なぜビジネス英語にイディオムが必要なのか?
そもそもイディオムとは何か?
イディオムとは熟語のことで、複数の語句を組み合わせて1つの意味を表すものです。最大の特長は、元の単語には含まれていない意味になるということです。
get up「起きる」や、go to bed「寝る」などお馴染みのものもありますが、make for ~「~の方へ進む」、come by ~「~を手に入れる」など、特に非ネイティブにとっては意味が連想しづらいものも多数あります。
このあたりは日本語も同様で、「前人未踏」や「初志貫徹」といった元々の漢字から素直に意味がわかるものもありますが、「電光石火」や「捲土重来(けんどちょうらい)」などは聞き慣れていないと何のことかわかりません。
ですから、ビジネスパーソンにとってイディオムは必要かと聞かれると、知らなければ知らないで何とかなりますが、知っている方が圧倒的に有利で便利ということになります。
イディオムを一切知らないということは、日本語で言えば二字熟語や四字熟語を一切使わずに会話するようなものです。
日本語では熟語を使うと難しい言葉になりますが、英語のイディオムはむしろ易しい単語を組み合わせた表現が中心です。
たとえば、日本語では「借りる」の代わりに「拝借する」「借用する」、「つくる」の代わりに「構築する」「建設する」「創設する」を使うと堅苦しい印象になります。
一方で英語では、たとえば emancipate「解放する」と同じ内容をイディオムで表現するとset freeとなり、reimburse「払い戻す」ならpay back、exorcise「(悪霊・悪い考えを)取り除く」ならdrive outです。
このように英語のイディオムは、set,pay,drive,make,go,comeなどの基本動詞を使ったものが多く、堅苦しいイメージがないのでネイティブに好んで使われます。
実際にオックスフォードやロングマン、コウビルドなどの学習者用の英英辞典では、語義を説明するのに1,500語~3,000語しか使われていません。
つまり3,000語程度の基本単語しか知らなかったとしても、その使い方を広げればそれだけで何万もの内容を表現できるということなのです。
イディオムを覚えていくことで英語のリーディングやリスニングが上達するのはもちろん、言いたいことを表す単語が思いつかないときに別の言い方で置き換えることができるようになります。
ですから、高校中級程度の単語・文法を一通り終えたあたりから、イディオムの勉強も加えていきましょう。イディオムの知識を増やすことで英語の総合力を大きく伸ばすことが可能になります。
構文・語法とイディオムの違い
ここで構文・語法とイディオムの違いについて軽く確認しておきましょう。構文と語法は基本的には以下のように分けれられます。
構文とは特定の文法を使ったときによく出てくる形で、単語を入れ替えることで無限に文を作ることが可能なものです。
たとえば中学校では「とても~なので…できない」というtoo ~ to …構文というものを習いますが、これはtoo ~の部分が「あまりにも~すぎる」、to …の部分が「…するには」という意味を表します。
too busy to help youなら「あなたを手伝うにはあまりにも忙しすぎる」、言い換えれば「とても忙しいのであなたを手伝うことはできない」ということです。
too difficult to answerに換えれば「とても難しいので答えられない」になりますし、too small to seeにすれば「とても小さいので見えない」になります。
つまり構文とは、「この文法でとてもよく使われる表現だから覚えておくと便利ですよ」というものです。
語法というのは、ある単語を使うときによく使う組み合わせのことです。
たとえば「あなたに説明する」というときにはexplain youは不可で、explain to youとしなければなりません。
「ジムと結婚する」というときには、get married to Jimまたはmarry Jimです。「ジムと」なんだからget married with Jimじゃダメなの?と言いたくなる気持ちはわかりますが、ダメなものはダメです。
これは外国人に「eat with chopsticksを何で『箸と食べる』と日本語に訳したらダメなの?」と聞かれているのと同じです。
頑張れば細かな説明をできなくもないですが、結局は「そういう言い方はしないから」というのが最終的な結論になります。(ちなみにget married with a childなら「結婚して子供が1人いる」という意味で通じますので、get married with Jimだと「結婚して、少なくとも配偶者ではないジムという人物と暮らしている」という感じでしょうか)
このように、特定の単語の使い方として覚えておいた方がよいものが語法です。
ただし、イディオム・構文・語法は複数の語句がまとまって何かの意味を表すという点では一緒ですので、特に意識して「これはイディオム」「これは構文」という区別をつける必要はありません。
知らないものに出会ったら意味を確認する、よく出てくるものから優先して覚えていくというだけの話です。
イディオムとスラングは別物
注意しなければならないのはスラングです。
ときどきイディオムとスラングを混同する人がいますが、これらは特に注意して使い分けなければなりません。
イディオムは基本的に誰がいつ使っても問題ない言葉です。
先程例に挙げたset freeやpay back,drive outという表現を聞いて、顔をしかめる人は誰もいません。ビジネスの場でも友達との会話でも基本的に安心して使うことができます。
それに対してスラングは俗語のことで、特に若者の間や一部のグループで使われます。
日本語でいうと「ヤバい」や「エモい」、「マジで」、「ウザい」あたりがスラングです。
気心の知れた友人との会話で使うのはそれほど問題ない場合もありますが、会議や商談などのフォーマルな場では不適切です。
Damn it!「ちくしょう」、suck「ひどい、最悪」あたりを仕事中に使う人はいないと思いますが、awesome「(良い意味で)ヤバい」、gotcha「了解」など特に悪意を込めていない表現でも、下品だと思われたり年配の人に通じなかったりすることも多いです。
イディオムかスラングかの線引きは「万人に通じるか、失礼な印象を与えないか」なので、特に非ネイティブにとっては区別が難しいところです。
しかも、インターネット上で「ネイティブがよく使うスラング○選」と紹介されているサイトには特にスラングとは言えないような、ビジネスで全く問題なく使える表現も多数掲載されています。
一番簡単な見分け方は、受験用参考書やTOEIC対策本に掲載されている表現はセーフという基準です。
どちらも不適切な表現は最初からカットされていますので安心して使って大丈夫です。(一部にネイティブなら使わないような古臭い表現があるのは事実ですが)
ただしas soon as possible「できるだけ早く」のように言葉自体には問題がなくても、使い方を間違えると大変なことになるものもあるので気をつけてください。
たとえばI’ll contact Mr. Smith as soon as possible.「できるだけ早くスミスさんに連絡します」のような使い方は、自分にとって優先順位が高いと言っているだけなので全く問題ありません。
しかし、Please call me as soon as possible.「できるだけ早くわたしに電話してください」となると相手を急かす表現になってしまいますので、部下に言うのならまだしも上司や顧客に使うと非常に失礼な印象を与えてしまいます。
つまり、スラングとイディオムを使い分ける必要があるというよりも、その表現がどのような状況で使ってもよいかを考える必要があるのです。
ちなみにas soon as possibleを省略したASAPというスラングもあります。
読み方は「エイ・エス・エー・ピー」「アサップ」「エイサップ」と人によって異なるのですが、これを使うと「なる早で」「大至急」のようなニュアンスになりますので、更に使い方に注意が必要です。
イディオムを覚えるためのお勧め教材4選
ここからは、イディオムを覚えるためのお勧めの教材を4つの勉強法に分けて紹介します。
イディオムは無数にありますので覚えようとすると切りがないのですが、最低限どれか1冊を集中してやり遂げましょう。
そのあとはイディオムを覚えるための時間を確保して一気に覚えるというよりは、何かの機会に出会ったときにその都度覚えていくのがよいでしょう。
1.例文で覚えたい人向け:DUO 3.0(アイシーピー)
イディオム攻略法の1つ目は、例文で覚えてしまうことです。
その最初の1冊として、必要最低限を覚えるための教材としてはDUO3.0をお勧めします。
DUO3.0の特長は、560本の例文で基本単語1,600個と熟語1,000個を重複なしで覚えられることで、stand up for ~「~を守る、~のために立ち上がる」や、make use of ~「~を活用する」などの基本イディオムも充実しています。
たとえば、
Could you go over it again? I couldn’t make out what you were getting at.
「もう一度詳しく説明していただけませんか? お話の意図がわかりませんでした」
や、
I can’t put you up. For one thing, my dad drop in on me from time to time.
「うちには泊められないわ。一つには、時々お父さんがふらっとやって来るから」
という例文を覚えると、この2文だけでgo over, make out, get at, put … up, for one thing, drop in, from time to timeという7つのイディオムを覚えることができます。
しかも和訳が秀逸で、イディオムに含まれるニュアンスもかなり正確に理解することができます。それぞれの例文は独立しているのに、ストーリーを感じられるというところには例文を作成した著者の才能に感心してしまうくらいです。
使い方ですが、CDと合わせて購入して、覚えてしまうくらい何度も音読してください。
見出し語の発音と意味を確認する→例文を読む→見出し語だけを見て例文を思い出しながら読むというのを繰り返すうちに、イディオムはもちろん重要単語や構文、語法、発音まで覚えられるので一石二鳥どころか一石五鳥以上の価値があります。
単語やイディオムを見聞きしたときにDUO3.0の例文が思い浮かぶという英語上級者も多数いるくらいです。
CDは2種類発売されていますが、掲載されている単語にほとんど馴染みがない場合は基礎用を、ある程度知っているという人は復習用を使うと良いでしょう。
例文型の勉強法が合っているという人は、DUO3.0を終えたあとで「速読英熟語」(Z会出版)に取り組むと良いでしょう。
2.単語本来のイメージを掴みたい人向け:システム英熟語(駿台文庫)
イディオムは何千、何万と膨大な数がありますが、一体ネイティブはこれら1つ1つを暗記しているのでしょうか。そんな訳はないですよね。
日本人が「打者」と聞けば「打つ人」だと思うように、「飛行」という文字を見れば「飛んで行く」と解釈できるように、ネイティブも大半のイディオムは元々の単語の意味から判断しています。
たとえば、go through「~を経験する」は、go「行く」とthrough「~を通って」で「ある出来事が起こっている中を通り抜けて行く」という感じです。
run out「尽きる」なら、run「流れる」とout「完全に」をあわせて「完全に流れ出てしまう」というイメージですね。
ほかにもonは接触のonと言われるように、寄り添っているイメージがありますので、bank on,count onのような「頼る」という意味のイディオムで多用されます。
このように元々の単語のイメージをしっかり理解してしまえば新しいイディオムと出会ったときにもスッキリと理解できるようになります。
そのための参考書としてお勧めしたいのがシステム英熟語です。
システム英熟語では同じ意味で使われている動詞や前置詞をまとめて紹介していますので、単語のイメージを掴むのに最適です。
たとえばforには「向かう」というイメージがあり、それを使ったイディオムがmake for,head for,bound forであるとか、withには「対処する」というイメージがあってdo with,deal with,cope withなどで使われる、というように根本から学習できるようになっています。
熟語集は他社からも出版されていますが、根本から理解できて応用が効くという点ではシステム英熟語がダントツで優れています。
3.問題を解いて覚えたい人向け:即戦ゼミ3 大学入試 英語頻出問題総演習(桐原書店)
何かを覚えるとき、記憶に残りやすくするためには思い出すという作業が非常に重要です。頻繁に思い出そうとするものは深く記憶に残りますし、全然思い出す機会がないものは忘却の彼方に消え去ってしまいます。
ですから、記憶に留めるには実際に使ってみるのが一番です。
一番良いのは覚えたいイディオムを使って自分の周りのことを表現してみることです。
たとえばmake out「わかる」というイディオムを覚えたければ次のような文を作ります。
I couldn’t make out what the president was saying.「わたしは社長が何を言っているのかわからなかった」
(余談ですが私の経験上、例文は不謹慎であればあるほど記憶に残ります)
しかし、この方法は時間と手間がかかるという弱点があります。イディオムを使って自分で考えた文が、本当に意味が通るのかを判断するのも困難です。
そこで私がお勧めしたいのは、問題を解くことです。
問題を解くことで自信を持って覚えているものとうろ覚えの知識、全く理解できていないものを区別することができますし、繰り返すことで思い出す習慣をつけることができます。
途中で投げ出さずに1冊やりきれば一通りの表現を覚えることもできます。
推薦図書としては桐原書店の即戦ゼミ3 大学入試 英語頻出問題総演習を挙げておきます。
この本はIt is said that ~「~と言われている」といった構文から、make no difference「どうでもよい、重要ではない」といったイディオム、文法・語法、put A through to B「Aの電話をBにつなぐ」といった口語表現まで網羅している1冊で、この本をやり遂げればあとは実践を積むだけと言っても過言ではないほど重要事項が網羅されている1冊です。
全般的にレベルが高い問題集となっているので、まずはイディオムと口語表現のページを先に取り組んでチェック&暗記に活用し、余裕があれば文法や語彙の問題にも挑戦してみてください。
4.コツコツ覚えたい人向け:YouTube動画の視聴習慣をつける
イディオムは数多くありますので、やはりコツコツと1つ1つ覚える必要があります。
そこで私が最後にお勧めしたいのが、イディオムについて解説しているYouTube動画を見る習慣をつけることです。
YouTubeの検索ボックスにEnglish Idiomと入力すると、イディオムについて解説している動画が多数ヒットします。
これらの動画を毎日1つずつ見るようにすれば特に一生懸命覚えようとしなくても重要なイディオムに何度も出会うことになりますので、自然と覚えてしまうことでしょう。
特にネイティブが解説している動画では、意味だけでなくニュアンスやシチュエーションについても解説してくれることが多いので、知ったかぶりでイディオムやスラングを使って恥をかくこともありません。
私が特にお勧めしたい動画は以下の2つです。
1つ目は、Ecom英語ネットがアップしている「ビジネス英語表現50」です。
こちらは日本のオンライン英会話スクールが提供している動画ですが、
・ネイティブ講師が英語で説明しているので、正確に使い方を理解できる。
・講師の発音が非常に聞きやすい。
・易しい表現で説明されており、リスニングの練習にもなる。
・イラストが秀逸。なぜその意味になるのかが分かりやすい。
・1回の動画が3分程度で、継続しやすい。
・実際の職場内や取引先との会話が例文に使われている。
というメリットがあります。
ちなみに同じ講師の動画で「ネイティブがよく使うイディオム100」というシリーズもあり、こちらも非常にクオリティが高いです。
私のお勧め2つ目は、Accurate Englishです。
ロサンゼルス在住のリサ先生が非ネイティブ向けに様々な英語表現を指導してくれる動画です。
最近の動画は、まずリサ先生がネイティブにインタビューをして、そこで使われた表現をリサ先生が詳しく説明してくれるという流れになっているものがほとんどです。
インタビューの相手として仕事をしている人を選んでいるものが多いので、類似のチャンネルに比べてビジネスに応用しやすいのもお勧めポイントです。
インタビューパートは初見で理解するのは難しいですが、分からなくても心配無用です。リサ先生の解説が非常に丁寧に意味を教えてくれるので、ここが聞き取れれば全く問題ありません。
また、リサ先生はプロの語学講師なので「非ネイティブがスラングを使うのはお勧めしない」とイディオムとスラングを明確に分けて教えてくれます。
つまり、ここでイディオムとして紹介されている表現はビジネスの場でも問題なく使うことができるということです。スラングの動画では「この表現は若い人の間で流行しているようですね。私もこの表現は聞いたことがありませんでした」といった発言も聞けますよ。
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今回はイディオムを覚えることの重要性と、覚え方について説明しました。
単語と同様にイディオムも数えきれないほどありますので毎日コツコツと覚えていくことが重要です。
読解やリスニングに取り組む際にも「単語は知っているのに意味がよくわからない」というときには辞典を開いたりインターネットで検索したりして1つずつ確認していく習慣をつけましょう。
イディオムの知識を広げることは英語力を底上げすることにほかなりません。