いています。

第5章 海外出稼ぎが多い理由とは?

海外出稼ぎが多い理由とは?
海外出稼ぎの実態について理解できたところで、では、なぜフィリピンでは海外出稼ぎが多いのかを探ってみます。

これまで紹介してきたように、フィリピンが世界最大の労働力輸出国になったのは、政府が国策として海外出稼ぎを奨励してきたからです。しかし、政府がどれだけ本腰を入れようとも受け入れ国側の需要がなければ、そして国民自身が海外就労を希望しなければ、国民の10人に1人が海外で働く事態にはなっていません。

そこで、なぜ受け入れ国はフィリピン人を求めたのか、なぜフィリピン人は進んで海外就労を望んだのかを、紹介しましょう。

5-1.アジアで稀少な英語圏の国

外国人労働者を受け入れる国からしてみれば、自分たちにとって最も好都合な人々を呼び寄せようとするのは当然のことです。経済格差のある国はいくらでもあります。完全な買い手市場といってよいでしょう。

そんな状況のなか、多くの国がフィリピン人労働者を歓迎しています。たとえば中国の富裕層の間では、フィリピン人家政婦を雇うことがひとつのステータスになっています。香港にしてもサウジアラビアなど中東諸国にしても、フィリピン人労働者は大人気です。

人気が高い最大の理由は、フィリピン人が英語に堪能だからです。長らくアメリカの植民地だったフィリピンでは、英語は今でも第二公用語です。フィリピンはアジアでは珍しい英語圏の国なのです。英語を話せる人の数においては、フィリピンは世界で第4位です。

第一公用語はフィリピン語のため、けしてネイティブではないものの、小学校に入れば算数や理科などの理数系科目はすべて英語で授業が行われます。そのため普通に学校に通ってさえいれば、誰でも流暢に英語を話せるようになります。

英語に重点をおいた教育制度により、フィリピン人の英語力は世界でもトップクラスと評価されています。Global English社が、2013年に世界中の非ネイティブのビジネス英語力を測る指標「Business English Index 2013」を発表しています。

その結果、第1位に選ばれたのはフィリピンでした。下の図が、そのランキングをまとめたものです。

世界中の非ネイティブのビジネス英語力を測る指標
https://eikaiwa.weblio.jp/school/information/education/bei-ranking/ より引用

フィリピン人の実用的な英語力の高さは、まさに折り紙付きです。最近は特にフィリピン留学の人気が高まっているのも、フィリピン人の英語能力が世界一優秀だからこそです。

世界がグローバル化するなか、英語は世界の共通言語として扱われています。つまり英語さえ話せれば、世界中どこへ行ってもコミュニケーションがスムーズにとれるってことです。

フィリピン人労働者が世界中の多くの国から求められているのは、そのためです。海外出稼ぎ労働者の学歴を見ると、ほぼ9割が高卒以上であることは前回紹介しました。高卒以上であれば、そのフィリピン人の英語能力は世界トップクラスといえます。

雇用する側にとって言葉のコミュニケーションさえとれれば、外国人を雇っても自国民を雇っても大差ありません。そうなると格安の給与で雇える外国人の方が、メリットが大きくなります。

フィリピン人はグローバルで通用する英語力を備えているがために、世界中の多くの国から求められているのです。

英語力もさることながら、フィリピンの教育水準の高さにも受け入れ国は注目しています。アメリカはフィリピンを植民地化するにあたり、教育に力を注ぎました。そのためフィリピンはアジアのなかでも、かなり早い段階で小中校の無償化が実施されました。フィリピンの識字率は96%を超えています。

ASEANトップレベルの教育水準の高さは、フィリピン人労働者の資質の高さを保証しています。たとえ単純作業に就くとしても、一定レベルの教育を受けているかどうかで仕事ぶりは大きく変わります。

フィリピン全体の教育水準が高いため、海外就労者は他国と比べてはるかに高学歴です。つまり労働力送り出し国のなかで、フィリピンにはずば抜けて優秀な労働者が多いということです。

外国人を雇用する側からすれば、同じ給料を払うからにはできるだけ優秀な人材を採用したいと思うのは当然のことといえるでしょう。

英語力と教育水準の高さという2つの武器が、フィリピンを世界最大の労働力輸出国へと押し上げたのです。

5-2.雇用環境の劣悪さ

前項では受け入れ国側がフィリピン人労働者を歓迎する理由について紹介しました。ここからは多くのフィリピン人が、なぜ積極的に海外就労を目指すのかについて紹介します。

5-2-1. 仕事がない、給料が安い

最貧層を抜かせば、フィリピン人のほとんどが海外就労を狙っているといっても過言ではありません。その最大の理由は、フィリピンでの雇用の窓口があまりにも狭いためです。

仕事をしたくても就職先がなかなか見つからない、それがフィリピンの現実です。近年の著しい経済成長は世界中から注目されているにもかかわらず、国内の雇用はたいして増えていません。

その理由は、第2回「海外出稼ぎ労働者はなぜ『英雄』と呼ばれるのか」で詳しく紹介しました。フィリピン経済の発展が工業化による貿易によってもたらされたのではなく、海外就労者からの送金をもとにする国内消費によってもたらされているからです。

世界トップクラスの経済成長を成し遂げることはできたものの、工業化には失敗したままのため、雇用を満たす受け皿を用意できませんでした。

さらに、フィリピンの抱える高い人口増加率が、雇用環境をより悪化させています。毎年多数の学校卒業者が労働市場に送り出されて来るのに、相も変わらず雇用は狭き門です。

たとえ一流大学を卒業したとしても学歴に見合った職に就くどころか、どんな企業であれ正社員として採用されることさえ難しい状況が続いています。一流大学卒業者でさえ、そのような状態です。まして普通の大卒者や高卒者が正社員として採用されることは、絶望的です。

正社員としての雇用が少ないのは、フィリピンの労働市場が完全に買い手市場だからです。経済のグローバル化は、フィリピンの企業を否応なしに激しい国際競争へと導きました。そこで企業は生産コストを下げるために、労務費の削減へと一斉に動かざるを得ませんでした。その結果、正規雇用から非正規雇用への切り替えが一気に進んだのです。

今まで正社員だった人々が不安定な非正規社員に格下げとなり、フィリピンの雇用環境はさらに後退しました。一流大学を優秀な成績で卒業するか有力なコネがない限り、いきなり正社員として雇用されることなど望みようもありません。

なんとか正社員になれたとしても、実質賃金は極めて低く抑えられています。どれだけ安くてもいくらでも働き手がいるため、賃金が上がるはずもありません。労働組合にしても、近隣諸国と比べると非力です。

国内に留まっていても仕事がなく、運よく仕事にありつけたとしても賃金が低すぎるという負のスパイラルは、誰もが海外就労を目指すという状況を生んでいます。

海外に出ればいくらでも仕事があり、フィリピン国内で働くよりもはるかに高い賃金を得られます。家族の暮らしぶりを楽にするためには、海外出稼ぎがもっとも現実的で確実な手段なのです。

フィリピン国内の賃金がどれだけ低いのかは、下の図を見ると感覚的につかめます。

日本とフィリピンの給与比較

日本とフィリピンの給与比較
https://phil-portal.com/annual-income/ より引用

どの職業を比べてみても、フィリピンと日本の給与では雲泥の差があります。フィリピン人が海外に出たからといって日本ほど高額な給与は稼げませんが、その半分ほどの額であれば充分稼げます。

給与にこれだけの差があれば、誰しも海外行きのチャンスを狙うのは当然といえるでしょう。

5-2-2.失業は贅沢?

フィリピンの失業率が高いことは、他のASEAN諸国と比べてみればよくわかります。失業率の高さは、海外就労希望者の数の多さに反映されています。

フィリピンの失業率は、このところ7%前後で推移しています。失業率の改善は、フィリピンにとって急いで解決しなければならない重要案件です。

しかし、100人に7人が失業しているという統計を見せられても、フィリピンで感じる貧困の深刻さと比べると違和感が残ります。仕事をしたいと望む100人のうちの93人が仕事にありつけているのであれば、これほどの貧富の格差は生じないはずです。

では「失業率」とは、いったい何を表しているのでしょうか?

その答えは、地域ごとの失業率を比べてみればはっきりします。失業率が高いのはマニラやセブなどの都会に集中しており、貧困の深刻さが増す地域ほど低くなっています。最貧困地域の失業率は、けして高くはないのです。

貧しいほど失業率が低くなるという感覚は、私たち日本人には納得しがたいものがあります。仕事をしたくても仕事がないからこそ、貧困が深刻化すると考えるのが道理です。そうであれば貧困が激しい地域ほど、失業率が高くなってよいはずです。

この謎は、失業率を出すために必要な「雇用」の定義を知れば解けます。フィリピンでは調査前の1週間以内に1時間でも働いていれば「雇用」とみなされます。さらに調査後、2週間以内に短時間でもよいから仕事に就く予定があれば、やはり「雇用」とみなされます。

また、週に1時間以下しか働けなかった人、および就労の予定が2週間よりも遅くずれ込む人は失業ではなく「半失業」とみなされます。

これらのことがわかると、「失業」の意味するものも見えてきます。統計上フィリピンにおける「失業」とは、まったく仕事に就いていない状態で、なおかつ仕事の予定もない人を指します。

つまりフィリピンにおける「失業」とは、仕事がなくても困らない人にのみ許される贅沢な状態を意味しているのです。フィリピンでは、失業が即貧困を意味するわけではありません。

なぜなら、切羽詰まった貧しさを抱える人々が失業状態におかれることは、ほとんどありえないからです。今日明日の食べるものさえない状況にあっては、仕事を選んでいる余裕などありません。

たとえ1時間であろうが、いや1時間未満であろうとも、仕事があるなら喜んで従事します。

最貧層の働き手のほとんどは何とか賃金を得ようとあがくため、少なくとも半失業状態にあります。対して都市部の貧困層の上位以上に位置する人々は、失業しても半失業状態に留まる必要がありません。それよりも別の仕事を探したり、海外就労を目指します。極度の貧困に陥っていない人々だけが失業者になれるのです。

関連リンク:▶ フィリピン貧困の連鎖(2/2)フィリピン国内に仕事がない2つの理由

他のASEAN諸国と比べると断トツに高いフィリピンの失業率ですが、それだけを見ていてもフィリピンに横たわる貧困の格差を実感することはできません。半失業など不完全就業者をも失業者に組み入れたならば、その失業率は30~40%以上に達するだろうといわれています。

表に出てくる統計以上に国内に仕事がないという深刻な状態があるからこそ、フィリピンの労働者は海外を目指すのです。

以上で、第1部は終了です。次回からは、第2部をお届けします。

 
● 第1部 参考文献
「移民史 2 アジア・オセアニア編」 今野 敏彦/編著, 藤崎 康夫/編著(新泉社)
「海を渡った日本人(日本史リブレット 56)」 岡部 牧夫/著(山川出版社)
「越境者の政治史-アジア太平洋における日本人の移民と植民-」塩出 浩之/著(名古屋大学出版会)
「世界の労働力移動-ILOリポート-」ピーター ストーカー/著(築地書館)
「ダバオ 移民史をあるく-混血二世のその後-」城田 吉六/著(葦書房)
「日系人の経験と国際移動-在外日本人・移民の近現代史-」米山 裕/編集, 河原 典史/編集(人文書院)
「日本人出稼ぎ移民」鈴木 譲二/著(平凡社)
「椰子の血-フィリピン・ダバオへ渡った日本人移民の栄華と落陽-」司凍季/著(原書房)
「サンダカン八番娼館」山崎 朋子/著(文藝春秋)
「ウサギたちが渡った断魂橋(どわんほんちゃお) -からゆき・日本人慰安婦の軌跡-上」山田 盟子/著(新日本出版社)
「ウサギたちが渡った断魂橋(どわんほんちゃお)-からゆき・日本人慰安婦の軌跡-下」山田 盟子/著(新日本出版社)
「からゆきさん」森崎 和江/著(朝日新聞社)
「からゆきさん -海外<出稼ぎ>女性の近代-」嶽本 新奈/著(共栄書房)
「からゆきさん物語」宮崎 康平/著(不知火書房)
「ザンジバルの娘子軍」白石 顕二/著(社会思想社)
「『娘子軍』哀史 -からゆき、娼婦、糸工女たちの生と死-」山田 盟子/著(光人社) 
「日本女性哀史 -[遊女][女郎][からゆき][慰安婦]の系譜」金 一勉/著(徳間書店)
「植民地主義論」再考―グローバルヒストリーとしての「植民地主義批判」に向けて (《グローバルヒストリーとしての「植民地主義批判」》小倉 英敬/著(揺籃社)
「〈新〉植民地主義論 グローバル化時代の植民地主義を問う」西川 長夫/著(平凡社)
「現代フィリピンを知るための61章【第2版】」大野 拓司/編集, 寺田 勇文/編集(明石書店)
「物語 フィリピンの歴史―「盗まれた楽園」と抵抗の500年 」鈴木 静夫/著(中央公論社)
「フィリピン―急成長する若き『大国』」井出 穣治/著(中央公論社)
「フィリピンパブ嬢の社会学」中島 弘象/著(新潮社)
「入門 東南アジア近現代史」岩崎 育夫/著(講談社)
「図解 ASEANを読み解く」みずほ総合研究所 /著(東洋経済新報社)

● 第1部 参照URL
OFW Statistics
「外国人メイドなしは考えられない」香港の子育て環境外国人家事労働者、日本への受け入れに3つの障壁:日経ビジネス
海外フィリピン人労働者送金の貢献と限界
フィリピン海外出稼ぎの母国家族問題 ― 在日フィリピン人を事例として ―
好対照のフィリピンとマレーシア
【特集】外国人労働者問題の研究動向(2)フィリピンからみた 外国人労働問題研究の現在
出稼ぎ労働の悪循環から抜け出すために~フィリピン女性エンターテイナーの帰国後の問題を事例に考える~
フィリピン人出稼ぎ労働者の現在と展望
フィリピン(調査大項目 5:労働力の送出・受入れについて)
Statistical Tables on Overseas Filipino Workers
What you need to know about overseas Filipino workers
カンボジアで増える海外出稼ぎ フィリピンに学ぶ、空洞化への警戒
フィリピン Republic of the Philippines
フィリピン 経済支える海外労働者 モーニングスター社
GDPの約10%を占める送金額、フィリピンの英雄たちOFWとは!?
フィリピンの海外労働者派遣政策とドイツの 外国人医療労働者受入れ政策
序章 フィリピンの海外出稼ぎ労働の歴史と現状
OVERSEAS FILIPINO WORKERS
フィリピン人による海外出稼ぎ:wikipedia
フィリピンは出稼ぎ大国だ!
OFW remittances hit $28.1 billion in 2017
フィリピンのグローバル・プレゼンス
調査レポート フィリピン経済の現状と今後の展望 ~ なぜ好調なのか? 好調は長続きするのか?~
「復活新興国」フィリピンの挑戦
移民レポート 9 フィリピン:海外送金のメリットとコスト 消費拡大 VS 人材流出
ケース 6. 4 移民送出国のジレンマ――フィリピン
2015-2016 OES 1.pdf
PH migration report: Number of OFWs increasing:Rappler
海外出稼ぎ希望貧困学生支援プロジェクト Foster investment child project
フィリピンでBPO産業が発展していくと、フィリピン人の海外出稼ぎ労働者はどうなるか
フィリピンパブ嬢はどう暮らしているのか 学問を踏み越えて、愛する人とともに
フィリピン人女性出稼ぎ労働者と日本 ~エンターテイナーとしての来日~

「出稼ぎ大国」フィリピン 家政婦が見たニッポン
フィリピン人家事代行、2019年に1000人/パソナの狙いと戦略は
家事代行は愛情の証し/ベアーズ社専務に聞く
地理的再編と出稼ぎ労働者
Over a million OFWs deployed in 2017 — DOLE
Overseas Filipino Workers:Inquirer
フィリピン女性、不当な借金・労働被害が増加 ブローカー横行 :日本経済新聞
移民1世紀 第1部・1世の残像
フィリピンの平均年収から、フィリピンが抱える深い闇を探る。
人件費が安いフィリピン人の業種別での平均給与!
米国在住のフィリピン人は350万人、不法滞在者は27万1000人
17万人の不法滞在フィリピン人労働者
フィリピン系・インドネシア系・ココス族の外来民族グループ @ ボルネオ島サバ州
インドネシアにも波及 出稼ぎ者が続々帰国 マレーシア・サバ州の衝突
サバ州における州外からの襲撃:wikipedia
Illegal immigration to Malaysia:wikipedia
ASEAN マレーシアの不法移民強制退去問題など
マレーシアの外国人労働者
ムチ打ちの刑
月収99000フィリピンペソが欲しい海外にいるフィリピン人に必見の高給職とは?
『発展途上国の女性の国際労働移動』調査研究報告書 アジア経済研究所 2017 年
16年12月の海外送金、過去最高の25.6億ドル:NNA ASIA
【世界の働き方事情】第19回:アジアに織りなされる労働力不足の事情
アジアにおける外国人材争奪戦-海外出稼ぎ労働者の未来市場-
第1章 アメリカ植民統治下初期の日本人労働 – JICA
ジャパゆきさん〟今も…偽装結婚フィリピン人女性の「出稼ぎ哀史」 パブ摘発で暴かれた過酷な現実:産経新聞
フィリピン人移民労働者、東南アジア域内の労働循環、そして海外移民プログラムの運営(とその失敗)
移民問題グローバルレポート:大和総研
Philippines Unemployment Rate 1994-2018
データで見るフィリピン
フィリピンといえばビジネス英語!その実力は非ネイティブ圏で世界一!
ビジネス英会話力の世界一はフィリピン人という事実
職業能力開発の政策とその実施状況
労働力の国外送出について
植民地主義:wikipedia
フィリピン人・安定した職業として人気の船乗り

ドン山本 フリーライター
ドン山本 フリーライター
タウン誌の副編集長を経て独立。フリーライターとして別冊宝島などの編集に加わりながらIT関連の知識を吸収し、IT系ベンチャー企業を起業。

その後、持ち前の放浪癖を抑え難くアジアに移住。フィリピンとタイを中心に、フリージャーナリストとして現地からの情報を発信している。

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