フィリピンペソ物語(1/3) なぜペソ安はフィリピンの経済成長に必要不可欠なのか

日本の通貨といえば「円」、フィリピンの通貨といえば「フィリピンペソ」です。「ペソ」はもともとスペインで使われていた通貨単位ですが、旧スペインの植民地のほとんどでも使われていました。

フィリピンは1565年から330年間にわたり、スペインの植民地として支配されました。今も「フィリピンペソ」が使われているのは、その当時の名残です。

一般に通貨はその国の国力を表すともいわれますが、最近では「為替相場と国力の間に相関関係はない」とする考え方が主流になっています。

では通貨は、なぜ高くなったり安くなったりするのでしょうか?

それを本格的に学ぼうと思えば、一冊や二冊の経済学書ではとても足りません。そこで、ここでは簡単にその大枠をつかみましょう。

フィリピンペソを欲しい人がたくさんいれば、フィリピンペソは高くなります。逆にフィリピンペソを必要としない人が多ければ、フィリピンペソは安くなります。

この原理はクルマや洋服・アクセサリーなどのあらゆる商品の価格付けと、なにも変わりありません。

つまり、需要と供給のバランスです。

売ろうとする商品の量(供給量)よりも買おうとする商品の量(需要量)が少ないと、商品が売れ残るため市場価格は下がります。一方、買おうとする商品の量(需要量)よりも売ろうとする商品の量(供給量)が少ないと、商品が足りなくなるため市場価格は上がります。

為替の変動にはさまざまな要因が複雑に絡み合いますが、その原理は需要と供給のバランスにさかのぼることができます。

基本を踏まえた上で、今回はフィリピンペソの最近の動きからフィリピン経済の大まかな流れをつかみ、アジアの通貨を語る上で欠かすことのできない「アジア通貨危機」について掘り下げてみます。

アジア通貨危機から二十年が過ぎた今、この騒動を契機に世界の経済の流れが大きく変わったことが改めて指摘されています。アジア通貨危機の背景には、アメリカの思惑やIMFの対応に誤りがあったことも大きな影響を与えています。そこには、とある陰謀があったとする説も……。

グローバリズムをめぐる駆け引きは、今日にも通じる問題を投げかけています。それは国家の興亡に関わる大きな問題です。

1.フィリピンペソの現状

フィリピンペソ

1-1.安定したボラティリティ

アジア主要通貨の2017年の動き

フィリピンペソの2017年の終値は、1ドルあたり 49.85ペソでした。2016年の終値 49.60ペソと比べると、0.50%下落したことになります。この程度の下落であれば大した問題ではないと思いたいところですが、アジア圏の他の通貨と比較してみると、大きな違いが見えてきます。

2017年度はアジア圏のほとんどの通貨がドルに対して強含みとなり、平均して5.44%高騰しています。

フィリピンペソ

Entrepreneur.com.phより引用

Department of Finance( DOF = フィリピン財務省)のまとめた 2018年1月4日付の広報には、12のアジアの主要通貨が比較されています。

上のデータを見ると、下落している通貨が3つしかないことがわかります。フィリピンペソ・インドネシアルピー・香港ドルの3通貨です。下落率は香港ドル 0.64%、インドネシアルピー0.60%に次いで、フィリピンペソは下から3番目でした。

他のアジアの通貨はいずれもドルに対して高騰しています。なかでも最も高騰した通貨は韓国ウォンで、実に12.97%も値上がりしています。

韓国ウォンが好調な理由

韓国ウォンは2016年まで3年連続で値下がりしていたため、2017年にこれほど高騰するとは予測されていませんでした。核開発を続ける北朝鮮を巡る緊張が高まるなか、大きなリスクを抱える韓国ウォンが2017年の勝ち組になったとは意外です。

通常は高金利通貨ほど値上がりしますが、韓国ウォンには当てはまりません。韓国の10年国債利回りは2.24%で、米国債をわずかに下回る水準に過ぎません。マレーシア債は4%、インド債は6.46%といずれも韓国ウォンよりも高金利ですが、2017年の高騰率は韓国ウォンに遠く及びません。

では、なぜ低金利通貨の韓国ウォンが大きく高騰したのかと言えば、5月に就任した文在寅大統領の公約した経済政策が好評だったことと、韓国の輸出が好調で韓国経済の成長率が評価されたためと考えられています。

ただし、韓国ウォンが高騰したからといって、韓国経済にプラスに作用するわけではありません。通貨が強くなったのだから経済にもプラスに働くだろうと考えがちですが、事実は逆です。

今年に入っても韓国ウォンが高騰を続けているため、韓国はウォンを守るために為替市場に介入し、レートを抑えることに必死でした。

通貨の及ぼす経済への影響は複雑であり、必ずしも教科書通りに運ぶわけではないものの、多くの経済学者や各国の政策立案者は「通貨が高騰すると経済に悪影響を及ぼす」と考えています。

フィリピンペソの下落は読み通り?

韓国ウォンの高騰とは裏腹にフィリピンペソが下落していることは、一見するとフィリピン経済にとって好ましくないように思えます。

しかし、フィリピンの財務省にあたる DOF は、フィリピンペソが他のアジアの通貨のように高騰しなかったことを好材料と見て、次のような趣旨のことを語っています。

「12のアジアの通貨は、通貨価値がわずかに下落した3つの通貨とは極めて対照的に、ほぼ5%高騰しました。ですがフィリピンペソは、アジアの他の国々で起こった通貨高騰を避けることができました。ペソの下落によって、世界市場が回復するなかで輸出の競争力を後押しすることができたのです。」

通貨の下落がどうして輸出の競争力を高めるのかについては、後ほど説明します。ここでは、フィリピンペソの小幅な下落は DOF の意図した通りであることを抑えてください。

ここでのポイントは、フィリピンペソの変動幅が小さな範囲に限定されたことです。アジア圏の通貨の平均変動率が1.5%であるのに対し、フィリピンペソの平均変動率は0.9%に抑えられています。

変動率が低いことについて DOF は、これまでの財政政策や金融政策、経済改革などが功を為しているからだと述べています。

フィリピンペソの変動率が低い理由とは

通貨の変動率が低いことは、その通貨の本当の強さを表していると考えられています。その理由として DOF が指摘するように、フィリピンの経済政策が成功していることもたしかですが、外的な要因も影響を与えています。

ブルームバーグは2017年の1月初頭に、外国為替アナリスト10人を対象にアジア通貨の抱えるリスクに関する調査を行いました。その結果を表したのが、下の図表です。

フィリピンペソ

アジア通貨の抱えるリスクに関する調査
参照:https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2017-01-19/OK0MHY6JIJUP01より引用

アジアの新興市場通貨のなかで、フィリピンペソは2016年に最も大きく売られました。ところがプロの投資家は、アジアの通貨のなかで2017年にリスクに対して最も抵抗力があるのは、フィリピンペソだと予測したのです。

図表を見れば、フィリピンペソのリスクが他の通過に比べて格段と低いことがわかります。フィリピンにはハイレベルなリスクがひとつもなく、あるのはローレベルのリスクばかりです。

2017年を振り返ると、結果的にフィリピンペソはわずかに下落したとはいえ、アジア新興国の通貨のなかで最も変動率が小さかったことからも、ブルームバーグの予測が極めて正確だったことがうかがえます。

では、なぜフィリピンペソの抱えるリスクが少ないと判断されたのでしょうか?

その理由は、フィリピン経済は中国やアメリカなどとの対外貿易に大きく依存していないからです。

世界経済において2017年の最大の懸念となったのは、「トランプ大統領就任に伴い保護主義のような政策をアメリカが推し進めるのではないか」といった不安でした。ことにトランプ大統領は対中政策を重視する考えを表明していたことから、中国に対して強硬な姿勢をとるとなれば、中国経済にとって大きなダメージが発生する恐れが高まりました。

そのため、中国やアメリカとの対外貿易に大きく依存するアジア圏の通貨は、リスクにさらされる可能性が高いと判断されたのです。中国経済が失速し、アメリカが保護主義をとるとなると、米中に対する輸出が落ち込むことになるからです。

ところがフィリピン経済だけは、他のアジアの新興国とは異なる経済発展を遂げています。フィリピン経済の大まかな流れについては次章で紹介しますが、結論だけ記せば、フィリピン経済を引っ張っているのはサービス業と個人消費です。

他の東アジアの国々では、製造業が栄え輸出によってGDPのほとんどを稼いでいますが、フィリピンでは製造業が発展しなかったため、輸出への依存度は低く抑えられています。

このような場合、国全体の損益は赤字になるのが普通ですが、フィリピンは違います。フィリピンでは個人消費のGDPに占める割合が、70%ほどに達しています。貿易では赤字を抱えるものの個人消費が盛んなことで、経常収支では黒字を弾き出してきたのがフィリピンという国なのです。

ただし、フィリピンのお家芸ともいえる、この特殊な経済スタイルは、最近になって崩れつつあります。これについては次回以降で詳しく紹介します。

米中に限らず輸出への依存度が低いフィリピン経済は、外的要因に左右されるリスクが少ないため、フィリピンペソのレートに揺れ幅の少ない安定度をもたらしています。

1-2.通貨の価値が変わるとどうなるの?

ペソが高くなったり低くなることで、どのような変化が起きるのでしょうか?

輸入への影響

通貨の価値が変わることで私たちが最も影響を受けるのは、商品の価格が変わってくることです。ことに輸入品の価格は大きく変わってきます。
腕時計 女性向け

たとえば、以前から欲しかった 1,000ドル(約10万7千円)の輸入物の腕時計を買うとします。このとき、1ドル1ペソ(約2円)であれば、1,000ペソ(約2千円)で購入できます。ところが1ドル100ペソ(約200円)であれば、その価格はなんと10万ペソ(約20万円)に跳ね上がってしまいます。

<1000ドルの輸入品を購入したい>
1ドル1ペソ(ペソ高)  → 1,000ペソで購入
1ドル100ペソ(ペソ安) → 100,000ペソで購入

このことから、ペソが高くなれば輸入品の値段が下がり、ペソが安くなれば輸入品の値段が上がることがわかります。

消費者の視点から見れば、ペソが高くなった方が輸入品が以前よりも安く買えるようになるため、お得感につながります。

輸入品と聞くと、高価なブランド品ばかりを連想しがちですが、実際には私たちの身の周りにあふれています。たとえばガソリンです。ガソリンも輸入品のため、通貨が高くなればなるほど価格が下がり、通貨が安くなればなるほど価格が高騰します。

ガソリンの価格が大きく変われば、さまざまな影響が出てきます。ことに通貨が安くなることでガソリンが大きく値上がりすると、ガソリンを使った交通機関の料金が上がることはもちろん、電気を作る際にも大量のガソリンが必要となるため、電気料も値上がりします。

電気料が跳ね上がると様々な製造業のコストも上がるため、国内で生産されている物の価格も上がります。

また、輸入品には完成品ばかりでなく、輸入原材料も含まれています。製造業の多くは輸入原材料を用いて商品を加工して世に送り出しています。輸入原材料が値上がりすれば製造コストが跳ね上がるため、やはり商品価格が上がります。

このように、通貨があまりにも安くなると輸入品はもちろん、様々な商品やサービスの料金が高騰することになります。その結果、国内の物価が総じて上がるインフレに陥りやすくなります。

輸出への影響

通貨の価値が変動すると、輸出にも大きな影響を与えます。たとえば、フィリピンから半導体を輸出するとします。
Computer Parts
1ドル1ペソのとき、フィリピンで 1,000ペソする半導体のアメリカでの料金は 1,000ドルです。対して1ドル 100ペソのとき、フィリピンで 1,000ペソする半導体のアメリカでの料金は 10ドルです。

つまり通貨が高くなると輸出品の値段が高くなり、通貨が安くなると輸出品の値段が安くなることがわかります。

もし、あなたがアメリカ企業の役員であったならば、ペソ高とペソ安のどちらのほうが得でしょうか?

考えるまでもなくペソ安の方が得ですよね。同じ商品を買うのにペソ高だと 1,000ドルも払わないといけないのに、ペソ安だと10ドルで済むのですから大違いです。

というよりも取引する企業の立場から考えれば、10ドルであれば大量に購入しますが、 1,000ドルであれば購入するはずがありません。半導体を売ってくれる国はフィリピン以外にもいくらでもあるため、他国から購入すればよいだけの話です。

先にフィリピンの DOF が「ペソ安に誘導することで、輸出の競争力を後押しすることができた」と語ったことを紹介しましたが、まさにこのことを指摘しています。

ペソ安になることで輸出品の値段が安くなるため、購入してもらえる可能性がぐんと広がり、結果的に競争力を高めるのです。

ペソ安になるとフィリピンが得する理由

通貨の価値が変動することで、輸入と輸出の両面にそれぞれプラスとマイナスの作用を及ぼします。作用と反作用の法則は、ここでも活きています。

ペソ安にしてもペソ高にしても、どちらか一方だけがすべてにおいて優れているわけではありません。ペソが安くなれば輸出が増えるというプラスポイントがつきますが、国内のコストが上がることでインフレを招きやすくなり、国内資産が海外資産に比べて目減りするというマイナスポイントもついてきます。

それでもフィリピンをはじめとする新興国の多くは、自国通貨が安くなることで景気がよくなると信じています。通貨安によって輸出増加を期待できるからです。

フィリピンは輸出への依存度が低いため、ペソ安になったからと言って経済全体が潤うほどの力はありません。石油製品や自動車などの輸入製品が高くなるため、消費者の購買意欲が減るというマイナス作用も働きます。

しかし、それでもフィリピンにはペソ安の方が潤う要因があります。それは、アウトソーシング業界( BPO )の稼ぐ額が上がることと、海外で働くフィリピン人労働者からの送金額が実質的に増えるためです。

BPO とは、業務プロセスの一部を継続的に外部の専門的な企業に委託することです。英語圏に属するフィリピンでは、欧米を中心にコールセンター業務などを請け負うサービス産業が栄えています。

コールセンターの売上高でフィリピンは2010年にインドを追い越して世界一になりました。それ以来、ずっとトップを守っています。

余談ですが、日本企業の開設するコールセンターに電話をかけても、最近ではフィリピンやタイにある BPO 業者につながるケースが増えています。日本語の壁があるため、現地在住の日本人が雇われて電話応対していることが多いようです。

コールセンターに電話をかけた際、あなたが気がついていないだけで実際にはフィリピンなどの海外の BPO 業者につながっていた、なんてこともあるわけです。

ペソ安になると BPO 業者が潤う理由ですが、ここでも極端な例をもとに考えてみるとわかりやすくなります。たとえば BPO 業者が欧米の企業と 1万ドルの契約を結んだとき、1ドル1ペソであれば 1万ペソの売上げになります。しかし、1ドル 100ペソであれば 100万ペソもの売上げになります。

通常はドル建てで契約が為されるため、ペソが安くなればなるほど、ペソに換算したときの売上げが大きくなるのです。

ペソ安で海外出稼ぎ労働者からの送金額が増える!?

同じように、海外で働くフィリピン人からの送金額も変化します。海外から 500ドルを送金したとき、1ドル1ペソであれば受け取る側は 500ペソを手にできます。ところが1ドル 100ペソであれば、受け取る側は 5万ペソもの大金を手にできます。

つまりペソ安になれば、海外から送金された額は実際に増えるのです。

フィリピンは海外出稼ぎ大国です。フィリピンが輸出に依存していない国であることは先に紹介しましたが、実は商品ではなく労働力を輸出している国なのです。

政府の発表によると、海外で暮らすフィリピン人の数は一千万人を超えています。実にフィリピンの全人口の1割が海外で暮らしていることになります。

出稼ぎ労働者からの送金額は、年を追うごとに右肩上がりで上昇しており、2017年度の送金額は前年比 4.3%増の 280億6,000万ドルでした。この額はフィリピンの名目 GDP の10%弱の規模に相当しています。この送金額は世界的に見ても、フィリピンの経済規模からすると際立っています(以下の画像は2016年まで)。

OFWの成長率
https://amchamhkpublications.wordpress.com/2016/10/03/trade-investment-call-center-capital-of-the-world/より引用

フィリピンの個人消費が高いことが経常黒字を計上している理由であることを先ほど紹介しましたが、その旺盛な個人消費を支えているのは、海外で働く労働者から家族のもとに届けられる送金なのです。

ペソ安になることで国内の物価は上がる傾向にありますが、手にする送金額が増えるため、購買意欲が衰えることはありません。かくしてペソ安によって個人消費が増えることで、フィリピンの経済成長が持続するのです。

フィリピンの特殊な経済構造からすると、ペソ安になることで得られるメリットが大きいことがわかります。

だからといって闇雲にペソ安が進めばよいわけではありません。通貨が安くなるにしても高くなるにしても急激な変動は社会に混乱をもたらし、国の経済を破滅に導きます。その先に待っているのは最悪、国家の破産です。

最近では2008年にアイスランドの通貨クローネが紙切れ同然となり、国家破産に至りました。ちなみにアイスランドは小国ながら、国民一人あたりの GDP が世界トップレベルの豊かな国でした。それでも通貨の急激な変動は、あっという間に国家の命脈を絶つのです。

通貨の変動率が小さいほど経済は安定します。フィリピンの政策立案者がペソが高くなるか安くなるかよりも、ペソの安定性を重視しているのはそのためです。

為替変動リスクを抑えることが、経済の緩やかな成長を促します。

ここまで、フィリピンペソの現状を伝えるとともに、ペソ安ペソ高の与えるフィリピン経済への影響について見てきました。

次回は、フィリピン経済の大まかな流れをつかみながら、他のASEAN諸国と比べて経済が停滞した理由について探っていきます。

フィリピンペソ物語

  1. フィリピンペソ物語(1/3) なぜペソ安はフィリピンの経済成長に必要不可欠なのか←現在の記事
  2. フィリピンペソ物語(2/3) フィリピン経済を長期低迷に導いた【平価切下げ】
  3. フィリピンペソ物語(3/3) 大統領が変わっても続いた世銀とIMFの経済開放政策
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ドン山本
タウン誌の副編集長を経て独立。フリーライターとして別冊宝島などの編集に加わりながらIT関連の知識を吸収し、IT系ベンチャー企業を起業。 その後、持ち前の放浪癖を抑え難くアジアに移住。フィリピンとタイを中心に、フリージャーナリストとして現地からの情報を発信している。

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